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悪魔が降りて、種を蒔く  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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26/29

桑原徳馬の決断

 郁紀は、真幌公園のベンチに座っていた。

 時刻は、午後十一時を少し過ぎたところだ。周囲に人気ひとけはなく、街灯の小さな明かりが周辺を照らしている。以前には、暇な若者がたむろしていたこともあったが……最近では、近寄らなくなっていた。近頃、やんちゃな若者たちを「狩る」奇妙な男が出没する……という噂が流れるようになったからだ。

 もっとも、理由はそれだけではない。ここ一週間ほど、町中のチンピラやヤンキーといった連中が異様に殺気立っている。妙な男が、桑原興行に喧嘩を売っている……そんな噂が、一部で広まりつつあったからだ。その妙な男を捕まえ桑原興行に引き渡せば、賞金が出るとの噂まで流れている。軽い気持ちで夜の町を徘徊しようものなら、たちまち目を付けられ袋叩きに遭うだろう。

 そうした事情を知らない者たちでも……無人の公園で、黒いパーカーを着てフードを目深に被っている郁紀の存在には、見る者に異様なものを感じさせるのは間違いあるまい。

 郁紀の座っているベンチの近くには、鉄棒が設置されていた。大人でも、ジャンプしない限り届かない位置に付けられている。

 不意に、郁紀は顔を上げた。鉄棒に飛びつき、懸垂を始める。これはトレーニングだが、同時に裡なる衝動を沈めるためのものでもあった。

 己の体重を、背筋の力で引き上げる。そうして肉体をいじめ汗を流しつつも……頭の中では、今後の行動について計算をしていた。

 恐らく、連中は血眼になって自分を探しているだろう。となると、しばらくは動きを押さえるとするか。

 やがて懸垂を終えると、郁紀はふたたびベンチに座りこんだ。荒い息を吐きながら、汗をタオルで拭く。目は、じっと闇を見つめている。

 彼の裡には、破壊の衝動が湧き上がっていた。一刻も早く、桑原を殺したい。そうすれば、差し当たっての目的は達成だ。


 その後は?


 決まっている。あの、ペドロという怪物を探し出す。今回の騒動の元凶であり、諸悪の根源だ。

 奴を探しだし、この手で殺す。


 そんなことを思いつつ、郁紀はふたたび鉄棒に飛びつく。自身の体を引き上げながら、裡に潜む殺戮の衝動を押さえ込んでいた。


 ・・・


「そうか、池野がやられるとはな。具合はどうだ?」


 桑原徳馬の問いに、佐藤隆司は神妙な顔つきで頷く。


「はい、頬骨と肋骨をへし折られ、前歯もやられていましたが、命に別状はありません。今は、おとなしく病院で寝てます」


 その言葉に、桑原は面倒くさそうな表情で首を回す。


「そいつは困ったな。まさか、池野がやられるとは思わなかったよ。こいつは俺のミスだ」




 彼ら二人は、町外れにある事務所にいた。事務所といっても、ボロアパートの一室であり、最低限のものしか置かれていない。普段は使っていないような場所である。

 そんなところで何をしていたのかといえば、減った子分たちの補充である。桑原自ら出向き、めぼしい連中をスカウトするため来たのだ。

 ところが、想定外のことが起きる。桑原の腹心の部下・池野清吾が病院送りにされた……という報告を部下たちから受けたのだ。


「大丈夫だろうな? あのバカ、リロイみたいに病院を抜け出したりしねえだろうな?」


「ええ、大丈夫です。最初は山木を殺すと叫んでいましたが、薬を飲ませて眠っています。今は、手の空いた連中に見張らせてます。いざとなったら、絞め落としてでも止めろと言ってありますから。にしても、今回ばかりは想定外でした。まさか、池野さんが返り討ちに遭うとは。他にも、三人が階段から落ちて入院してます。山木が、ここまでやるとは……完全に想定外でした」


 話を黙って聞いていた桑原は、天井を向いてため息を吐いた。


「仕方ねえなあ。こうなると、俺が行くしかなさそうだ」


 その途端、隆司の顔色が変わる。


「ちょっと待ってください。何を言ってるんですか?」


「俺は来週の水曜日、白土市の事務所に行く。ガキどもに、その噂を流させろ」


 白土市の事務所とは、山の中にある。事務所とは名ばかりで、実質的にはただの倉庫だ。付近に民家はなく、多少の騒ぎを起こしても問題ない。もともとは、死体の処理などに使うつもりであった。


「どういうことですか?」


「池野がやられた以上、雑魚を何人送り込もうが捕まえられねえよ。これ以上、兵隊の数が減ったら商売に差し支える。だったら、俺が行く。俺と板尾と腕の立つ連中で、山木のアホを取っ捕まえる。それしかねえだろ」


「いや、そんな──」


「俺が白土市の事務所にいると聞けば、奴は必ず来るはずだ。そこを捕まえる……それが、一番手っ取り早い方法だよ」


 隆司の反論を遮り、桑原は静かに答えた。

 対する隆司は、思わず顔をしかめる。恐れていたのは、この事態だ。桑原徳馬は、昔ながらのヤクザ気質が抜けていない部分がある。やられたら、やり返す……これは、今の御時世では賢いとはいえない。

 山木郁紀という男は、確かに喧嘩は強いだろう。いや、強いというレベルではない。ここまでのことをやってのける以上、ただのチンピラではない。だが、相手にしたところで金にはならない。仮に山木を殺したところで、一文の得にもならないだろう。そんな者を捕らえるのに、トップに立つ桑原がいちいち動く必要はないのだ。


「やめましょう。あんなガキ、桑原さんの手を煩わせるほどのことはありません」


「そのガキに、俺たちは散々やられたんだぞ。ここまで来たら、損得じゃねえんだ。奴の狙いは俺なんだよ。このまま引っ込んでいるわけにもいかねえだろう」


「意味ないですよ。遅かれ早かれ、山木は警察にパクられます。以前から付き合いのある刑事たちに、奴をパクるよう言っときましたから」


 そう、隆司は数人の刑事を手なずけていた。どんな人間も叩けばホコリが出る。調べれば、弱みがある。刑事という特殊な職業なら、なおさらだ。弱みを握り、金を渡して味方につける……アメとムチを上手く使い分け、手下として利用していたのである。

 この手下となっている刑事たちは、山木郁紀を血眼になって捜している。彼らに任せれば、そのうちにいぶし出せるだろう。放っておけば、奴は必ず騒ぎを起こす……それまで、無理にこちらから探す必要はない。それが、隆司の考えであった。

 しかし、桑原はかぶりを振る。


「ダメだ。いいか、この業界はナメられたら終わりなんだよ。山木を押さえるのに時間をかけたら、それだけウチの株も下がっていくんだ。これ以上、時間をかけていられねえ。一刻も早く、あのガキを捕まえる必要があるんだよ」


 桑原の口調は静かなものだった。だが、隆司にはわかっている。彼は本気だ。こうなると、桑原は誰にも止められない。

 以前から懸念していたのだが……この桑原の最大の短所は、昭和ヤクザの価値観を引きずって生きていることだ。普段は、特に気にする程のことでもない。だが、こういう事態では命取りになりかねない。

 沈黙する隆司に向かい、桑原はなおも語り続ける。


「しかもだ、山木のバックにはとんでもねえ奴がいる。俺たちの事務所を、爆弾で吹っ飛ばしたイカレ野郎だ。俺は、何が何でもそいつを引きずり出したいんだよ。はっきり言うなら、お前の言う通りだ。山木みてえな雑魚なんざ、ほっといても構わなかったんだよ。俺の狙いは、山木のバックにいる奴だよ。そいつの面が見てみてえのさ」


 桑原の目には、異様な光が宿っている。ここまで言われては、隆司には反論の言葉はなかった。ただ、頷くしかなかった。


「わ、わかりました」


「俺に万一のことがあったら、後のことは頼んだぞ」





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― 新着の感想 ―
[良い点] かわぐちかいじさんの『猛者連ブギ』に出てきそうな昭和のヤクザ・桑原……。 合理主義なペドロさんと、平成生まれの郁紀には、かなうべくもない気がします。 [一言] いよいよ対決ですね(@ ̄□…
2020/08/11 16:34 退会済み
管理
[良い点]  数々のシリーズで活躍してきた桑原さんでも追い込まれるペドロさんの暗躍っぷり。 [気になる点]  まだまだ桑原さんは頑張りそうってか本作でかなり掘り下げられた感あります。 [一言]  自ら…
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