第十七話 再会
バタバタと足音が響く。剣戟音と、断末魔はもう上がっていた。
「いけないッ!」
純は踵を返した。
いくら宮部やその他の志士が他人だといっても、長州の人間。見捨てるわけにはいかない。駆け足で中庭へ横切り、宿に入ろうとしたとき、前から人が倒れた。
「ぐ……ぁ」
背中から血を吹き出し、男は息絶えた。
「てめぇも長州かっ!」
怒鳴り声に、純は刀の柄に手を掛ける。
「仲間見捨てて逃げようなんざぁ、武士として失格だろッ!」
真っ赤に染まった浅葱色の羽織を着た若い男は、斬りかかって来た。
「くっ……!」
純はすかさず抜刀。刃を防いだ。
「おらっ!」
力まかせに押してくる小柄な男は、髪を高い位置で結んでいる。動くたびにそれが揺れていた。
新選組八番隊組長の藤堂平助、その人だった。
藤堂は刀を弾き、地を蹴った。突き出された刃を純はひらりとかわす。
「へぇ。なかなかやるじゃんか!」
彼はニヤリと楽しそうに笑った。この生死を懸けた戦いの中でよく笑っていられる。
純は顔をしかめながら、彼の太刀を受け止めた。
藤堂は次々と剣を繰り出す。
「くっ!」
純は防戦一方。刀を防ぎ、弾く。
――強い。
純は場違いに感嘆した。
ただの浪人の集まりだとなめてはいけない。剣術はしっかりと身につき、己の剣技を存分に発揮している。
純はそれに舌を巻いた。
だが、隙は出来る。
藤堂が大振りに刀を横に薙ぎ払った。純は紙一重でそれをしゃがんでかわす。そして、全身のばねを使い、刀を袈裟へ斬り上げた。
目を剥く藤堂に迫る凶刃。
「ぐあぁっ!」
純の払った刀は、藤堂の鉢金に直撃。鉢金は壊れ、藤堂の額からは血を吹き出した。
地面に倒れる藤堂に、純は言い捨てた。
「生きていたらまたお会いしましょう」
純は刀を払った。
池田屋は、凄惨を極めた。
血の匂いが充満しており、床には死体があちこち落ちていた。ほとんどが長州志士のものだ。
とにかく純は二階へ向かう。運が良かったのか、他の新選組隊士は志士と剣を交えていた。
階段を駆け上げる。
「おい! 上行ったぞッ!!」
後ろからの怒鳴り声を聞き、階段に倒れる死体を乗り越える。
「かかれッ!」
二階の踊り場には隊士が二名。純は刀を閃かせ、一撃で隊士たちを仕留めた。純は足を止めない。隊士が床に倒れるのを見向きもせず、二階の一番奥の座敷を目指した。
「このっ!」
座敷から声が聞こえる。この声は宮部のものだ。
飛ぶように純は座敷へと滑り込んだ。
「井ノ原!!」
こちらに気づいた宮部。その後ろでゆらりと刀を振り上げる影が。
「みや――っ」
純の声と、血が噴き出す音が重なった。血は飛び散り、天井まで赤く染めた。
宮部は頸動脈を断たれた。どさりと宮部の体は畳に倒れた。
「やぁ……」
宮部を斬った男が純に呼びかける。
純は刀を構えた。
「やっぱり、君は志士だったんだね。しかも長州の」
窓から月光が差し込んだ。男の顔が照らし出される。口元を吊り上げて、にっこりと笑う顔。純はそれを知っていた。
「久しぶりだね。えっと……純さん、……だっけ?」
宮部を斬ったのは、沖田総司だった。
* * *
大柄の男が畳に落ちる。名前は知らない。
つまらない、と沖田は肢体を見つめ思った。
一階で何人か斬り捨てた。現在は二階の奥の部屋。今、斬った志士が一番偉ぶっており、強そうだった。だが、沖田の予想を超える者はいない。
――もっと、強い奴と斬り合いたい。
沖田は愛刀を血振りした。
そのとき、少年は部屋へ駆けこんできた。
沖田の唇が喜悦に歪む。心が弾んだ。
「久しぶり」
沖田は返り血を浴びた顔を拭い、笑った。この少年を沖田は知っている。少年は険しい表情をして、こちらを睨みつけた。
「よくここまで来たね。下は近藤さんたちがおさえてるのに」
「……そこにいた隊士の方を二人と庭で一人、斬りました」
「庭? もしかして平助を斬ったの?」
沖田は眉根を寄せたが、すぐに破顔した。
「平助を斬ったんだ……。やっぱり、君ってすごいな」
目の前の少年は黙り込む。沖田は肩をすくめて続けた。
「僕のカンも当たるものだね」
「……なにが?」
少年の表情が厳しくなる。こちらの言っていることがわかっていないみたいだ。まあそれは当然だ。これを彼が知っていたら、怖い。
「君に目をつけたのは、三月の初めだった」
「は?」
少年は目を点にした。確かに顔を合せたのはつい先日。だが、沖田にとってあれは、再会に近かった。構わずに続ける。
「確か三月の上旬に、三条大橋で浪人を捕まえたんだ」
「…………ぁ」
少年は気がついたのか、顔から血の気が引く。
沖田は笑みを絶やさない。
「でもね、僕が駆けつけた時には浪人だけが気絶していた。問題は誰がこんなことをしたのか。まわりにそんなことが出来そうな人はいなかったんだよ」
沖田は朗々と語る。だんだんと構えが緩くなる少年見て、ますます笑みを深めた。
「目撃者によると、女性が浪人にからまれていた。それを若い侍が助けたらしい。侍の方はあまり覚えていなかったけど、女性はえらく美人で覚えていたんだ、その人」
単純だよね、男って。と口を開けて笑う沖田。
少年が大きく目を見開いて聞いていた。
「金色の簪を挿した女の子なんだけど……。この前の彼女さんかな?」
沖田がニヤリと笑った。
「…………」
少年は言葉が継げないようで、揺れた瞳でこちらを見つめていた。
沖田は口を閉じない。少年を追い詰める。
「僕はさ、血の匂いに敏感でね。こんなことやってたらそうなるよね。君もそうでしょ? あの時もしたんだ、血の匂い。そして先月も。やっぱり、君だったんだ」
沖田は目を細め、血に汚れた刀を少年に向けた。
「君が長州の人間なら、斬らないといけないな」
彼と斬り結べる。
嬉しくてたまらなかった。
ゆっくりと刀を構える。右半身を引き、刀を床と水平にする。刺突の構えだ。
「さぁ、死合おうよ」
沖田は終始笑っていた。
2014年9月27日:誤字修正・加筆




