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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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星天大戦⑭

と、その時


「楓っ?!文車妖妃?!」


強く掴んでいたロープを断ち切られた為、支えを失い、そのまま後方へと大きく傾ぐ二人の躯。


しかも、非常に運の悪いことに、今彼女達が居るのは階段の最上段だ。


つまり、今、二人の後ろで待っているのは、下の階へと続く、やや傾斜の大きな十二段の階段なのである。


もし、こんな所から落ちたりしたら、妖怪である文車は兎も角、多少なりとも術を使える様になったとは言え、その体は未だ普通の人間と全く変わらない楓は一溜まりもないだろう。


「待ってろっ!今行く!!」


そう叫びながら、階段を落ち行く二人の元を目指し、膝が笑いそうなのも構わず全速力で階段を駆け上がる光流。


しかし、光流が駆けるその真横を、不意に一筋の水柱が駆け抜ける。


驚く程澄みきったーーー一切不純物を内包していない純水の様に透明なそれは、音より速く楓と文車の元へ辿り着くと、その体を大きな二つの水の球に変え、今にも転がり落ちそうな二人の体をそれぞれの内側へと包み込んだ。


「・・・何人たりとも、大切な私の生徒達を傷付ける者は許しません」


ーーー天海だ。


彼が、お得意の水を操る力で二人の窮地を救ってくれたのだろう。


大きな水の珠に抱かれることで転落死を免れた二人の姿を見て、光流はほっと胸を撫で下ろす。


すると、いつの間に正気に戻ったのだろうか。


水に包まれた状態で、此方に向かって楓が、まるで「ごめん!」と言うかの様に手を合わせているではないか。


更に、ふと視線を彼女の隣に向けて見ると、やはり正気に戻ったのであろう文車が光流達に向かって、さも自分の力で窮地を乗り切ったぜ!とでも言いたげな表情でブイサインを出していた。


そんな二人の様子に、光流は若干脱力しつつ


「・・・まぁ、無事で良かったわ。うん」


苦笑混じりにそう小さく呟くと、未だ水に包み込まれたままの二人の元に駆けつけたーーー筈、だった。


「・・・は・・・?」


光流は後一歩で最上段の場所、つまり十二段目にいて・・・目と鼻の先にいた楓に向かって手を差し出した・・・その筈、なのに。


何故か、いつの間にか彼は楓や文車とはかなり離れた、階段の真ん中辺りに立っていたのだ。


「・・・いや、おかしいだろ。さっきまで、確かにあそこに居たのに」


まさかこれも、この階段に潜む妖怪の仕業なのか。


そう警戒しながら、光流は楓達を目指し、再度一歩ずつ階段を上がっていく。


だが


「・・・嘘だろ・・・」


楓達の姿が目の前に迫り、後一歩で触れられるーーーそんな、手を伸ばせば触れられる距離まで二人に近付いたその瞬間、気付くと光流はまた、階段の真ん中まで戻されてしまっていたのだ。


別段、何かをされた訳ではない。


強い風で吹き飛ばされ、後方に押しやられた訳でもなければ、巨大な手等に掴まれ無理矢理引き戻された訳でもない。


ただ、後一歩・・・その、最後の一段を上ろうとして足を上げ、下ろした瞬間、気がついたら其処に居たのだ。


また、階段の真ん中に。


「如何なってんだ・・・」


眉間に皺を寄せ、考え込む光流。


このままでは楓達を救出することはおろか、屋上で待ち受ける悪神の元に辿り着くことも不可能だ。


何とかしなければーーー。


(・・・そうだ!コーや結城、それに先生達にも知恵を借りよう!)


そう閃いた光流は、早速仲間達に相談すべく、振り返る。


「・・・・・・へ?」


余りの事に呆気に取られ、暫しぼんやりとその場に立ち尽くす光流。


何故ならばーーー先程まで、自身の一段か二段程下に居た筈の仲間達の姿が、今は、自身の遥か後方・・・そう、百段以上下に見えているのだ。


(・・・何の冗談だよ。僕はそんなに上った覚えはないぞ)


まるで悪いトリックアートでも見ている気分で何度か目を擦る光流。


けれど、彼が幾ら目を擦った所で現実が変わる訳はなく。


光流は、仲間達と引き離され、孤立してしまった己の状況に深く溜め息を漏らした。


この距離では、もし、この場で光流が敵から攻撃を受けたとしても、少なくとも雲外鏡の援護射撃や、夜叉丸達の助太刀は望めないだろう。


しかも、大きく口を開けて何やら叫んでいる様子の阿頼耶や日之枝を見るに、如何やら、今、光流が居る場所はご丁寧にも声すら届かない仕様らしい。


それに、先ず、そもそもこんなに距離が離れている状態で、果たしてどれだけの仲間が光流が攻撃を受けていることに気が付いてくれるだろうか。


完全に孤立した上、仲間達からの増援も望めないのならばーーーせめて、仲間の援護射撃の射程内までな如何にか行く努力をしてみよう。


(・・・つーか、これ、普通に徒歩で戻れんのか?)


そんな素朴な疑問を頭に浮かべながら、今度は下に居る仲間達の元へと階段を下り始める光流。


しかし


「・・・だよなー」


やはりというか何というか。


彼は、また、『戻されて』しまったのだ。


階段の真ん中に。


「・・・上に行く時だけかと思ったら、下に行く時もこうなるのか」


小さくひとりごちながら、少しだけ途方に暮れる光流。


「・・・上に行くのも駄目、下に行くのも無理。じゃぁ一体如何したら良いんだ」 


溜め息混じりにそう呟きながら、光流は、未だ最上段に取り残されたままの楓と文車を見つめてみる。


「・・・皆と離されて、きっと、あいつらも不安な筈だよな」


そこまで言うと、光流は、楓が水の珠の中で何やら激しく動いているのに気付く。


「・・・苦しんでるんじゃぁ・・・ないな、あれは。もしかして、僕に何かを伝えようとしてるのか?」


かなり激しい動きを繰り返す彼女が、じっと己を見つめているのにはっとすると、彼女が何を伝えようとしているのかーーーそれを理解する為、じっと目を凝らす光流。


そんな彼の前で、楓は両手を真横に広げると大きく上下にぱたぱた振り、更にジャンプを繰り返す。


「・・・なんだ、あれ。まるで、飛ぶ練習をしてる鳥の雛みたいだ・・・飛ぶ?」


自身が発した言葉にはっとする光流。


「そうだーーー歩けないなら、飛べば良い!!」


(僕には、その力があったんだ・・・!!!)

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