1-6
「本当だ。光に透かすと桃色に見える」
私はお屋敷に与えられた自室のドレッサーの前で、じっと鏡と向かい合っていた。
今日は学園から帰ってからずっと、鏡の前から動けないでいる。
『長い髪でも短い髪でも綺麗だと思います』
『ただの金色じゃなくて桃色が入っているんですね』
アシェルが何気ない様子で言った言葉を、何度も反芻してしまう。
自分の髪なんて、そんなにじっくり見たことがなかった。
髪はメイドが整えてくれるので、貴族令嬢らしく整っていさえすれば髪型なんてどうでもいいと思っていた私は、まじまじ眺める必要性を感じていなかった。
でも、今日からはもう少し自分の髪にも注意を払ってみようかななんて思う。
アシェルはふんわりした髪と真っ直ぐの髪、どちらが好きだろうか。またどっちでも綺麗ですって言ってくれるだろうか。
そんなことを考えながら、緩くうねった金色の髪を撫でる。
すると、廊下からバタバタ足音が聞こえてきて、ノックもなしに扉が開いた。
「お姉様!! また王子殿下に誘われたってどういうこと!?」
入って来たのはブリジットだった。公爵家であんなうるさい足音を立てるのは彼女しかいないから、扉が開く前からわかってはいた。
ブリジットは眉を吊り上げ、じっとこちらを睨んでいる。
しかしこちらを見ていた彼女の顔が、なぜか突然愉快そうに緩んだ。
「ああ、髪を見ていたのね。私が切ってあげた髪、気に入ってもらえたかしら?」
どうやらブリジットは、私が髪を切られたことにショックを受けて、鏡の前で髪に触れながら思いつめていたのだとでも思ったらしい。
私が考えていたのは、全く別のことなのに。
「ええ、髪型が変わると落ち着かないと思って……」
わざと目を伏せて悲しそうにそう言ったら、ブリジットはますます満足そうな顔になる。
このまま満足して帰ってくれないかしら。
しかし、ブリジットもさすがにそこまで単純ではなかったようで、再び顔を顰めるとずんずんこちらへ歩いて来た。
「お姉様、王子殿下にまた王宮へ来るよう誘われたって本当?」
「ええ、そうなの。お昼休みに偶然お会いしたら、王宮の薔薇が見頃だから見に来ないかって誘ってくれて。後でブリジットも誘おうと思っていたところなのよ」
昨日みたいに激昂しないといいなと思いながら伝える。
今日のブリジットは怒らなかった。黙って私の話を聞いている。話を聞き終えると、彼女は歪つに笑って言った。
「そうね。お願いしようかしら。王子殿下に私も行っていいか聞いておいてくださる?」
「ええ、わかったわ。殿下に伝えておくわね」
ブリジットが意外にもあっさり提案に乗ってくれたことにほっとして、笑顔で請け合う。
「でも、私三人で一緒に薔薇を見るなんて嫌だわ。お姉様はよく王子殿下に誘われているのだから、一日くらい遠慮してくださらない?」
ブリジットは挑むような目で私を見て言った。
そんなこと言われても、殿下は私がいないと王宮へ呼んでくれないんじゃないかしら。そのまま伝えたらブリジットに引っぱたかれそうなことを考えながら、私は返答を模索する。
しかし、私が答える前にブリジットは続けた。




