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十四匹目 オオカミくんと白犀の騎士

「見ての通り……とは若干言えないかもしれんが、俺には四分の一だけニホンオオカミの血が流れている。來野も似たような感じなのか?」

 お互いひとまず落ち着いたところで、俺は正直に自分の正体を來野に語った。來野も腹を決めたのか、一度だけ愛唯に視線をやってから訥々と口を開く。

「私は……私には、シロサイの血がほんの少しだけ混ざっているんだ。貴様は四分の一だったな? ならば私は貴様よりずっと薄い」

 シロサイ。

 確か絶滅危惧種に指定されていたな。話には聞いていたが、ニホンオオカミ以外の人間化した動物の子孫は初めて見た。

「この通り、血が薄すぎて角が生えて一部の皮膚が硬質化する程度だがな。遠い先祖が人化を覚えて日本に渡ってきたと伝わっている」

 來野は稽古着の袖を捲った。現れた色白の腕は、よく見ないと人間とそう変わらないものの本当に鎧みたいに硬くなっているようだ。

「セラスちゃん、シロサイさんだったんですね」

 驚きを孕ませた声を上げる親友に、來野は申し訳なさそうに目を伏せた。

「すまない、愛唯。騙していたわけではないのだ。だが知られてしまった以上、私はもう愛唯とは――」

「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか!」

 がばっと、唐突に愛唯が來野に横から抱きついた。

「えっ? 愛唯……?」

「シロサイさんと言えば哺乳綱奇蹄目サイ科シロサイ属に分類される奇蹄類です。サイ科の中でも最大種でメスよりオスの方が大きいそうでシロサイさんという名前ですが体色が白いわけではなくクロサイさんとあまり差はありません。これはアフリカーンス語の『幅広い(wijde)』を英語の『白い(white)』と間違えたことが語源だそうですね。そういえばシロサイさんの赤ちゃんには体毛があるそうなのですが成長すると抜け落ちるそうです。でもセラスちゃんは髪の毛ちゃんとありますね。シロサイさんとしては今何歳くらいになるのでしょうか気になりますがとりあえずもふらせてくださいッ!」

「愛唯!? どうしたのだ愛唯!? 今ちょっと失礼なことってなにをひゃあぁあん!?」

 愛唯に体のあちこちを撫で回された來野が変な声を上げた。皮膚が鎧みたいになっているってのにお構いなしだな。動物ならなんでももふるのかよ。それはそれとしてオオカミ的に目の毒なのでやめてくれませんかね?

「か、狩神狼太!? んあ!? な、なにを見ている!? あっ!? 見てないで助けてくれ!?」

「お、おう」

 目の毒すぎるんで仕方なく愛唯を引き剥がそうと手を伸ばすが――キラン。愛唯の青い目が光って俺をロックオンしやがった。

「大丈夫です! オオカミさんもちゃんともふってあげます! もふもふうぇへへ♪」

「――ッ!?」

 声にならない悲鳴を上げた俺も、結局犠牲者第二号になってしまうのだった。

 それから軽く十分ほど経過。

「そうだ! セラスちゃんもサーカスを一緒にやってくれませんか!」

 とりあえず満足するまでもふった愛唯は、倒れたままビクビクと痙攣する俺と來野を見やってそんなことを言ってきた。

「さ、サーカス……? いや、それより『も』って」

 乱れた息を整えながら上体を起こした來野が俺を向く。ようやく話を聞く気になったらしいな。

「はい、オオカミさんはわたしのサーカスの相棒です」

「だから了承してねえっつの!」

 なんか愛唯の中で勝手に決定事項になってやがる。頼むから俺の意思を欠片でもいいから尊重してくれませんかね?

 だがこれで、來野にも事情は伝わったはずだ。

「今の來野に降りかかっている状況が、俺にも起こっているんだよ」

「では、貴様は愛唯に正体を明かしていたのか?」

「一昨日の夜に見られた」

「一昨日……そうか、そういうことだったのか」

 得心がいったらしく來野は長い溜息を吐いた。俺と愛唯が関わり始めたのがその翌日だからな。さっきの愛唯を見ていればどっちが被害者か猿でも理解する。

「ついでに俺たちが恋人ってことになってるのも、愛唯の説明が下手なんて次元じゃないせいだ。親友ならわかるだろ?」

「あぁ……」

 來野は俺より愛唯との付き合いは長い。冷静になった今ならこれ以上話さなくても問題ないだろう。

「無事に解決したみたいでよかったですね」

「言っとくが原因はお前だからな!?」

 なんでこいつこんな能天気な顔してんの?

「ではオオカミさんとセラスちゃん、仲直りしましょう!」

 愛唯が俺の右手と來野の左手を取り、握手させようとした――その時。


 パシュッ! パシュッ!


 近くから、なにかを撃ち出すような小さな音が聞こえた。続いて男たちの下卑た笑い声が耳に届いてくる。

「まずい! 誰かがこちらに来るようだ!」

「くそっ、まだ人間に戻ってないってのに……隠れるぞ」

 咄嗟に橋の付け根部分に身を隠した俺たち。少し遅れて一匹の茶トラのネコが、続いて四人の男たちが前を横切って行った。

「おいそっち行ったぞ!」

「よっしゃ追い詰めろ!」

「チッ、なかなか当たんねえな!」

「ギャハハハ! お前下手糞なんだよ!」

 俺たちには気づかずネコを追いかけていくヤンキーたちは……どっかで見たような気がするな。まあ、ヤンキーなんてどこにでもいるしな。ここにも一人いるし。

 それより不良どもが手に持っていたのは、ガバメント型のエアガンだな。射出音からして十八禁の発射パワーが強いやつだ。あいつら絶対十八歳未満だぞ。

「あいつら、エアガン持ってなにやってんだ?」

「ネコ、を追っているようだが?」

 エアガンでネコを撃って狩りごっことか、頭小学生のまま体だけ成長しちまったんだな。ていうかあのネコ、前足を片方怪我していたな。あいつらがやったのか?

「あの人たち……ッ!」

 と、なんか愛唯が血相を変えて不良たちを追いかけて行ったぞ。

「あいつ、まさかネコを助ける気か!」

「ま、待つんだ愛唯!?」

 來野は愛唯を止めようと飛び出そうとするも、今の自分の姿を思い出したらしく足を止めてしまった。

「……くっ、ダメだ。この姿では」

 今出て行けば大勢の人間に獣化した自分を見られてしまう。それは俺も同じだが、このまま愛唯を放置したら不良どもになにをされるかわかったもんじゃねえぞ。

 俺にとって愛唯はハッキリ言って迷惑な存在だ。サーカスの相棒になれだの、もふらせろだの、もういい加減にしてほしい。

 でもな。前にも言ったが、知り合いを見捨てるのは寝覚めが悪いんだよ。それにあの不良どもに愛唯がどうにかされるんじゃないかって思うと……なんか知らんけど、胸糞悪い。

 ――チッ。

 俺は自分でも気づかない内に舌打ちしていた。

「來野、お前は人間に戻ってから追ってこい!」

「狩神狼太? 貴様、なにをする気――」

 俺は隠れていた橋の付け根から飛び出すと、愛唯を追いかけるわけではなく川に向かって疾走し――

「オラァアッ!!」

「なっ!?」

 思いっ切り、全身がずぶ濡れになる勢いで飛び込んだ。

「ぐっはくっそ寒ぃいっ!?」

 五月の川ってこんな冷てえのかよ! だがその冷たさが今の俺には必要だったんだ。滾っていたオオカミ化の興奮を、一気に冷ましてくれると思ったからな。

「よし!」

 狙い通り人間の姿に戻った。これで心置きなく人前に姿を晒せるな。

「狩神狼太、私も」

「來野はやめとけ。そんな格好で濡れる気か?」

 透け易い白の稽古着なんかで水に入ってみろ。せっかく人間に戻ったのにまたオオカミ化しちまうじゃないか。

 今にも飛び込みそうだった來野は俺に言われて自分の格好を改めると、僅かに顔を紅潮させて踏み止まった。

「そ、そうだな……すまないが、愛唯を頼む」

「ああ」

 俺は頷くと、今度こそ愛唯を追ってびしょ濡れのまま駆け出した。


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