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悪臭に構っている暇はなかった。
そいつの歯はすぐリディの喉笛に食い込んできた。
味わった事のない苦痛だった。
自分で叫んでいることに気付かなかった。
そいつはリディの両肩に手を掛けてのけぞり、リディの首の肉を引き千切った。
動脈をやられたのだろう。
鮮血がほとばしっているのはかすむ視界の中にはっきりと見えた。
あまりにも赤かった。
と同時に、リディは自分の首元から何かが抜けていって空っぽになる感覚を覚えた。
気付くとリディは地面に倒れて、あらがうことなく自分の血を垂れ流しにしていた。
息がしづらい。濃厚な鉄の味のする温かな液体が口元にこみ上げてきて、ゲホッと空中に吐き出した。
頭上を一瞬飛んだ血しぶきはそのままリディの口元に飛来した。
「――――――さん! リ―――――さん!!!」
目の前に人の顔らしきものがぼんやり見える。声もずいぶん響いてリディには聞こえた。
―――でも、多分泣いてるんだろうな。ゾンビはユカが倒してくれたのか。
意識は随分遠のいてきたが、何となく優香の泣き顔が思い浮かんできて妙に笑えた。
ヤツらが扉を叩くような音も聞こえてくる気がする。
ユカが放った銃声で気付いたのか―――?
「…ユカ、外の………に…気付かれ…………たのか?」
発音するたびに激痛が蘇る。
死にかけの時はホントに映画みたいに断片的な喋り方しかできないのかと思った。
「喋っちゃダメ! し、止血しないと…」
―――否定はしなかった。じゃあもう時間がない。
「ユ…カ……。早く………逃げ…ろ…。」
「そんな…そんなのヤダ!! 死んじゃダメ!!!!」
優香が叫ぶ声はリディの頭の中で何重にも響いているからあまり聞き取れていなかった。
「あんな……風に…な……るのは…見られた……く…ない。早く……出口………から…」
リディはやはり自分で気付いていなかったが、表情があまりにも弱々しくなっていた。
いつも泣いていた優香よりも、きっとひどい顔をしていた。
「イヤ―――――――――――――――――――!!!!!!」
優香がまた叫んだ。叫ぶたびに外のヤツらは興奮しているに違いない。
「行……け………。」
叱咤したかったが、リディにはもうできなかった。
リディは不意に、ここに来る途中に考えていた事を思い出し、その答えがパッと出てきたことに驚いた。
私の生きる意味。―――――やっぱり意味なんかなかった。
リディは目を閉じた。
―――急に足音が増えたな。
――――――ユカは逃げ切っただろうか。
――――――――――悪いね、エラミル、―――――――――――――――




