☆14☆ 魔法がとける時間
ちょっと時間がなさすぎです;;
がんばります。
もうすぐ春、だもんね。
あたし、結構、好きなんだけどな……。
一人で、校舎にもたれかかりながら、空を見上げた。
屋根から、はみ出した溶けかけの雪が、雨のようにしずくを落とす。
「雪……」
ただのひとりごとのはずだった。
だって、ここにいるのは、あたしだけだと思っていたから。
「――――何?」
「え……?」
空耳かと思うほど、微かに聞こえる声。
振り返ると、そこには、ユキが立っていた。
まるで、お化けでも見るように、驚いた顔をしていて、それがマヌケな感じに見えた。
「なんでわかった? 今、来たんだけど」
「し、知らないよ……」
ふたりとも、驚きのあまり、声がうまく出せていない。
さっきまで、電話越しに聞こえていたユキの声が、すぐそばにある。
会いたくないと思っていたユキが、目の前に立っていた。
こうなって、はじめて気がつく。
ユキの顔を見るだけで、胸が締めつけられる、この気持ち。
どうして、ここがわかった?
どうして、あたしを探すの?
どうして……。
聞きたいことはいっぱいあるような気がした。
「ユキ……なんで、ここにいるの?」
「なんでって……それは……話があるっていうか……」
「あたし、場所、教えてないよね」
静かに、ユキの顔をみつめる。
白くて細い輪郭に、くっきりとした目鼻。
あたしより、ずっと美人に見える。
不公平だよ。
ずっと、この顔が隣にあったから、あたしの美的感覚はレベル高すぎで、自分が嫌になるよ。
「廊下から見えたんだよ。そ、それより、今、呼んだだろ? そっちこそ、何?」
「え? ユキのこと? 呼ばないよ?」
そう言って、あたしは、校舎から落ちてくる、水滴の音で「ああ」と続けた。
「雪だよ。ほら、上から溶けた雪が、水になって落ちてきたから」
空に向けて、指をさすと、ポタンと水滴が落ちてきた。
「あ、なるほどね。エスパーかと思ったけど、そういうわけか」
「何それ。テレビの見すぎ。ほら、あたし、もう教室戻りたいんだけど。昼休みが終わっちゃう」
急かすような、あたしの言葉に、ユキはぴくりと身体を反応させた。
「それに、あたし、絶交って言わなかった? こーいうのはマズいし」
「マズい?」
「麻衣に悪いし。あたしとユキが幼馴染だって、知ってても、こんな誰もいない場所で会ってたら、コソコソしてるみたい。もう、あたしのことは無視していいから。今までだってそうだったんだから」
「本気で言ってるの?」
ゾクッとするような、ユキの強い声に、あたしはビクッと肩を震わせる。
「それに、コソコソって何だよ」
「だから、誤解されるって話だよ。ユキだって困るでしょ」
「困る、ねえ? どうせ、チョコちゃんは、アイツに、誤解されたら困るんだろ?」
「アイツ?」
あたしは、首をかしげる。
「アイツって言ったら、あの頭の悪そうな男しかいないだろ」
「頭の悪そうなって……ヒドイ。アラシのこと言ってるの?」
あたしの口から、アラシの名前がでると、ユキはキレイな顔を強張らせる。
「きこうと思ってたんだけど。チョコちゃんは、アイツの事……好きなのか?」
ユキの鋭い視線が、あたしを刺すように睨んでいた。
「な、何? どうしちゃったの? そんなこと、関係ないじゃん」
「関係ないって……。思い出したんじゃないのか?」
「思い出した? 何を?」
ギクリとしながらも、あたしは平静を装った。
だって、まさか、ユキをずっと待ってたなんて、言いたくない。
今さら、言っても、あたしたちは、もう昔とは違うから……。
「ああ、もしかして、さっきの電話の話? お互い、誤解してたって事でしょ? あたし、気にしてないから。大丈夫」
「違う! また、そうやって、逃げるのかよ! オレは! ……アイツの事、好きなのかって聞いてるんだよ」
ユキは、まるで、泣いてるみたいに、苦しそうに、繰り返し、聞いてくる。
それなのに、あたしは、麻衣との事を思うと、優しくなんてできなかった。
「か、関係ない! あたしとアラシの問題でしょ!」
「イラつくんだよ!」
ユキの大きな声が、響く。
「や、やめてよ。大きな声ださないでよ」
あの時と同じだ。
――――怖い。
「オレだって、怒るときもあるんだよ!」
「だから、やめてってば!」
「いつもニコニコしてたって、チョコちゃんは、わからないじゃないか!」
――――わからないよ、わかりたくない。
「聞けよ!」
そらした顔を、ユキが強引に、向きを変える。
目に飛び込む、ユキの目は、まるであの時と同じ……。
そう、あの時。
――――嘘つき! チョコちゃんの嘘つき! ずっとっ……。
ずっと……。
ユキが叫ぶ声だけが、思い出された。
やだ。
何か、すごく思い出したくない気がする。
「思い出せよ!」
ユキの声で、ハッとする。
目の前の顔を見ると、何かがカチッと重なる。
ああ、そうだ。
あの時も、ユキは怒って、叫んでた。
だけど――――本当は……。
だめ!
怒ってなんか。
やめて!
――――そう、本当は怒ってなんかなかった。
やだ!
思い出したくないの!
心がふたつになったような、おかしな気分だった。
思い出したい。
思い出したくない。
どちらもあたしの気持ちだった。
思い出そうよ、それでスッキリできるなら……。
あたしは、抵抗する自分を抑えて、思い出をたどる。
そうだ、おぼえてるよ。
今みたいに、怒りながら、それでいて、泣きそうなユキに気がついて、あたしは逃げたんだ。
あたしは逃げ出した……。
目の前のユキと、小さなユキを重ねながら、あたしは記憶の扉を一枚ずつ開けていた。
「本当、イラつくんだよ……頼むから……もう、こんなの」
悔しそうに、苦しそうに、ユキの綺麗な顔が、歪む。
そして、ユキの手が、ゆっくりと、あたしへ伸びる。
ユキは知らないでしょ?
あたし、ずっと憧れてたんだよ。
小さなあたしのお姫様は、キラキラの王子様。
いつでも守ると言っていた騎士のあたしは、本当はお姫様になりたかった。
だから、ユキが王子様だって知って、本当は嬉しかった。
これで、あたしがお姫様になれるって……。
そう、今みたいに、大人になった王子様のユキが、あたしをお姫様に変えてくれるんじゃないかって夢みてた。
でも、あたしはお姫様になんか、なれなかった。
怖かったもん。
いつか、もっと素敵なお姫様が現れて、あたしはいらなくなっちゃう。
だから、考えたの。
もしも、あたしが騎士のままでいたなら?
ユキがあたしにとって、本当のお姫様だったら?
そしたら、ずっと仲良しでいられるでしょ。
あたし、怖かったから、ユキをお姫様のままにしたの。
結局、それだって上手くいかなかった。
でも、今は思うの。
ユキが王子様でも、あたしが騎士をやめても、仲良しでいられたのかな?
あたしは、間違えちゃったのかなって。
今にも泣き出しそうなユキを、受け入れるように、あたしは、動かないでいた。
細くて長いユキの指先が、あたしの頬にツッと触れる。
その瞬間。
麻衣の顔が、目に浮かんだ。
「やっ!」
思わず、ユキの手を払い、あたしは一歩、後ずさる。
「チョコちゃん?」
「ダメだよ。なんで……ユキは、麻衣とつきあってるんでしょ! 麻衣が悲しむよ。あたしの事は、もう、ほっといてよ! 口ださないで!」
「な!」
「だって、そうでしょ? ユキだって、あたしに何も言わないで、麻衣と、つきあってる……」
声が自然と力をなくす。
嫌な感じが身体を重くさせた。
もう、戻れない。
子供じゃないから。
ユキはあたしの王子様なんかじゃないから。
ユキは麻衣の王子様だから。
バカなあたし。
それこそ、今さらなお話。
もしも……なんて、それこそおとぎ話でしかない。
それに、お似合いだから。
本当に、すごくお似合いな二人だから。
美しいお姫様に、王子様。
まさに、ぴったり。
あたしが、麻衣みたいな美人だったら、ユキのお姫様になれたのかな?
あたしは、その先を考えたくなくて、首を思い切り振った。
「もー! ヤダ! こんなのおかしいよ。もう、やめにしよう」
そう言って、ユキの顔を見上げた。
「ね!」
「……また、そうやって逃げる。いつもそうだよね……チョコちゃんはさ、逃げるんだよね」
低くて、それでいて悲しいくらいに、切ないユキの声が、あたしの身体を硬直させた。
ユキの視線は、真剣だった。
「チョコちゃんは、いつだって、フラフラして、ちっとも気づかないんだ」
「フラフラって何よ!」
「気づいてないと思う? いつも逃げてただろ? オレから、ずっと逃げてるだろ? 何が怖いの? オレ?」
「バ、バカじゃないの!」
「バカは、そっちだろ」
苦しそうに、ユキが笑う。
「……喧嘩、売ってるわけ?」
あたしは、低く呟く。
これ以上、話したくない。
これ以上、聞いちゃダメ。
そんな予感がした。
「いい加減、思い出せよ。お願いだから」
「な、何をよ! 思い出したら何だっていうの?」
耳を塞いで、目を隠して、すべてのアンテナをオフにして、逃げ出したかった。
ユキをどう想っていたかとか、あたしがどうなりたかったかとか、そんなの関係ない。
だって、もうユキはあたしのお姫様でも、王子様でも、ただの幼馴染でもないんだから。
だから、もう、何も言わないで。
祈るように、あたしは、ユキを見上げた。
「あの日、オレが言ったこと、思い出せよ」
「あの日っていつ? ユキの言ってることがわかんない」
「あの日は、あの日! お前が、絶交だって叫んだ日だよ!」
「思い出したよ。ほかに何があるの?」
「っざけんな!」
ユキの目が、見開いて、怒りが頂点にきているのがわかった。
あたしは、なんとか逃げ出そうと、ユキの隙をついて、ドアに手をかけた。
「待てよ!」
強く引っ張られる腕を、慌てて引きぬくと、あたしは急いでドアを開ける。
「触らないで! わかんないよ。思い出してないこともあるかもしれない。だけど、全部、思い出したって……何も変わらないでしょ」
「チョコちゃんは、何も変わらないって言うけど、何を変えたいの?」
「あ、あたしは……別に……」
ドアを開けたまま、あたしは立ち止まる。
「オレは……オレは、変えたいよ。ずっと、そう思って待ってたんだからな」
「待ってたって……待ってたのは、ユキなんかじゃない!」
あたしは、恐ろしいくらいに睨むユキに背をむけると、教室に向けて、走り出した。
「千代子! 逃げるな!」
ユキの声が、廊下に響いた。
それでも、あたしは止まらないで走った。
あたしが変えたいもの。
あたしが待ってたもの。
全部、もう、わかってる。
でも、どうにもできないじゃない……。
ユキが変えたいものって、幼馴染っていう都合のいい関係でしょ。
そんなもの、あたしは……欲しくない。
麻衣のための幼馴染。
あたしのためじゃない。
何も変わらない。
ユキは麻衣が好きで、お似合いの二人で。
アラシはあたしを必要としてくれる。
何も、変わらない。
「思い出すって……何」
あの日。
ユキは大きな声であたしに叫んでいた。
『嘘つき! チョコちゃんの嘘つき! ずっと……』
教室の入り口までくると、あたしは立ち止まる。
「あ……」
記憶の中で、小さなユキが泣きながら叫ぶ声がする。
どうして、ずっと忘れていたんだろう……。
あたしは、口を押さえて、声を殺しながら、うずくまった。
「ずっと……一緒に……約束」
ポロポロと、途切れ途切れに、言葉が溢れた。
そうだ、約束。
ユキと、約束。
『ずっと一緒だって約束したのに! チョコちゃん! チョコちゃん! 待って! 僕、チョコちゃんのことが好きなんだ! チョコちゃん!』
「好き……」
昔の事。
思い出したくなかったのは、怖かったから?
怖い気持ちと、恥ずかしい気持ちの区別もつかなかった幼いあたしが恥ずかしかったから?。
あの時、突然の告白を受けとめられるほど、あたしは大人じゃなくて。
ユキを遠ざけた。
誰よりも、大切に想っていたユキからの告白。
ありがとう、あたしも、ユキが大好き。
たったそれだけのことが、言えなかった。
「バカみたい……」
あたしはユキのお姫様だったのに。
自分で放棄したんだ。
「チョコ? な! どうして泣いてるのよ!」
「麻衣……」
教室の入り口で、うずくまったまま。
あたしは、泣いていた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「なにも……なにもない」
「チョコ?」
「ごめんね。ごめん、麻衣……。大丈夫」
麻衣は、あたしの肩を抱いてくれて、それ以上、何も聞かなかった。
あたしはただ、底なし沼にでも沈んでいくような感覚をおぼえていた。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
◆†あとがきという名の懺悔†◆
お久しぶりーのご来場、ありがとうございます!
なんだか、急展開させましたよ!
しかし、ベタですよね。
ちょっと、もう我慢できん! みたいなユキくんと
わけわからん! みたなチョコちゃんを書く回だったわけです。
あらすじノートにはそれしか書いてなかった……。
好きなものを、好きなように、好きなときに書けるって幸せですね。
その分、完成度は下がるんでしょうが、表現とか、言葉とか、自由ですからね。
ホクホクです♪
それに、やっと、恋愛要素でてきそうで、ホッとします。
やっぱり、両思いな感じの甘々が、書きたい気分。
書けるときに書かねば!デス。
さて次回♪ ☆15☆ 騎士に奪われる
次回は、アラシ君とチョコちゃん。
あれですね。
実は、アラシ君のほうが好きなんです。
明るいバカは大好きです。
あとは、王子がもう少し、やわらかくなってくれると萌えなんですよね〜。
いつになることやら……。
でわ! 次回でまたお会いしましょう♪




