表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣戟のその先に  作者: ハクトウワシのモモちゃん
14/40

第十四話 壬生の狼



 あれから桂とは会っていない。

 少し寂しく感じるが、桂も多忙である。

 純は仕方がないと思い桂のために剣を振るった。

 京の町には、ますます血の雨が降った。



 その日はすみれに買い出しに付き合っていた。

「すみません。わざわざ」

 すみれが眉をひそめる。

「せっかく茶屋に来てもらったのに……。お初さんが二人で行くようにとしつこく言われたので、つい」

 頬を膨らませる彼女に純は笑いかけた。

「いいですよ。僕は暇ですから」

「純さんがいいのならいいですけど」

 まだ不満そうだったが、すみれはそれで承諾してくれたみたいだ。

 純はそんな彼女を愛おしそうに眺めた。

 こんなふうに出かけるのは何度目だろうか。

 彼女と出会って二ヶ月くらいが経つ。

 こんなにも長く、一緒にいられるとは思ってもみなかった純には喜ばしいことだ。別に買い出しなどついて行かなくてもいい。だけど純はついて行く。それはたぶん、彼女を大切に思っているからだ。

 何故、大切に思っているかくらい、純は気づいている。自分の気持ちくらいわかっている。それを伝えるか伝えないかはわからないが。

 しかし、純はその答えを決めてしまっている。

 そんなことを考えていると、

「あっ、猫」

「またですか……」

 出歩く際はもう習慣になってしまった。すみれはよく猫を見つける。京には猫がたくさんいるみたいだ。

 すみれはぱたぱたと路地のほうへ駆け寄る。純は呆れながらも彼女を追った。すみれの向こう側を見ると、そこには黒と白の猫が日陰で気持ちよさそうに寝ていた。

「猫さん」

 すみれがそっとその猫に話しかける。当然だが猫は見向きもせず、寝ている。

「寝てますよ、純さん」

「そうですね……」

 にこにこと笑顔のすみれは猫の背中をそっと撫でた。身じろぎする猫を見て、すみれは楽しそうだ。

 あまり動物に興味ない純はわずかに肩をすくめる。だけどすみれの笑顔を見るのは好きだ。

「純さん。この子、片足しか足袋を履いていません」

「え?」

 彼女の言っていることが理解できず、純は猫を覗き込む。

「ほらっ」

 すみれは猫の足を指差した。その猫は前足と後ろ足の片方ずつが白い毛をしていた。確かに白足袋を片っ方ずつ履いているように見えた。

「確かに……」

「面白いですね」

「え、えぇ……」

 今思えば真横にすみれがいる。目が合って純はびっくりした。知らずか、心臓がトクトクと鳴った。

「猫は飼わないんですか?」

 訊くと、すみれは苦笑いを浮かべた。

「これ以上、お初さんと源造さんに迷惑はかけられません」

「そうですか」

「猫って良いよね」

「「えっ?」」

 背後からかかった声。驚いて振り返った。

 純の視線の先には若い男だ。歳は純の少し上くらいか。色白で端正な顔立ち。細身で、髪の毛がところどころぼさぼさと跳ねているのを結っている。

 突如現れた男に驚いた純だが、男の着ている衣服にもぎょっとした。

 男の着物は、浅葱色のダンダラ羽織。

 ――壬生狼(みぶろ)……!

「……ッ」

 声が漏れるのを必死に押さえ、冷静を保つ。

 新選組(しんせんぐみ)隊士であるその男は、にこにこと笑顔で、すみれに話しかけた。

「猫、好きなの?」

「え。あ、はい」

 すみれも驚きの表情をしているが、すんなりと頷く。彼女の頷きに男は楽しそうに笑った。

「僕も好きなんだ、猫。見ているだけで癒される。愛くるしいよね」

「私もそう思います! 猫は可愛いです」

 すみれも気を良くしたのか、嬉しそうに笑う。

「……行きましょう、すみれさん」

 面白くない。純はそう思った。理由はともかく、長居は無用。この男は新選組隊士。純の、長州の敵なのだから。

 いろいろな理由があるが、とにかく純はすみれを促す。しかしそううまくいかず。

「もうちょっと、見ていたいです」

「すみれさん、買い出しは……」

「君、」

 そのとき、男が純に言った。変わらず、すました笑顔をしている。それにますます腹が立ち、純は男を睨んだまま尋ねる。

「なんですか?」

「嫉妬は良くないよ?」

「なっ!?」

 言葉を失うこちらなど意に介さず、男は純とすみれをすり抜け、猫の前でしゃがんだ。 男が猫に触れようとしたとき、猫はかっと目を見開いた。猫は驚いたように三人を見上げて、路地の奥へ行ってしまった。

「あ……」

 すみれが残念そうな顔をする。

「逃げちゃったか、ごめんね」

「い、いえ」

 男は立ち上がって、こちらに目を向けた。その顔の表情は変わらない。

「邪魔して悪かったよ。まあ、狭い路地で男女がなにしてるのかなーって思っただけだから」

「は?」

 純が目を見開くと、男は口角を吊り上げた。

「僕は役人だからさ、往来でそういうことしちゃあダメだよ?」

「なっ……!」

 男の言いたいことを理解した純は驚愕した。すみれは隣できょとんと首を傾げている。

 純の様子が可笑しかったのか、男は肩を揺らす。

「ふふふ、面白いね、君」

「……」

「あと、」

 男はすっと目を細めて、純の左腰を見つめる。

「あまり刀差して歩かないほうがいいよ。世の中物騒だから。僕も役人だからね? 目をつけられちゃうよ」

「……心に留めて置きます」

 最後の一言は脅し文句に聞こえた。

「まあ、君は志士らしくないから大丈夫か」

 笑って付け足す男に少し腹が立った。

「そうです、純さんは悪い人じゃありません」

「すみれさん……」

 隣ですみれがそんなことを言った。心が弾んだ。嬉しいのだ。

 そんな二人の様子に沖田は穏やかに微笑みながら、

「まあ気をつけてね」

「はい。ありがとうございます」

 純は礼を言い、すみれの手を引いた。この人と早く別れたかったからだ。

「おーい、総司(そうじ)ー!」

「ん?」

 男はその声に反応して、背後を見やる。純も立ち止まってしまった。

 ――今、総司って……?

 新選組で総司という名は聞いたことがある。

 純はこの男の横顔を見上げた。視線に気づいた彼は、片眉を上げて笑った。

「あ、僕は沖田(おきた)総司。何か事件があったら言ってね、すぐ駆けつけるから」

「沖田……」

 純は言葉を失った。純も名前ぐらい聞いたことのある人物。新選組の中でも一、二を争う剣客が目の前にいるのだ。

「純さん?」

 純の様子を不思議に思ったのか、すみれは袖を引く。

「あ、すみません」

 すみれに謝り、純は再び沖田を見上げる。

「それでは。僕たちはこのへんで……」

「気をつけてね、ご両人」

 終始笑っている沖田。にこにこ笑顔の下に何があるのか。純は少し気になった。

 すみれが沖田にしっかりとお辞儀をし、二人はその場を去った。




「おい総司、返事ぐらいよ」

 沖田総司が、純とすみれの後ろ姿を眺めていると、怒ったような声が下から聞こえた。目を向けると、沖田と同様の、浅葱色のダンダラ羽織を着た若者がいる。小柄な彼は、髪を高い位置で結んでおり、それが活発そうに揺れていた。

「やあ、平助(へいすけ)

 彼は藤堂(とうどう)平助。新選組八番隊組長だ。

 沖田は挨拶をすると、藤堂は頬を膨らませる。

「何がやぁ、だ。巡察サボって何やってんだよ」

「サボってなんかないよ。ほら、あそこにいる二人。あの二人と猫について語ってたんだ」

「それをサボリって言うんだよ」

「町民と話をすることは大事なことだと思うけど?」

 悪びれもせず言いのける沖田に、藤堂は呆れた。

「ったくよ……」

 藤堂はため息をき、沖田が指した二人を眺める。もう遠いが、顔は確認できた。とくに女の方は。

「いい女だな」

 藤堂は鼻を伸ばして、女――すみれを眺める。しかし視線を横に、つまり純に向けられると大きく肩を落とした。

「男持ちかよ……」

 残念そうに呟く藤堂を尻目に、沖田は別のことを考えていた。

「ほんとに……ねぇ」

 視線は純の背中。その視線に気づいた藤堂はぎょっとした。

「いや総司?」

「ん、なにかな?」

「その、なんだ……。人の趣味をどうこう言うつもりはねぇけどよ……。これは、同じ仲間としてだな。そういうのはどうなの……?」

 藤堂がしどろもどろに言うのを沖田は目を丸くしたが、それも一瞬でいつもの笑顔に戻った。

「平助。八番隊は暇なのかな? ちゃんと巡察しないと土方さんに怒られるよ? それとも斬られたいの?」

「おまえにだけは一番言われたくねぇよ! つーか斬るなよ!」

 藤堂の言葉を気にせず、沖田は続ける。

「だったら人の趣味に口出さないでほしいな」

「だから総司! そういうのはよせって」

「うるさいなぁ。……ほら、呼んでるよ」

 二人の背後には、いつの間にか一番隊と八番隊の顔ぶれが並んでいた。八番隊の一人が手を上げている。

 沖田はしっしっと犬でも追い払うように藤堂に手を払う。

「今行くよ!」

 藤堂は八番隊の隊士に声を掛け、再度こちらを振り返った。

「総司、おれは信じているからなっ」

「なにを……」

 藤堂は意味のわからないことを告げて、自分の隊と合流して行ってしまった。

「組長、探しました。私たちもそろそろ……」

 一番隊の隊士が沖田に呟く。

「ごめん。そうだね……」

 面倒くさそうに頷き、がしがしと後頭部を掻く。

 隊士たちが歩く後ろ、沖田はもう一度、純とすみれの行った方をじっと見つめた。

「……」

 思い出すのは、二ヶ月前のこと。

 三条大橋で目を回していた浪人を捕縛したあの日――。

「君が、そうかな……?」

 ニッと笑う。

「こほっ……」

 沖田は軽く咳払いをして、浅葱色の羽織を翻した。




 2014年8月27日:誤字修正・加筆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ