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「……フレイア様、どうしたんですか。その髪」
「えー、なんだろう、気分転換?」
朝、学園の正門を通ると、ちょうどアシェルが通りかかって、声をかけようとしたら向こうが先に気づいて近づいて来た。
普段はすれ違っても無視するくせに、髪型を変えた効果だろうか。
「気分転換って……。ご令嬢にとって髪は大切なものでしょう」
アシェルは私の髪を凝視して絶句している。
私の腰まであった髪は、肩より少し長いくらいまでに短くなっていた。
男の子みたいなざんぎり頭にされることも覚悟したのに、一応ブリジットにも情けはあったのだろうか。いや、情けがあるなら髪を切ったりしないか。
「アシェルにもご令嬢にとって髪は大切とか、そういう一般常識はあるのね」
「馬鹿にしてるんですか。それ、ラズウェル公爵には怒られなかったんですか?」
アシェルは顔を引きつらせて尋ねてくる。
公爵様には怒られた。切ったのはブリジットなのに、当然のように私が怒られた。王子の婚約者にするべくお前を育ててやっているのに、その自覚がないのかだとか言って。
経緯を説明しても、公爵様はブリジットには多少の注意をするだけだった。
「アシェルは長い髪の方がよかった?」
質問には答えないまま尋ねた。軽く聞くつもりだったのに、思った以上に深刻な声になってしまった。
私は誤魔化すように続ける。
「アシェルが長い髪の方が好きだったら切らなければよかったなーなんて」
「別に長い髪が好きだとか短い髪の方がいいだとか思ったことはありません」
アシェルはいつもの素っ気ない声で答えた。
やっぱりそうだよねとうなずく。アシェルが私の髪型がどっちがいいかだなんて考えるはずがない。
「でも、フレイア様は長い髪でも短い髪でも綺麗だと思います」
「……え」
思わぬ言葉に固まってしまった。
今、私のことを綺麗だと言っただろうか。あのアシェルが?
「え、い、今なんて……。私のこと綺麗って言った!?」
「言いましたが。言われ慣れてるでしょう、フレイア様なら」
「ええ、慣れてるわよ。散々可愛いね、綺麗だねって褒められてきたわ! でもアシェルからは言われ慣れてないの!」
動揺してべらべら余計なことを話してしまう。
また呆れられるかと思ったのに、アシェルは表情を変えないまま私の髪に手を伸ばして来た。アシェルの冷たい手が私の頬を掠める。
「……フレイア様の髪、ただの金色じゃなくて桃色が入ってるんですね」
アシェルは私の髪に触れながら、しみじみそう言った。
頬や首のあたりにアシェルの手が触れて、そこから急激に温度が上がっていくのがわかった。いつものように軽口を叩く余裕なんてなくて、息を詰めてしまう。
固まる私に気づいたのか、アシェルはすっと手を離した。
「すみません、お嫌でしたか?」
「い、いえ……」
「ご令嬢の髪を触るのは失礼でしたね。申し訳ありません」
アシェルはそう謝ると、もう視線を校舎の方に向けて、歩き出してしまった。何か言いたいのに、言葉が全然出てこない。
「あ、ありがとう、褒めてくれて!」
どうにかして絞り出せたのは、あまりに単純な言葉だった。
アシェルは足を止めて少しだけこちらを見た。アシェルの口元が、少しだけ緩んでいるような気がした。




