星天大戦⑮
光流は楓がそうしている様に、両手を大きく真横に伸ばすと、瞳を閉じ、己の背中や両腕に大きな炎の翼が広がっていくのをイメージする。
瞬間、彼の背中と両の腕に現れる、大きく雄大な真紅の翼。
光流は、その燃え盛る二対の翼を勢いよく羽ばたかせると、紅い軌跡を描きながら高く舞い上がる。
そうして、彼は天井ぎりぎりの高さまで飛翔すると、そのまま天井に沿う様に空中を移動し、先ずは仲間達との合流を目指す。
(・・・楓達なら天海先生の水の玉が護ってくれるから、まだ大丈夫だろう。・・・でも、僕は・・・・・・)
そうーーー楓や文車のことならば、恐らく天海が生きている限り、あの水の球体が護ってくれるだろう。
現に、二人は水中に居るというのに全く苦しそうな様子はない。
どんな仕組みかは分からないが、如何やらあの水の玉は中に居る人間を護る様な造りになっている様だ。
ならば、今は二人のことより光流自身の身を案ずるべきだろう。
何せ、今の光流には仲間の助力はおろか、声すら届かない状態なのだ。
つまり、文字通り『自分の身は自分で護ら』なければいけないーーーそんな、非常に危険な状況に身を置いている訳である。
だからこそ、光流は極力階段やその手摺に触れない様細心の注意を払いながら、仲間達の元へと飛行していく。
そして、眼下に仲間達の姿を確認すると、ゆっくりとそちらへ向けて下降を始める。
ゆっくりと、慎重に、葉麗達の目の前に舞い降りる光流。
地面まで後約数十センチ。
そうして、やっとの思いで着陸し、仲間達と合流を果たした光流は、心の底から安堵した様な笑顔を浮かべると
「はーっ、良かった。戻れて。皆、ただいーーー」
『ただいま』ーーー彼がそう言おうとした瞬間、まるで彼の声に被せるかの様に、彼とは全く異なる声が辺りに響き渡る。
「ちょおっと~?!飛ぶとか聞いてないわよ!反則じゃなぁい?!」
その声に、光流達ははっとした表情を浮かべると、慌てて声のした方を振り返った。
すると、其処に居たのは
「第一、他人の家に勝手に入ってきて、水を撒いたり、火のついた腕で飛び回ったりするなんて・・・随分と、非常識なんじゃなぁい?」
見るからに怒りで顔を赤く染めた、バターの様な柔らかい色合いのブロンドの髪をもつ愛らしい少女であった。
年の頃は、小学6年生・・・十二、三歳位であろうか。
高校生である光流達と比べると遥かに幼く見える少女が、先程まで光流が立っていた、あの階段の丁度真ん中の段上で腕組みをし、その小さな体で精一杯仁王立ちをしながら、一同を見下ろしていたのだ。
少女は、全身から滲み出る怒りや不愉快さを全く隠すことはなく、寧ろ、光流達を見下ろしたまま、不機嫌そうに彼らに告げる。
「あたしはねぇ?この、『十三階段』のご主人様なの。あんた達、屋上に行きたいんでしょ?良いわよぉ。通してあげる。その代わり、対価を払ってよね」
確かに、此処でこれ以上足止めを食らうのは光流達にとっても得策ではない。
来るべき悪神との決戦に備えて蓄えてきた、労力や魔力がこれ以上消費されるのは防ぎたかった。
しかし
(・・・対価っていうのが気になるな)
少女が一番最後に告げた言葉。
此処を通りたければ対価を払えーーーでは、その対価とは一体何なのか。
先程の、十三階段のご主人様という少女の台詞からも、彼女がこの場所を支配している妖怪的存在で間違いはなさそうだが・・・光流の中では、そんな彼女が言った『対価』という言葉が妙に引っ掛かっていた。
(・・・この階段の主ってことは、さっき楓達に首を吊らせようとしたのも、僕をあの階段の真ん中の空間に閉じ込めたのも、全部あいつの仕業ってことだよな?)
この階段で起きた今までの出来事を頭の中で整理しながら、光流は考える。
(・・・なら・・・あんな風に人を本気で殺そうとしたり、閉じ込めたりする様な奴の求める『対価』は、一体何なんだ・・・)
きっとーーーいや、絶対に、何か良くないものに決まっている。
光流は「聞いたら後悔するんだろうな」と小さく口にしながらも、少女に向かって質問を投げ掛けた。
「・・・なら、先ず君の言う対価は、何だ?教えて欲しい」
彼のその台詞に、唇の両端をにぃっと吊り上げ、まるで待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる少女。
そして、少女はその顔に、そんなーーー恐ろしい位の満面の笑みを浮かべたまま、言葉を返す。
「決まってるじゃなぁい?命よ、命!誰か一人此処で首を吊って死んじゃいなさぁい!」
(・・・・・・やっぱり聞かなきゃ良かった)
とてもとても楽しそうに光流達に言い放った彼女の言葉に、聞いたことを深く後悔する光流。
だが、少女は光流のそんな様子に気が付いてはいるものの、全く意に介する様子はなく、寧ろ、まるで無邪気に夢を語る乙女の様に話し続ける。
「この無限に時間が続く階段の世界で、何度も何度も、永遠に首を吊り続けるの!!死んでは生き返って、それでまた死んで!きゃはっ!それって最高のエンターテインメントだと思わなぁい?!」




