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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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近藤光流と別れの挨拶(ショート・ショート・グッドバイ)④

二人は、そう葉麗に前置きをするや、それでも医師としてーーー自身の矜持に懸けて、光流に出来うる限りの最善の治療を施し始めた。


だがーーー。


「はわわわわ?!魂が定着してくれないよ~!」


エキセントリックで何処か幼子の様な性格はさておいて、医療に携わる人間としては間違いなくプロフェッショナルである筈の文車が、光流の胸の真ん中に両手を添えながら、今にも泣き出しそうな声を上げる。


見ると、まるで手に掴んだ砂がさらさらとその掌から零れ落ちていく様に、文車の手の隙間から、仄かに光る金色の粒子の様なものが、光流の体の外へと向かってほろほろと零れ落ちていっているではないか。


(・・・まさか、あれが僕の魂なのか?)


初めて見る自分自身の魂というものに、過去の自身がピンチだということも忘れ、暫く食い入る様にそれを見つめる光流。


すると、時間が経つにつれ、金色の粒子に混じり、鮮やかな紅い色の粒子も溢れ出して来ていることに光流は気付く。


(紅・・・?これって、まさか・・・)


自身の脳裏を過る非常に嫌な予感に、如何かそれだけは勘弁してくれと祈る様な気持ちでその光景を見つめる光流。


だが、現実というものは常に無情で


「ど、如何しよう~?!今度は繋ごうとしてた子の魂までつられて溢れ出しちゃったよ~!しかも、二人分の魂が完全に混ざっちゃって、かき混ぜた後の苺パフェみたいにぐちゃぐちゃだぁ~!」


非常に慌てふためきながら、彼女の傍らで薬等の準備をしている雲外鏡に向かい、半分程泣きながらそう告げる文車。


彼女のその言葉に、光流は


(・・・ああ、あの紅いのはやっぱりコーの魂だったか)


と、内心深く得心する。


欠片を補い合う他のデッドストーカーとは違い、恐らく、光流とコーの魂は混ざり合っているのだろう。


それ故に、光流は戦い慣れしている葉麗達や、何よりコーデリア本人が驚く程の早さで彼女の能力を使いこなすことが出来たのだ。


(・・・成る程。そう考えるとまさに怪我の巧妙だな・・・)


そんなことを考え、一人うんうんと頷く光流。


しかし、光流がそんなことを考えている間にも、文車のその小さな白い手の隙間からは留まることなく彼とコーデリアの魂が零れ落ち、それと比例する様に、処置室に横たえられた光流の顔色はどんどんと色を失っていく。


同時に、光流の内を支配する、目の前で、自分自身が一歩ずつ死に近付いていくのを見つめているという、何処か不思議で何処か恐ろしい、相反する二つの感覚。


その、まるで、真冬の湖の上に張った、今にも割れそうな薄氷の上に独りぽつんと立っているかの様な感覚に、光流は一つ小さく身震いをした。


(・・・まさか・・・このまま死ぬなんてことないよな・・・?)


今のーーー未来の自分が生きているのだから、この過去の記憶の中の光流が死ぬ等絶対に有り得ない筈なのに、死に瀕している自分自身を見つめる内、そんな、不意に込み上げてきた強い不安に思考を支配される光流。


するとーーー今の光流の不安を感じ取ったかの様に葉麗が動いた。


「・・・文車妖妃、退いてください。私が如何にかします」


そう告げるや、文車をやんわりと退かし、代わりに横たえられていた光流の両肩を強く掴む葉麗。


「えっ?!で、でも如何にかって言っても~!もう色々手は尽くしたんだよ~!如何するの~?」


一方退かされた文車は、葉麗に向かってそう問い掛けながらも、ひょっこりと隣に姿を表し、まるで妖怪達の姫たる彼女が如何やって光流を救うのかを楽しみにしているかの様に、きらきらと瞳を輝かせていた。


葉麗の向かいに立ち、先程から休むことなく光流に処置をしている雲外鏡も、心なしか、葉麗がどの様な高度な術を使うのかーーーそれを期待する様な眼差しを彼女に向けている気がする。


と、光流の肩を掴んだままであった葉麗が、二人に向けて徐に口を開いた。


「貴方達、勘違いをしてはいませんか?何もね、彼を助けるのに高度な術式や、難しい呪文等要らないのですよ」


彼女のその言葉に、文車は大きな瞳を更に丸く・・・大きくし、他方、訝しげにその銀の瞳を鋭く細める雲外鏡。


すると、そんな二人の様子に気を良くしたのか、大層愉快そうにクスクスと微笑いながら、パチンと指を鳴らす葉麗。


瞬間、葉麗を中心に激しい桜の花吹雪ーーーまさに、花の嵐が巻き起こり、その場にいた文車や雲外鏡だけではなく、今の光流の視界をも奪い去っていく。


(何だっ・・・今の・・・?!)


あくまで過去の記憶を見ているだけに過ぎないと言うのに、思わず手を振り、視界を覆い尽くす無数の桜の花びらを払い除けようとする光流。


だが、数分も経たぬ内に、光流達の視界を埋め尽くしていた無数の花びらは消え去り、代わりにーーー美しい巫女装束に身を包んだ葉麗が姿を表した。


(・・・結城・・・)


光流は、彼女が身に纏うその衣装に見覚えがあった。


(あれは、なんか見覚えがある様な・・・)


そうーーー今目の前で葉麗が身につけている巫女装束は、悪神との決戦で光流に憑依している最中、彼女が一時着ていたものなのだが・・・戦いの最中であったことも相俟って、光流は彼女のその姿を見たことは無かった。


無かった筈、なのにーーー。


何故か、光流は、彼女のその姿に見覚えがあった。


彼女がその身に纏った、まるで積もったばかりの新雪を思わせる様な真っ白な白衣も、夕焼けよりも紅く鮮やかな緋袴も、全てが光流の記憶をざわざわと波立たせる。


(・・・初めて見た筈、なのに・・・何で・・・)


と、光流がその疑問の結論を出すより早く、葉麗が動く。


彼女は、光流の肩を掴んだまま、徐々にその美しい顔を近付けて来たのだ。


(??!!)


今の光流が驚きに目を見開くと同時、朦朧とし、視線を彷徨わせていた過去の光流の眼差しと、距離を近付けつつある葉麗のその視線がぶつかった。


瞬間、今の光流と過去の光流の目線が重なる。


二人の光流の瞳に映るーーー美しい巫女装束を身に纏い、額からは鋭い二本の角を生やした『滝夜叉姫』。


彼女は、光流の頬に触れると、とてもとても楽しそうなーーーまるで遊園地にでも行くかの様な口振りで、こう言った。


「ああ、見ちゃったんですね。仕方ない。でも、丁度良かったです。下僕を探していたので」


と。


同時に、何か温かく柔らかいものが光流の唇を塞いでーーー。

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