『宵闇の魔女』はかく思う。
「それで――」
私、『宵闇の魔女』は目の前で嬉しそうに話しているトーカを見る。
私にとって弟子であり、娘のようにかわいがっている存在。真っ赤な髪と意志の強い瞳を持つ少女。——トーカはつい先日まで王国に捕らえられ聖女としての活動を強要されていた。
本来ならば聖女を呼ぶ番でもないというのに聖女を呼んだというだけでも愚かなことを……としか言えないことだ。騎士として活動していたトーカを聖女だと見破ったのはともかくとして、トーカの記憶を失わせ、トーカを無理やり聖女に仕立て上げたことは許せなかった。
トーカならば自分が聖女だと聞いたら、頼み込めば普通に協力しただろうに……、それをしないで無理やり聖女にしたのが間違いだったとしか言いようがない。
今、王国との戦争を終えてこれからこの弟子は新婚旅行に向かう。
ちなみに今、この場にルドバードはいない。ルドバードが気を利かせて、師弟で会話をしたらどうかと言ってくれたようだ。
目の前のトーカを見ながら、トーカも結婚をしたのかと感慨深い気持ちになる。
出会った頃のトーカは魔物に襲われて怯えていた。この世界で本当に生きていけるのだろうかと思うほどか弱くて、女性らしかった。確かにその状態のトーカならば、人々が連想する聖女に相応しいと言えたかもしれない。私としても最初はトーカのことは守らなければならない存在という認識だった。一人で生きていけるように教え込むつもりだったが、戦いを知らない少女が私が望むように強くなるとも思えなかったからだ。
もしトーカが身を守るための術を手にすることを途中であきらめるのならば、最低限の守りを施して後は好きにしてもらおうと思っていた。面倒を見た少女に簡単に死なれては寝覚めが悪い、しかしその当初トーカは私にとって可愛い娘のような存在ではなかった。ただ拾った少女という認識しかなかった。
それが変わったのは、トーカがあまりにも一生懸命で、強い心を持ち合わせていたからだった。
私のことを心から慕い、出会った当初あれだけ嘆いていたのにもかかわらず前を向いた少女。嘆いて、悲しんで、怯えて――だけど現状を理解して、前を向いている。それにトーカは吸収力が高く、私が教えたことをどんどん覚えていくような少女だった。
それが元々才能があったからか、それとも聖女として召喚されたからなのかは分からない。ただトーカは驚くべき速度で様々なことを学んでいった。
半年たったころには既にこの世界で生きていけるだけの術を手に入れていた。トーカは私が言わなければずっとここにいただろう。しかしトーカは若い。まだ未来がある少女だ。ちゃんと自分の手でどんなふうに生きて、どんな風に未来を掴んでいきたいか選択してほしいと思った。
そして送り出した弟子が騎士になったのには驚いたが、それがトーカの選んだ道なら問題ないと思った。
トーカの手紙にはルドバードのことが幾度も書かれていて、ああ、この子は恋をしたのだというのに気付いた。私の元を訪れたトーカはいつも文句を言いながらもルドバードの話をし、騎士団の生活を心の底から楽しんでいたのが分かった。
それを知って私は安心したし、トーカの恋がみのればいいと思った。
王国の横やりでトーカが無理やり聖女をやらされたのは許せぬことだったけれども、それがきっかけでトーカとルドバードが素直になって結婚にまで至ったのは嬉しいものだった。
トーカは楽しそうに私に話してくれる。
これから聖女として浄化の旅に向かうという任務に就くトーカが、無事に此処に戻ってきますように。
そして、願わくばはやく孫の顔(トーカは娘みたいなものなので)を見たいものだと私は思うのだった。
「今度来るときは、是非子供もね」
「こ、子供!? 師匠、何を言ってるの!!」
夫婦になったのだから体を交わしているだろうに、恥ずかしがるトーカを見て穏やかな気持ちになる。
どうか、トーカが幸せに過ごせますように。
私はそんな祈りとともに、トーカを送り出すのだった。




