第十話 似ている。
「これが千本鳥居ですか」
純は再び感嘆した。
目の前には、鮮やかな朱色に塗られた鳥居が絶え間なく並んでいた。
幻想的な風景だ。別の世界につながっているような感覚。奥に進むと戻れなくなるのかと不安にもなる。
「純さん」
すみれは彼に呼びかける。そしてゆっくりと鳥居の間を歩ていく。純は彼女について行った。
カランコロンと下駄が静かに鳴る。彼女の後ろ姿は寂しそうだ。だから純は眉尻を下げた。
「話したくなければいいです。無理言って……」
「いいえ」
純の言葉を遮り、すみれは首を振った。
「純さんにも私のこと知ってほしいです」
背中を向けたまま、すみれは口を開いた。
「私の母は、私の小さい頃に亡くなりました」
「……」
「父は……覚えていません。母から聞いたところ、父は城の主だと」
「えっ」
純は驚いた。ということは一国の主なのか?
すみれは淡々と語る。
「妾だったのです。母はすぐ城を追われ、私を育てるために身を粉にしながら働いてくれました。京に上って、源造さんとおお初さんに会って住み込みで働いていました。そして私が六歳のときに亡くなりました。そのとき貰ったものがこれです」
すみれは振り返り、髪から簪を抜いた。金色の綺麗な簪。この無数の鳥居の影でも簪はきらきらと輝いていた。
「これは母が城を出たときに父から貰ったものだそうです」
すみれの長い睫が震えた。
「貰ったときのことを母は嬉しそうに話していました。宝物だって。何度も何度も父の話をしてくれました」
すみれは簪を胸に当てた。
「だから、わかったんです」
「わかった?」
おうむ返しするとすみれは力強く頷いた。
「母は本当に父を愛していたんだ、父も本当に母を愛していたんだって」
「……」
「だから恨んだりなんかしていません。それに顔は覚えていませんし、恨もうったて恨めませんから」
すみれは微笑んだ。彼女の目尻に涙がきらりと光った。
「――すみません」
気づけば純は謝っていた。
「何で謝るんですか?」
「そんなこと、誰にも言えないのに……僕は不躾でした」
「いいですよ、別に」
すみれは簪を差して言った。
「隠してたって何にもなりませんから」
ふっきれたように彼女は明るく笑った。
「…………」
純は拳を握った。
自分もすみれに隠していることがたくさんある。彼女が知ったら彼女の平穏を壊してしまうことになりかねない。
純は、すみれと普通に接するだけで十分だった。それだけで楽しかった。
彼女に近づきたい。けれど近づき過ぎたらいけない。
距離を保って、自然と付き合わなければいけない。
でも……。
もう少しくらい距離を縮めてもいいだろう。
純は顔を上げ、澄んだ笑顔ですみれに告げた。
「実は、僕は天涯孤独です」
「えっ」
すみれは大きな漆黒の瞳を開いて固まった。
「歩き疲れましたね。少し休憩しましょう」
もう鳥居の出口でその先に、椅子があった。
二人並んで座ると純は口を開いた。
「僕の生まれは長州の方で、」
「……」
すみれは黙って聞いてくれた。
「僕の親は物心つくころにはもういませんでした。聞くところによると虎狼痢で死んだそうです」
純は目を細める。
「僕を拾ってくれたのが、今一緒に旅をしている方です。甲斐さんや楠本さんじゃなくて別の方です。その方に読み書きも、剣術も、名前ももらいました」
すみれが唖然として純の横顔を見つめる。それに気づかないふりをして、純は話を進めた。
「その方に恩を返したい。だから一緒に行動しています」
そう恩を返したいのだ。そのために長州の人斬りも受けた。
純はすみれを振り返った。
「僕の話は以上です」
「どうして……」
すみれは小さく声を上げた。
「え?」
「どうして、私にそんな話をするのですか?」
ただ、純粋に理由を聞いている彼女の瞳。
純はにこやかに笑った。
「これでおあいこですよ」
その言葉にすみれは目を丸くする。
純は続けた。
「それにもう少しこの時間が続くといいと祈りたいです。明日に何があるかわかりません、こうやって毎日出歩けるかわからないですから」
「……」
すみれは小首を傾げて、黙っていた。
純の言っていることはよくわからないだろう。それはそうだ、目的しか言ってないのだから。理由は言っていない。
純は自身にとって自虐的な言葉を選んだ。
――いつ死ぬのかわからない。
暗にそれを意味した言葉だ。
自分は人斬りだ。
人を斬って生きている。
大義のためと言ってもただの人殺しに過ぎない。
すみれと会うたびにそれを思い返される。
だから、純はすみれの前ではいつも笑っている。
彼女に自分の血生臭いところを察してほしくない。
彼女に嫌な思いはさせたくない。
ならば会わなければいい。それは分かっている。それでも……。
「そうですね」
すみれが耳にかかる髪を梳った。
「でも、」
「んっ」
彼女はそっと頭を純の肩に預けた。びっくりする純に、すみれは微笑んだ。
「会えるときまで、会いましょうね」
「……はい」
この笑顔を失うのは嫌だ。
そして会いたい気持ちがある。
――この時間が永遠に続けばいい。
純は強く思った。
たぶん。すでに。
純は彼女に対し、忘れることの出来ない想いがあった。
2014年8月18日:誤字修正・加筆




