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F川奇譚  作者: 三塚日月
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文吉狐と和尚

※県立D大学(旧・D女子大学)武澤研究室による、F川周辺における狐譚の聞き取り調査に基づく。採録は昭和四十九年七月から五十三年二月に行われた。

 

 F川の別名が牛河というのは、F川が暴れ川だからだよ。その暴れるさまを、力強い牛にたとえたんだ。昔の氾濫はいまよりもっと激しくて、村に大きな被害が出ることもあった。

 その年の水害は本当に酷く、高いところにあった小さなお堂まで流されてしまうほどだった。そこで、修繕ついでに大きな仏様を祀って、今度こそ護ってもらおうという話になり、お寺の和尚さんをリーダーに、村のひとたちが少しずつお金を出しあうことに決まった。

 ある日、お金を集めに村を歩いていた和尚さんは、辻の石の上で寝ている文吉狐を見かけた。

「お前も悪さばかりせず、たまにはいいことをしたらどうだ」

「別に悪さなんてしていないが。いいことってなんだい」

「実は、このF川に立派な仏様をお迎えしようと思ってな――」

 F川に住む人間はみな、文吉狐が金を持っているのを知っている。和尚さんは事情を説明して、なんと狐からも金を取ろうとしたわけだ。だが、文吉も根が親分肌だからね、頼られてなかなか気分がいい。金額を聞いて、

「ふうん。人間がそれだけ出すなら、おれは倍偉いから倍出してやろう」

 と、ぽーんと小判を出した。きらきら光る小判を前にして、和尚さんは欲をかいた。

「なんだ。こんなに気前よく出せるなら、もっと出せ」

 小判を懐に仕舞うと、更に右手を突きだす。

「ずいぶん業突く張りなことを言うじゃないか、和尚」

「俺は畜生の身に堕ちたお前に徳を積ませてやろうっていうんだ。けちけちせずにもっと出せ」

 畜生と言われて腹が立ったものの、けちと言われたほうがもっと腹が立った。思わず和尚の顔に向かって大判小判をぶちまけそうになった――が、そんなことをすれば、いざ伏見稲荷様に呼ばれたときに金が足りず無礼をすることになる。文吉はぐっと押し留まった。

「これ以上はおれが伏見に上るときの金だから出せん。だが、貸してやるならいいぞ。必ず返すか?」

「ああ、必ず返す。嘘は吐かん」

 そして和尚さんは文吉狐からたんまり金を受け取って、そりゃあ立派な仏さんとお堂をこしらえた。黒々した瓦に鮮やかな朱の柱、中の仏様はお日様みたいに光っていたって。

 文吉狐は落慶法要に呼ばれるのを楽しみに待っていた。なにせあれだけの大金を出したんだ。呼ばれる資格はある。娘にも手下の狐たちにも、すごい仏様を拝ませてやるって吹聴しててね、愛娘のお徳には可愛い菊の柄の着物まで揃えてやったそうだ。でもね、和尚さんは人間だけで落慶法要をやっちまった。

 文吉は夜遅くまで待ってたっていう。人間だけの式なんて前座だ、今から狐の為の本当の式が始まるんだって笑いながらね――でも、和尚さんは知らん顔で、あげく狐たちの前でお堂の扉を閉めちまって。

 次の日、朝のお勤めを終えてお堂から出てきた和尚さんの前に、文吉狐が姿を現わした。顔こそ怒っていなかったが、全身の毛が逆立っていて、朝の光に刀みたいに輝いている。

「立派な仏ができたものだ。さて、金はいつ返してくれる」

 和尚さんは知らん顔で階段を降りていく。

「返すという約束だぞ」

「誰が狐との約束など守るものか」

「ああそうかい」

 文吉狐が空を向いて一声鳴くなり、お堂も仏もシュッと掻き消えて、和尚さんは階段のあった場所から地面に落っこちた。

「利息をつけて返してもらったぞ」

 文吉狐はくるりと舞うように踵を返して、長い尾を煌めかせて消えてしまった。

 和尚さんが痛む尻をさすりながら首を巡らせば、草ぼうぼうの原っぱに、かつて大水で流されたお堂の束石だけがぽつんぽつんと残っていたという。


 だから長い間、F川にはお寺がなかったという話。


(F川字金泉 N田正)

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