星天大戦⑱
「やったな、徳永・・・!凄いじゃないか!」
華恵に駆け寄り、ぽんと軽く肩に触れながらそう声をかける光流。
彼の言葉に、未だ荒く息をしたままであった華恵は、額に滲んだ玉の様な汗を片手で拭いながらも、彼や仲間達に向け、会心の笑顔を向けてみせる。
彼女のその笑顔に、誰もが、今目の前に在った『命を脅かす災厄は過ぎ去った』ーーーそう、思った。
次の瞬間
「まだよ!!・・・まだ終わってなんかいないんだから!!!」
血反吐と共に華恵達への怨嗟の叫びを上げながら、壁深くにその身を縫い付けられていた少女が、なんとよろよろと立ち上がったではないか。
「この私が人間に負けるなんて認めない!!絶対に認めないわ!!!」
少女は、そう罵声と血を吐き出しながら、未だ殺意の炎が激しく燃え盛る眼差しで華恵達を睨み付けて来る。
そうして、少女が華恵達に己の忠実な僕たる絞首刑の縄を召喚しようと大きく右手を振り上げた、その時
「な、何っ・・・?!」
なんと、顔を除いた少女の全身が一気に凍りついたのだ。
それには流石の少女も狼狽え、光流達をぐるりと首だけ動かして見回しながら、あらん限りの罵詈雑言をぶつけてくる。
「ちょっと!!人間の分際でこの私にこんなことをしていいと思ってる訳?!殺す!!ぶっ殺してやる!!人間め!!」
その罵声が、彼女の精一杯の虚勢だということは光流達にもよく分かっている。
分かっているが、やはり、此処まで言われるのはあまり気持ちの良いものではない。
それに、繰り返す様だが、あの少女は光流にとって大切な人達をいとも容易く殺害しようとしたのだ。
ただただ、無限に続く『死』が見たいーーーそんな、歪みきった己の欲望を満たす、その為だけに。
だからこそ、光流は、凍らされても尚、まるで手負いの獣の如く喚き散らす少女を見つめながら、いっそ顔まで凍らせてしまえば良かったものを、と心から思うのである。
すると、少女を氷付けにした主である玲が、先程までの激しい戦闘で著しく崩壊した階段を、すたすたと少女の方に向かって歩いて行くではないか。
「玲さんっ?!」
「ちょ、何してるんですか?!ソフトな自殺行為ですよ?!」
今は氷付けにされ、身動きが取れない状態とは言え、少女は如何見てもかなり強大な力を秘めた妖怪変化の類だ。
そんな彼女の間近に行く等危険過ぎる。
正気の沙汰ではない。
なんせ、いつあの少女が氷の呪縛から抜け出して襲い掛かってくるか分からないのだから。
故に、光流と阿頼耶は玲を制止しようと大きな声を上げる。
だが、玲はそんな二人を振り返り、飄々とした笑顔でひらひらと手を振ったかと思うと・・・・・・なんと、氷付けにされて動けない少女の直ぐ目の前に屈み込んだのだ。
彼のその予想外の行動に、流石に光流達だけではなく、天海や、水球から解放されたばかりの文車達からも、制止や悲鳴に近い声が飛ぶ。
「レイレイ何してんの~?!あっぶないよ~!!早くこっちに来て~!!」
「何をしているんですか!!彼女は危険です!下がってください!!」
しかし、仲間達の心配する声を余所に、玲は凍り付いた少女の目線に目の高さを合わせると、光流達が最初彼に出逢った時と同じ様な、柔らかく飄々とした・・・けれど、何処か人を安心させる様な調子で少女に語りかけた。
「君、さ?誰かの首を括ることが好きなんだよねぇ?」
彼のその言葉に、少女は「何を当然のことを」とでも言いたげな調子で、玲を小馬鹿にする様にふんっと鼻を鳴らすと
「そうよぉ!さっきから言ってるでしょ!あたしは永遠に続く死が見たいの!!誰かが永劫にもがき苦しむ様が見たいのよ!!」
と、その顔一面に狂気じみた笑みを浮かべながら告げる。
彼女のその台詞を聞いた光流は
(・・・やっぱり、アイツは危険過ぎる)
そう再認識するも、しかし同時に玲がああやって近寄り、問い掛けているのも何か策があってのことだろうと考え、今は他の仲間達同様成り行きを見守ることにした。
勿論、何か起これば直ぐに対処出来る様、その腕に炎を宿したまま。
そんな仲間達の心配を知ってか知らずか、少女の返答を聞いた玲は、その端正な顔ににっこりと満面の笑みを浮かべ、こう言い放った。
「その願い、叶えてあげようか?」
彼のその提案に、聞いていた光流達だけではなく、彼と話していた少女までもが、あまりの驚きに大きく目を見開き、言葉すらも失った状態で呆然と玲を見つめる。
崩壊した呪いの十三階段であった場所に訪れる暫しの沈黙。
だが、その沈黙を一番最初に打ち破ったのは光流と・・・以外なことに凍り付いたままの少女であった。
「ちょっと玲さん何言ってんですか?!叶えちゃ駄目でしょ!!んな願い!!」
「あんた、頭おっかしい訳?!あたしは永遠に殺したいって言ってるのよ?!分かってるの?!」
そんな二人の激しい言葉の雨にも、玲は未だ微笑みを崩さぬまま
「嫌だなぁ?ちゃーんと分かってるよ?俺は、分かった上で言ってるんだぜ?」
と、告げる。
彼の返答に光流はくらりと目眩すら覚えながらも
「いや、だったら分かるでしょうか!!かなり危ないのがーーー」
そう更に言い募ろうとする、が、光流のその言葉に被せる様に、玲が口を開く。
「だからさ?その、吊るす相手って、人間じゃなきゃ駄目な訳?」
彼のその言葉に、意味を図りかねた光流や少女は思わず怪訝な表情を浮かべ、玲の顔を見つめる。
すると、玲は先程までより、より一層愉快そうな笑みをその整った顔に浮かべると、告げた。
「例えば、吊るすのが人間じゃなくても良いんなら、俺は吊るせる奴等を沢山知ってるぜ?例えば、この直ぐ真上ーーー今、勝手に此処の屋上に住み着いていらっしゃる方とかね?」
此処の屋上に今住み着いている存在ーーー玲の台詞に光流ははっと表情を変える。
と、氷付けになっている少女も、目の前の男が語りかけるその言葉の裏に秘められた意図に気付いたらしく、驚いた様な、それでいて何処か玲を試している様にも見える、挑発的な鋭い笑みを浮かべ、告げた。
「ニンゲン・・・あんた、仮にも悪神とは同族であるこのあたしに、悪神を吊れっていうの?」
だが、対する玲はあくまで飄々とした態度を崩さぬまま
「そうだよ。この世の中には、人の憎しみや恨み辛みの数だけ、悪神や偽神が存在する。そんな彼らを全て目の前に吊るせたら、君のその狂った欲望だって満たされるんじゃないのかい?」
そう、平然と答えてみせる。
玲の答えに、より、笑みを深くした少女は
「・・・あんた、正気・・・?あんた、このあたしに、そのこの世にごまんといる悪霊達とその親玉を敵に回せって言ってんのよ・・・?」
と、問い掛けた。
しかし、少女の問い掛けに、玲は、何処かおどけた様な仕草で肩を竦めてみせると、目線は少女から外さぬままに答えを返す。
「何を言ってるんだい?君は最初から、世界の敵だったろう?・・・・・・『人間に裏切られし死刑台の女王』、ミリア=愛敬さん」
「・・・っ・・・何故、それを・・・?!」
玲の放った言葉に、初めて少女の顔が驚愕とーーーそして、ほんの少しの悲哀に、大きく歪む。
けれど、そう見えたのもほんの束の間で、少女は直ぐに先程までと同様、余裕と小馬鹿にした様な笑みの浮かんだ表情に戻り、告げた。
「・・・良いわよ。そこまで言うんなら、このあたしがあんた達について行ってあげる。この、学校怪談界の女王がね!感謝なさい!」
ーーーこうして、悪神との最終決戦直前、光流達は思わぬ所で思わぬ戦力を得ることに成功したのであった。




