近藤光流と別れの挨拶(ショート・ショート・グッドバイ)⑩
ーーー数日後。
時刻は深夜二十三時三十分。
真冬の身を切る様な寒さの中、光流は一人真夜中の浅草を歩いていた。
「さっみぃ・・・」
小さくそう呟くと、両手をコートにあるそれぞれのポケットに突っ込む光流。
「・・・こりゃ、雪になっかもな」
彼は暗い夜空を見上げ、白い息を吐きながらそう独りごちると、目的地へ向かってその足を急がせた。
光流の頭上に広がる星一つない漆黒の空ーーー。
その漆黒の闇を見つめている内に、光流は、つい先日自身と友人達を襲った恐ろしい出来事を思い出す。
光流達と、彼らの通う学園をも巻き込んだ『悪神』という名の未曾有の恐怖。
それは光流と仲間達の活躍により辛くも退けることが出来た。
また、悪神との激しい戦闘により崩壊した校舎も、日之枝や天海達の働きと証言により『地下に埋蔵されていた天然ガスが、脆くなった床から漏れ出し、其処に理科室で実験中のアルコールランプから引火して爆発が起こったガス爆発事故』として処理され、今は建て直しの真っ最中である。
しかし、倒壊した時期が冬休み間近であったというのが不幸中の幸いとも言うべきか。
先ず、この約一ヶ月の冬休みを利用して、校庭の隅に仮説の校舎を幾つか建設し、其処を本校舎が完成するまでの間、当面の学舎として授業を行うことに決まったらしい。
併せて、不幸にも事件に巻き込まれてしまった一般の生徒達も、文車や雲外鏡達の処置が早かった為、幸い、深い外傷を負った者や、後遺症に悩まされる者もなく。
加えて、葉麗達が彼らの記憶を上手い具合に操作してくれたお陰で、悪神に浚われたり、囚われたりしている時のことを覚えている者は誰もいなかった。
お陰で、漏れ出したガスに毒性はなく、気絶で済んだという事に出来、結果、生徒達の心身両面と、妖達の世界との線引きの両方を護ることが出来たのだ。
きっと、ガス爆発に巻き込まれたと言われている生徒達も・・・この冬休みでゆっくりと休養をとり、冬休みの開ける一月には、再度学園の門を潜ることが出来るだろう。
それでは、そんな、学園や其処に集う生徒達を命懸けで守り抜いた光流の仲間達は、あの後如何なったのか?
それはーーー。
「おーい、光流くん!こっちこっちー!」
光流との待ち合わせ場所である雷門、そこでぴょこぴょこと跳ねる様にしながら、姿の見えた光流に手を振っている者がいる。
楓だ。
いや、よく見ると楓だけではない。
其処にはーーー。
「遅くてよ!五分遅刻ですわ!」
「ですわよー!」
「五分遅れたから、たこ焼きはお前の奢りな!サンキュー光流!」
「この私を待たせるとは良い度胸ですね、焼き肉」
自由に、口々にそう告げる仲間達の姿があった。
「・・・へーへーそいつはすいませんね」
酷くげんなりした様子でそう謝りながら、彼らに合流すると、共に本堂に向かって歩き出す光流。
見ると、本堂に向かって伸びる参道には既に沢山の人々で溢れ、ごった返していた。
そう、今日は十二月三十一日ーーー大晦日なのだ。
そんな、初詣目的の客で混み合う浅草を押しつ押されつしながら歩く光流達。
ちなみに、玲は先に来ていたらしいのだが、沢山の屋台に漲った阿頼耶に手を引かれ・・・というか引き摺られ、今は雑踏の中何処に行ってしまったかすら分からないらしい。
では、一方、光流の相棒であるコーデリアは如何しているのかというと。
「まぁ、ハシマキ??ハシマキとは一体何ですの??」
「何かわかんないけど美味しそう!お姉様、食べてみましょう!」
「ええ、そうね!」
ーーー姉妹揃って思いきり屋台を堪能していらっしゃいました。
焼きそばや林檎飴等屋台の料理を沢山買い込んでは、次々に口に運んでいくコーデリアとシャーロット。
それでは・・・そもそも何故、本来実体が無い筈の二人や阿頼耶がこうも実体化をして屋台を堪能出来る様になったのか。
それはーーー。
「やっぱり体を作ってあげて正解だったんだよー!」
チョコバナナと綿飴を両手に持ちながら、非常に満足げな満面の笑みでそう告げる美稲。
そう、光流的に言うならば『全部、美稲の所為』であった。
騒動に関する後始末をしている最中、彼女は思い立った様に一同に告げたのだ。
蜘蛛丸や夜叉丸の様にコーデリア達にも体を作ってやることは出来ないか、と。
嫌な予感しかしないその提案に、当然光流は断固反対したのだがーーー悲劇的に引き裂かれてしまった姉妹が再び再会出来たのに可哀想やら、特に幼くして殺害されたシャーロットへの同情の声が多く、光流の意に反してコーデリア達の器作りは始まった訳だが。
それで完成したのが、今コーデリア達が憑依しているあの一分の一サイズリアルフィギュアという訳である。
その、美稲が何日も完徹で作り上げた、自称『至高の芸術品』に、葉麗が自身の能力を駆使し魂を定着させる。
ただし、定着させると言っても、本来コーデリアの魂は光流の魂と分離不可能な程混ざりあっている為、魂の一部と・・・それに騒動の最中等からよく光流の周囲にふわふわと浮かんでいた彼女の幽体と意識を、美稲の作り上げたフィギュアの中に入れただけなのだが。
『至高の芸術品』と呼ぶに恥じない精巧さであるせいか、或いは葉麗の術と余程相性が良いのか、はたまたその両方かーーーコーデリア達の器は如何やら、ほぼ生身と変わらぬ動きが出来るらしい。
しかも、少し見ただけではあるが、肌や関節なども人間のそれと変わらない物に変化している様にも見えた。
その新しく手に入れた体で、とても嬉しそうに手を繋ぐコーデリアとシャーロット。
そんな二人の姿を見ていると、やはり、最初は反対はしたけれども、器を作って良かったなとそう思えてくる光流。
すると、そんな光流の両手が左右から同時に引っ張られた。
葉麗と楓だ。
楓は、光流の手を引きながら、弾ける様な笑顔で告げる。
「皆で過ごす初めての大晦日だねっ!」
一方光流を小馬鹿にした様なうっすい笑顔で告げる葉麗。
「知ってました?コーデリアさん達の今の食費は今回の貴方の給与から出てるんですよ?」
「はぁぁっ??!!」
そうーーー実は、あの騒動の後、光流は正式に葉麗達が所属する逢魔宵の一員になったのだ。
そして、今夜、一応上官である葉麗から手渡しで先日の騒動の時の報酬を受け取る事になっていた筈ーーーなのだが、何故か給与の入ったその封筒は、今はコーデリアの手にしっかりと握られ、その中からは飛ぶ様に次々と札が抜かれていく。
その光景に先程より更にがっくりと肩を落とす光流。
と、そんな彼の目の前に、銀色の小さな何かと、紅い布の様なものが差し出される。
「何だ、これ・・・?」
差し出す葉麗の掌からそれを受け取り、見てみるとーーーそれは、光流の名前の刻印された逢魔宵の名札と、逢魔宵の紋章の刺繍された腕章であった。
「・・・・・・!!」
驚き、葉麗を見つめ返す光流。
すると、葉麗は照れた様に瞳を逸らし、告げた。
「・・・新しい隊員の入隊を、我々は心から歓迎します」
「・・・ああ・・・!ありがとう、結城・・・!」
「・・・いいえ。貴方の様に強力な能力を持つ能力者が私達には必要ですから。・・・ほら、じゃぁ行きますよ、焼き肉隊員」
「や、焼き肉隊員?!」
彼女の発言に嫌な予感が込み上げてきた光流は、自身がつい今しがた受け取ったばかりの名札を見つめ返す。
光流の名前が真ん中に大きく刻まれた、真鍮製の美しい名札。
だが、よく見ると、刻印された名前の上部にフリガナの様に『やきにく』と刻まれていることに気が付いた。
「あぁぁぁぁ~~~??!!」
大晦日の夜空に、光流の悲鳴と除夜の鐘の最初の一回目の音が響き渡る。
そんな情けない悲鳴と、煩悩を打ち払う鐘の音をBGMに、とても美しく微笑むと、人指し指を口元に添え、告げる葉麗。
「ふふ・・・これから、楽しくなりそうですね?私の下僕くん」
光流の受難の日々は、こうして始まったのだった。
ーーーThank you for reading this to the end.
To Be Continued to the chapter two!




