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ソイツが声を上げて駆け出すのと3人が悲鳴を上げて駆け出すのは同時だった。
「ガアアアアアッ!!」
聞いたことのない恐ろしい声と形相で、全速力で追ってくる。
「何だよアイツ!」
「あの怪我で動けるなんて…」
「良いから走れ!」
珪都が叫んだ。
喋りながらでは当然ながら余分な酸素を消費する。
だが追ってくる化け物は全く疲れを見せない。最初と同じスピード、表情でひたすら走る。
―――それどころか、息一つ上がっていない。
「ガアッ!!!」
「うわっ…!」
いきなり化け物が距離の近かった珪都に飛び掛った。
突然、全体重をかけてのしかかられ、珪都は押し倒された。
「珪都!」
芳樹と優香が同時に叫び、足を止め、助けに駆けつけた。
「離れろコイツ…!」
仰向けで抵抗する珪都の喉元に、ソイツは口を大きく開けて近づけようとしていた。
死臭がさきほどの更に数十倍となって珪都の鼻を襲った。
「この野郎!」
芳樹がそいつの左腕を掴み、引き離そうと引っ張った。
すると、そいつは驚くほどの速さで今度は芳樹の手にしがみつき、芳樹の右親指の下辺りに噛みついた。
激痛が芳樹を襲う。
「ウアアアアアア――――――!!!!!」
「芳樹!!」
珪都が起き上がって芳樹の手に夢中のそいつの腹を思い切り蹴った。
耐えられずに転んだそいつの口から赤い何かが飛んだ。
ゆっくりと起き上がるそいつの顎に、珪都は夢中で蹴りを入れた。
無意識に絶叫した。
当たり所が良かったのか、そいつは仰向けに倒れて動かなくなった。
「ハァ、ハァ…。」
珪都が荒い息を何とか整えつつ、現実にようやく気付くと膝に力が入らなくなった。
「お、俺が…人を殺し……」
「け、珪都! 芳樹が…!」
珪都はハッとなって芳樹を見た。右の手首を掴んでうずくまり、大きな息でうなっている。
「よ、芳樹! 大丈夫か!?」
血がドクドクあふれ出ている。芳樹は痛みで返事も出来ないらしい。
「早く止血しないと…」
「グアアアッ!!!」
「ガアアアッ!」
あちこちから同じような吠え声が聞こえてきて3人の血の気が一気に引いた。
恐る恐る周りを見渡すと、それまで人の気配のなかった民家から、木の陰から、ビルから、同じようなヤツらが次々に顔を出し、走ってくる。
どうやら最初に遭遇したヤツの咆哮で呼び寄せられているようだ。
「どっから湧いて出てくんだ…」
芳樹が毒づくも、その声は既に弱々しくなっている。
「芳樹、立て! 逃げるぞ!!」
「くッ……」
芳樹はほとんど気合いだけで立ち上がり、3人と一緒に走り出した。
風圧で傷がズキズキと痛むが、追ってくる化け物の群れからの逃走本能が勝っているおかげで支障はなかった。




