6-3
2人がエラミルの元へたどり着くまでに、銃声が1発響いた。
破られたシャッターをくぐってエラミルの近くまで来ると、ようやく状況が理解できた。
エラミルは、ゾンビに咬まれたのだ。
そして、咬んだゾンビをエラミルが今、撃ち殺した。
そのゾンビの死体を見てすぐ、珪都も優香も愕然とした。
――――――紛れも無く、それはリディの成れの果てだった。
分厚いベストが服もろとも引き裂かれ、食い破られた腹にはもうほとんど内臓が残っていなかった。
…全部喰われたのか。
代わりに空っぽの腹を埋めていたのは曲がりくねった太い植物の茎だった。
他の部分の損傷も酷い。
額には1つ、小さな点のように弾の貫通した跡があった。
エラミルはエラミルで、左肩に咬み傷を負っている。
「…ったく、いきなり飛びついてきやがって。ゾンビってエレベーター使えるんだな。」
エラミルがあっけらかんとして言った。
薬が1人分しか無いのだから、芳樹かエラミルのどちらかは確実に死ぬ。
それがまだ実感できていないのか、分かっていて諦めがついたのか…。
「今更来たってお前の席はねえよ、そこで寝てな。」
エラミルは死体に吐き捨てて、肩の傷の血を医療キットに入っていた布でふきながら倉庫の方へ歩いていく。
2人はエラミルの態度とリディの有り様で意味が分からなくなってしばしそこに取り残された。
優香はしばらくして、本当にリディはゾンビになってしまっていたんだと実感して泣き出した。
珪都はふと、エラミルがあの薬を自分に打つつもりなのではと心配になり、慌ててエラミルの後を追った。
エラミルは血まみれでもう使い物にならない布で、なおも傷口をぬぐいながらゆっくり歩いていた。
「エラミルさん!」
「あ?」
エラミルは立ち止まったが、振り返らずに返事をした。
珪都もとっさに呼んだものの、何と言っていいか分からなかった。
芳樹のために薬は使わないでくれ? 自分達を何度も助けてくれた命の恩人のエラミルに、そんなことを言える立場ではない。
でも、芳樹が助かるかもしれない希望を捨てたくない。
かといってエラミルに死刑を宣告する度胸もない。
珪都が目線を四方八方に動かしながら次のセリフを考えていると、
「分かってる。薬は使わない。」
と、エラミルが言った。
声が震えていた。
「あ…」
珪都が何かを言う前にエラミルはまた歩き出した。
エラミルの背中が初めて見るほど寂しげだった。
珪都も泣きそうになった。
自分達が仲間を助けたいように、エラミルもリディを助けたかったんだ。
それなのに、その仲間の死を目の当たりにしたエラミルに、自分達の仲間を優先してくれなどと、暗に示してしまった。
「そうだよな。忘れてた。」
エラミルがまた立ち止まって口を開き、珪都はエラミルを見た。
「アイツをゾンビのままここで永遠にさまよわせる事にならなくて、……ホント…良かった………。」
最後の方はもう、涙に邪魔されているのがはっきりと分かった。
そうして、さっきまで持っていた布をふっと手放し、その手を顔に当てた。
涙を拭っている。
珪都はエラミルの立場に自分を当てはめて考え、涙が溢れ出した。
だがその分、絶対自分達は芳樹を助けなければならない。
仲間の死を、無駄にはしない。
「エラミルさん、行きましょう。リディさんの犠牲を無意味なものにしないために。」
エラミルはやはり振り返ることもせずに頷いた。
その後泣きながら後を追ってきた優香と3人で、宇宙船に乗り込んだ。
「やっと、この地獄ともおさらばだ。」
エラミルが言った。
声は震えていなかった。




