星天大戦⑫
瞬間、未だ降下を止めない漆黒の天井とその壁の繋ぎ目に、深々と突き立てられる鋭く尖った金の鋏。
同時に、鋏を突き立てられた壁からどすりという鈍い音がする。
如何やら、一見ただの闇を塗り固めて出来た様に見えるこの壁や天井にも、硬度というものは存在するらしい。
(さっきまでの触手や昇降口を覆ってた奴らみたいに、もっとあっさり切り裂けると思ったんだけどな・・・)
鋏から伝わる、その意外な程確かな手応えに、光流がふとそんな感想を抱いた、その時
「ぅわぁぁっ?!」
光流達の様子を固唾を呑んで見守っていた仲間達の方から、小さな悲鳴が上がる。
(何だ・・・?!)
仲間達の異変に気付き、突き刺した鋏の指輪に指をかけたまま、声のした方を振り返ろうとする光流。
しかし
「っ??!!」
握った鋏から伝わる全身を襲う激しい振動に、光流は驚き、両手で押さえ込む様に必死に鋏に掴まると、ぐるりと辺りを見回してみる光流。
すると、壁や天井・・・いや、それだけではない、この漆黒の闇に包まれた空間その物が、まるで最期の悪足掻きをしているかの様に、激しく揺れ始めていることに気付く。
「成る程な・・・。僕達を何としてでも、此処から出さないってそう言う腹積りか」
誰に聞かせるでもなく、そう小さく呟く光流。
そうして、彼は静かに瞳を閉じ、腹の底からはーっと息を吐き出すと同時、直ぐにその瞳を開くと、握り込んだ鋏ごと両手に炎を纏わせた。
すると、なんと先程まで全く効かずに跳ね返されていた光流の炎が、今度は壁にしっかりと着火したではないか。
「やっぱりな!思った通りだ!」
思わず、嬉しそうに声を上げる光流。
「壁が完全に覆ってたら、何度やっても跳ね返される。だけど、もし、少しでも壁に穴が空いたら・・・そう思ったんだ」
彼がそう告げる通り、炎が燃え広がる壁には光流が鋏を突き立ていることで空いた風穴があった。
その風穴を中心に燃え広がっていく炎。
光流は、そんな光景を見つめながら、目の前の闇の壁に向かい、声をかけた。
「さぁ、これで本当に御仕舞いだ。次に生まれ変わったら、もっと人の役に立つ・・・そう、防火壁にでも生まれ変わるんだな」
まぁ壁が転生出来るかは知らないがーーーそう告げるや握り締めた鋏に全力を乗せ、上から下へと一直線に切り裂く光流。
瞬間、今まで光流達を覆っていた黒い壁は空気に溶ける様に霧散し、辺りには、悪神に支配されていることでかなり薄暗くはあるものの、見慣れた学園内の風景が現れた。
その様子に、今まで目の前にいた脅威が消え去ったことを理解し、「よしっ!!!!」と光流は喜びを爆発させる。
そして、彼がガッツポーズをとろうとしたまさにその時
「お兄ちゃんすっごぉい!」
「やったぁぁ!!」
そう口々に叫びながら幼い妖怪達が光流に群がってくる。
まるで、目の前にテレビ番組からヒーローが抜け出てきたかの様に歓声を上げながら、無邪気に自身を慕う子供達に囲まれ
(・・・・・・学校の怪談、か。仲良くするのも、意外と悪くない、かもな)
光流がふとそう思った次の瞬間ーーーべちゃり、と何やらぬるぬるしていて生暖かいものが彼の頬に押し当てられる。
しかも、臭い。
「なっ、何だ?!まさか新しい敵か?!」
そう声を上げながら、左手に炎を構えた光流が、頬に生暖かい何かを当てられた方を振り向いて見ると
「おぅ、兄ちゃん強いんだな。やるじゃねぇか」
其処には、まさかのおっさんの顔のどアップがあった。
人面犬だ。
いつの間にやら光流の肩によじ登っていた彼は、そのまま更に顔を近付けると、ぺろぺろと光流の頬を舐め回してくるではないか。
(まっ、まさかっ・・・?!さっきのは・・・?!)
そう、彼の脳が現実を理解した瞬間
「ひぃぃぃぃいいいいいい!!!!!!」
光流は本日最大で最高音量の悲鳴を上げたのだった。
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そんな、全く以て体験したくもなかった未知の体験から数分後。
光流達の姿は、屋上へと続く階段の前にあった。
光流達が校舎に突入する直前、彼らは校舎の上部より溢れ出す闇を目撃している。
また、彼らが学園から一旦退却する時も、上階から現れた闇に追い掛けられた。
つまり、悪神はこの学園の上階に居る可能性が高い。
ならば、具体的には奴は何処に身を潜めているのかーーー?
学園の全てを闇ですっぽりと包み込めて、大量の魂を吸収して肥えた巨体を寛げる位の広い空間。
それは、屋上の真ん中にある時計台に他ならないだろう。
一同で話し合った結果、光流達はそういう結論に至ったのだ。
故に、光流達はこうして屋上に続く階段の前に来た訳である。
ちなみに、実は今この場に叶以外の怪談の妖怪や怪人達はいない。
先刻葉麗が話した様に、霊体だけの存在である彼らにとって、悪神の住み処に向かう事は、消滅の危機を伴う非常に危険なものなのだ。
だからこそ、光流達は話し合い、彼らを校舎や時計台からは一番遠い体育館に避難させる事にした。
ちなみに余談だが、紅いマントの男性は所謂、自称紳士というやつで、女性の叶が戦場に赴くのならば自分もと、光流達に避難を勧められた際、暫しごねていたのだ。
だが、其処は勝手知ったる仲というやつか、幼い妖怪や戦闘能力のない者達だけでは危険過ぎることを叶が懇切丁寧に説明をした結果、彼は最終的には仲間達と避難する事を承諾し、体育館に向かってくれたのである。
かくして、仲間達との暫しの別れを惜しんだ後、光流達は屋上に向かって歩を進めた・・・のだが、これが驚く位あっさりと彼らはこの場所まで辿り着けたのだ。
確かに、道中何度か、黒い触手や細かい黒い靄等悪神の眷属達に襲撃されることはあった。
けれど、驚くべきことに、そのどれもが、まるで校庭や黒い壁と戦った時とは全く比べ物にならない位弱体化していたのである。
それは果たして、光流達の預かり知らぬ所で何らかの策謀が張り巡らされていた為か、はたまた、ただ単に光流達の猛攻によって純粋に力を使い果たしつつあるのか。
理由は悪神のみしか知り得ないが、しかし、良くも悪くもそのお陰で、力をかなり温存した状態で此処まで辿り着けた光流達は、誰一人欠ける事なく来られた事にほっと胸を撫で下ろす。




