3-7
狭く、ほこりっぽく、視界の悪い通気孔を、2人の男が匍匐前進で進んでいく。
元々黒かった服だが、汚れのおかげでとても歓迎できない黒さで大部分が覆われてしまった。
珪都の腕や膝はもう摩擦による痛みで限界を迎えていた。
後ろを振り返る余裕も無い狭さに、ほこりも手伝って息苦しさが半端ではなかった。
ただ目の前に見える、エラミルのごつい軍靴の裏を半開きの目で眺めながら前進し続ける。
「クソ、全然他の通気孔に行き当たらねえな。」
エラミルが数十分ぶりに口を開いた。
その直後、若干むせた。ほこりを吸わないように口を閉じていたのを、急に開いたからのようだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ここじゃヤツらに咬まれない限り大丈夫だよ。しかし、こうも出口が無いとな…。」
エラミルの声にいつもの元気は感じられない。
―――まぁ、こんな状況で未だに元気でいられる方がどうかしてるよな。―――
珪都は1人で納得し、口をつぐんだ。
「うわ…。」
エラミルが小さくうめいた。
「どうかしたんですか?」
「角だよ…。クッソ……。」
エラミルの声は、元気が無いというよりイライラが溜まっているという雰囲気だった。
さっきから2、3回角を曲がったが、そのたびに無理な体勢になり、自分の体を角の先へ押し込むようにしてきた。
その時の苦しさと痛みを思い出して珪都も眉をハの字にした。
エラミルが角を曲がり始める。
装備している銃器類がいちいちひっかかり、あるいはこすれて進行を妨げる。
エラミルが曲がり終わる間、珪都は束の間の休息を得た。
ただ、肘を立てた姿勢のままなので、肘へのダメージはあまり変わらない。
「お、光がある。やっと出口か。」
エラミルが角の向こうを見て安堵の声を上げた。
その報告に、珪都も顔をほころばせる。
やっとこの窮屈な所を抜け出せる―――。
ようやくエラミルが曲がり終えかけた時だ。
――――――ォォォォオオオォォン―――――
「―――!!??」
聞き慣れても聞き慣れない、亡者共の悲鳴。
それが、遠くから、狭い通路を何重にも反響して珪都達の元へと届いた。
「エラミルさん!」
「急げ!」
エラミルがうなり、叫びながらようやく角を曲がりきった。
珪都もそれに続く。
もう異常な姿勢を強いられることによる痛みを我慢しながらもたもたしている暇はない。
―――ゥォオオオオオオオォォォン――――――
明らかにさっきより声が近くなっていた。
心臓の鼓動が一気に速くなる。
嘔吐しそうなほどに迫り来る焦燥感。
いちいち引っ掛かって遅れをとらせる装備の数々。
―――ウォオオオオオオオオオオ―――
こだまはついに途絶える事がなくなった。
すぐ近くにいる。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!!
無理矢理前方へ手を伸ばし、汚れまみれの床面に必死で指をへばりつかせた。
汚い空気を体内に急速に循環させる。
咆哮に立体感を聴き取った。
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!!
すぐ足元にまで迫り来る大勢の死。
命綱となる指は滑ってなかなか進むことが出来ない。
その瞬間、珪都は血眼になって手を、床面を引っ掻くかのように必死で叩きつけた。
迫ってくる音は、反響で四方八方から珪都を刺激する。
――――――
引っ掛かっていた武器がようやくすり抜け、あとはすんなり角を曲がり切ることができた。
大急ぎで肘をバタつかせ、少しでもゾンビとの距離を離す。
そして下へ降りるというのに天国からのような光のもとへたどりつくと、その穴からなまずか何かのように、重力に身を任せて廊下へと這い落ちた。
「立て。アイツらが出てこないうちに逃げるぞ。」
エラミルが床に落ちたフタの上に覆いかぶさっている珪都に手を差し出した。
珪都がその手を取ると、いとも簡単に、ひょいと珪都の体が持ち上げられた。
エラミルはそのまま珪都の顔も見ずに走り出し、珪都も慌ててそれに続いた。




