近藤光流と別れの挨拶(ショート・ショート・グッドバイ)⑥
(き、巨大蜘蛛!!!!)
余りの驚きとーーー今まで見た事のないその常識外れの大きさに、思わず悲鳴を上げそうになる光流。
しかし、光流とて一応健全な男子高校生だ。
男としてのプライドだってある。
故に、此処に女子ーーー葉麗が居る以上、無様に乙女の様な悲鳴を上げる訳にはいかないのだ。
例え、相手が如何見ても毒蜘蛛っぽい巨大蜘蛛であったとしても。
(たっ、頼むから動くなよ・・・!)
そう念を込めてじっと大きな蜘蛛を見つめる光流。
だが、そんな光流の内心の激しい葛藤を知ってか知らずかーーー巨大蜘蛛は、わざと光流に恐怖を与える様に、じりじりと少しずつ光流の肩を上り、なんと彼の顔に接近してくるではないか。
「っ~!!!」
(来んな来んな来んな!!!・・・はっ!!まさか、これは悪神が仕掛けた最期の罠なのか?!)
掌サイズの巨大蜘蛛が迫り来る恐怖が理性や冷静さを上回ってしまったらしく、遂にはそんな阿呆なことを考え始める光流。
するとーーーまるで水族館のショーで海豚が観客に挨拶としてよくそうする様に、巨大蜘蛛がまさにしゅぴっ、という勢いで、光流に向かってその前足を上げてみせた。
心なしか、その態度もきりっとしている様だ。
「・・・へ?」
突然、巨大蜘蛛がとった挨拶の様な行動に、先程までの恐怖も忘れ、まさにポカーンとした表情で蜘蛛を見つめる光流。
と、光流の肩できりりと片手を上げていたその蜘蛛が、今度はなんと人間の言葉で話し始めた。
「全くさぁ、気付くの遅いよ。あんた鈍いんじゃないの?そんなに鈍かったらモテないよ?あ、もう手遅れか」
幼く愛くるしい声でふんだんに巻き散らかされる猛毒の塗られたナイフの様に鋭い言葉達。
(・・・この声に、この言い回し・・・。間違いない、この蜘蛛はーーー)
蜘蛛丸だ。
何故蜘蛛になっているのかは光流にも分からない。
だが、光流の肩に居るこの蜘蛛は間違いなく蜘蛛丸なのだ。
そう確信した光流は自身の肩に乗っている巨大蜘蛛を見つめながら、ふと呟いた。
「・・・まさか、結城に死体に練り込められる前・・・元は蜘蛛だったから、蜘蛛丸、とか・・・?」
自身の中に浮かんだ、まるでとんちの様なそんなあんちょこな考えに、自ら苦笑を浮かべる光流。
「いや、ないない・・・。流石にそんなの、自分のペットの犬にイヌやドッグって名前つける様なもんーーー」
「うん、そうだよ。せいかーい。蜘蛛だから蜘蛛丸なんだよねー」
「ぅえぇぇぇぇ?!嘘ぉ?!」
すると、そんな光流の呟きに被る様にーーー蜘蛛丸が若干食い気味に告げたその内容に、光流は、今度は先程とは違う意味で驚きに目を剥いた。
「いや、もうちょっと他にあんだろ・・・。でかいし、足の数が八本だから、ビッグエイトとかさぁ」
「あ、うん、それのが無いわ。無理。お兄さん、センスないね。生まれてくる時、間違えて鸛にでもあげちゃったんじゃないの?それか剣道のやり過ぎ・・・面の叩かれ過ぎて、何処かに吹き飛んだ?」
容赦のない言葉のナイフが乱舞し、問答無用で光流に突き刺さる。
と、そこまで言い散らかすや・・・不意に声音を真剣なものに変え、蜘蛛丸が光流に語りかけて来た。
「あー、スッキリした。・・・と、いっけねー。忘れるとこだった。僕はあんたと姫様を助けに来たんだよ」
「助けに・・・?」
蜘蛛丸が告げたその言葉に、訝しげに眉根を寄せる光流。
援軍は、確かに有り難い。
だが、こんな小さな蜘蛛が一体如何やって人二人を助けると言うのか。
すると、光流の視線から、彼のそんな疑心に気が付いたのか、蜘蛛の姿をした蜘蛛が再度口を開いた。
「あのさ?そこの疑り深いお兄さん?確かに僕はお兄さんと姫様を助けるとは言ったけど・・・『僕だけで』とは言ってないぜ?」
不敵にそう告げる蜘蛛丸だが、彼のその台詞に光流は尚更首を傾げた。
この空間で光流の仲間と呼べる者達は、生憎、葉麗と、それに蜘蛛になっている蜘蛛丸しか存在していない。
しかも、援軍を呼ぼうにも、光流がこの空間に飛び込んだ時、入り口は固く閉ざされてしまった。
それに、万が一援軍を呼べたとしてもーーーそんな自分達が普段居る世界とは切り離されていて、挙げ句、底無し沼の様に下には果てがなく、空間自体すら崩壊を始めているという危険極まりない場所に、一体誰が来てくれるというのか。
そんなのは、まさに自殺行為だ。
と、蜘蛛丸が、不意に自身の前足を光流に向かって差し出してくる。
まるで「触れ」と言わんばかりのその行動に、光流は、巨大蜘蛛に触るという行為に若干の恐怖を抱きながらも、人差し指でその前足に触れてみた。
すると、如何だろう。
まるで暗闇を照らすランタンの様に蜘蛛丸の体が輝き始めたではないか。
しかも、よく見てみると蜘蛛丸のお尻辺りからーーー何やら、仄かに煌めくものが立ち上っているのが見える。
目を凝らし、その細い煙の様なものをじっと見つめてみる光流。
それはーーー蜘蛛丸の体と同じく七色に光り輝く、錦の様に美しい蜘蛛の糸であった。
「・・・凄いな、なんだこれ・・・。こんな蜘蛛の糸、初めて見たぞ」
蜘蛛丸にそう語りかけながら、糸に触れてみる光流。
するとーーー瞬間、糸が強い輝きを放ち始める。
同時に、光流の耳に届く、外に居る筈の仲間達の声。
『光流くん!ご無事ですか?!』
『ちょっと、何引き込もってんのよ!待ちくたびれちゃったじゃないの!早く出てきなさい!』
『おーい?大丈夫かー?お前が戻ってきてくれないと困るんだよ。エロ本を預かってくれる奴がいなくなっちまう』
『お兄ちゃんと光流くん、そんな事してたの?!サイテー!・・・あ、っと、違う違う。そうじゃなくて・・・・・・戻ってきて?光流くん。皆には、君が必要なんだよ。それと、私にも・・・。だって、光流くんは、私の自慢の友達で、それに・・・・・・兎に角、早く戻ってきてね!』
楓やーーー仲間達の、優しくて暖かい言葉が光流の心を、全身を、希望の光で満たしていく。
と、同時に、腹の底から熱くて強い力が漲ってくるのを感じる光流。
(・・・皆・・・。そうだ・・・僕は、生きて帰るんだ。皆の元に・・・!皆が居るあの場所に・・・!)
瞬間、力尽き消えてしまった筈の炎の翼が再び光流の背に姿を現した。
また、彼の思いにーーーいや、彼の思いだけではなく、彼の帰りを待つ仲間達の思いにも応えるかの様に、一際強く輝きを放つと、太さを増す蜘蛛の糸。
(・・・翼と・・・それに、これだけの太さがあるならきっと・・・!)
そう考えた光流は、自身の背中に手を回す葉麗に向かって声をかける。
「結城。しっかり捕まってろよ!・・・今からこの糸を命綱代わりにして、此処を登る!」
彼のその言葉に、葉麗は一瞬驚いた様に目を見開くが、しかし脱出する方法がそれしかないことも理解したのか、ゆっくり、強く頷いてみせた。
光流も彼女に笑顔で頷き返すと、天高く伸びる蜘蛛の糸を見上げ、告げる。
「さぁて、じゃぁ、リアル蜘蛛の糸といきますか!!」
彼のその声に、もう先程までの不安や絶望は存在していなかった。




