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42歳のすみかは庭になりました  作者:
第1部 第6章「キャンプのその後」

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42歳、次なる創造の始まり

 家族キャンプの成功、予期せぬ雨と泥の中での共同作業によるトラブルの克服、そして、美和のアルバム作成、咲のSNSでの承認、翔の庭での実用的なトレーニングといった、家族それぞれの趣味や目標との「融合」を経て、陽介の心は、かつてないほど満たされ、安定していた。


 庭には、新たに設置された大型ハンモックが加わり、それは、家族全員の心と身体をリセットするための「究極の安息の拠点」となった。


 陽介の「余白の哲学」は、完全に機能し、具体的な成果と、揺るぎない精神的な安定をもたらしていた。


 しかし、陽介の内なる「創造性」への衝動は、止まることを知らなかった。

 それは、彼が仕事で経験していた「ノルマ達成」や「競合他社に勝つ」といった、外部からの圧力によって生まれる衝動とは、根本的に異なっていた。


 彼の求めるものは、高橋上司が言うような「さらなる成果」を求める無限の競争ではなく、「家族の喜びと、創造性を最大化する、より大きな挑戦」だった。


(キャンプ道具のメンテナンスは、道具という「既存の価値」との対話だ。


 しかし、次の段階は、土や火といった自然の要素と対話し、無から有を生み出す『創造的なDIY』が必要だ。


 そして、それは、俺一人の満足で終わるのではなく、美和を巻き込み、家族全員が知恵と労力で関われる、共同の、壮大なプロジェクトでなければならない)


 陽介は、庭の芝生に座り、焚き火台の残りの薪を見つめながら、深く思考を巡らせた。


 彼は、キャンプでの最高の思い出が、焚き火を囲んでの「食」と「会話」にあったことを思い出した。


 そして、彼の頭の中に、次の目標の、明確で情熱的なアイデアが浮かび上がった。それは、家族キャンプの焚き火をさらに進化させ、庭での「食体験」を、究極のレベルに引き上げるものだった。



---



 その日の夜。子供たちが自室に戻り、静寂が訪れた頃、陽介は美和を誘い、庭の焚き火台を囲んで、二人きりで白ワインを飲んでいた。

 ランタンの柔らかな光が、庭のハーブと、ハンモックを温かく照らしている。 


 この時間は、陽介にとって、美和と対話し、未来を設計するための、最も重要な「余白」の時間だった。


 陽介は、ワインを一口飲み、切り出すタイミングを慎重に選んだ。


「美和。次の目標なんだが、庭にピザ窯を自作するのはどうだろうか?」


 陽介は、美和の表情を伺いながら、熱意を持って、しかし落ち着いた声で説明した。


「レンガとモルタル、そして耐火性の土を使って、本格的な窯を作るんだ。

 キャンプで食べたホットサンドも美味しかったが、窯で焼いたピザは、外はカリカリ、中はモチモチで、薪の香りが移って、格別だ。

 庭でのBBQが、単なる食事ではなく、さらに特別な『食のエンターテイメント』になる」


 陽介の提案は、単なる「遊び」や「道具の追加」ではなかった。


 それは、庭という空間が、家族の「喜びと、創造的な共同作業」を最大化するための、新たなインフラ整備であり、「家族の絆の永続性」を高めるための投資だった。


 彼は、仕事のプロジェクトを役員会に提案する時と同じくらい、綿密な計画と、美和を納得させるための情熱を持って、語りかけた。


 彼は、美和が、この大掛かりで、手間のかかる挑戦に、かつての陽介の趣味への態度を思い出し、難色を示すのではないかと、心の隅で少し心配していた。


 ピザ窯の自作は、庭の景観を大きく変える、覚悟のいるプロジェクトだったからだ。



---



 陽介が息を飲んで美和の反応を待っていると、美和の反応は、以前の彼女からは想像もつかない、驚くべきものだった。


 彼女は、陽介の話を最後まで笑顔で聞き終え、不安や戸惑いの色は一切見せなかった。


 美和は、以前のような「趣味は勝手にやって」という、どこか諦めや隔たりを感じさせる態度ではなかった。

 彼女の目には、陽介の挑戦に対する深い信頼と、家族全員で新しいものを作り出すことへの純粋な期待が宿っていた。


 美和は、優しく陽介の手を握り、自分のアイデアを共有した。


「ピザ窯、いいわね、陽介さん。最高だわ!家族みんなで、庭で焼きたてのピザを食べられるなんて、素敵すぎる。

 それに、レンガを一つ一つ積み上げていくのって、なんだか『私たちの家をもう一度作り直す』みたいで、面白そう」


 美和は、さらに具体的に、プロジェクトへの参加を宣言した。


「今度は、陽介さんが一人で大変な思いをしないように、私も一緒に、レンガやタイルの色を選びましょう。

 デザインは、咲に、窯の形状と配置のアイデアを出してもらえば、最高の『映え』になるわ。

 そして、構造的なアドバイスは、機械に強い翔に、基礎の強度計算を頼めばいい。

 私、窯の周りに、ピザのトッピングに使うオレガノやバジルといったハーブを植える、専用の『トッピング・コーナー』を作るわね」


 美和の言葉は、陽介にとって最高の「共同創造への承認」だった。


 ピザ窯作りは、もはや陽介一人の趣味やDIYではなく、美和を筆頭に家族全員を巻き込み、それぞれが持つ「創造性」と「実用性」で関わる、完全な「共同プロジェクト」となることが決定したのだ。



---



 陽介は、美和の積極的な参加の意志と、その提案の具体性に、深く感動した。


 彼の庭の哲学が、美和の心にも深く根付き、「余白は創造を生む」ということを、彼女自身が体現し始めた証拠だった。


(俺の趣味は、ついに美和の『家族への奉仕と、家庭の美意識の追求』という愛の形と、完全に融合したんだ。


 一人で孤独に始めるしかなかった趣味が、最終的には、夫婦の『共同目標』となり、家族の『共通言語』となった。

 これこそが、家族の絆の最高の効率であり、最高の形だ)


 美和の提案は、ピザ窯という「物」を作るだけでなく、家族全員の「創造性を統合する」という、より大きな目標を陽介に与えた。


 それは、家族全員のアイデンティティを、庭という空間に刻み込む作業となるだろう。


 陽介は、美和を強く抱きしめ、感謝の気持ちを伝えた。彼の声は、喜びでわずかに震えていた。


「ありがとう、美和。君が、こんなに積極的に、そして具体的なアイデアを持って関わってくれるなんて思わなかった。

 最高のプロジェクトになるぞ。窯で焼く最初のピザは、絶対に君と二人で食べるんだ」


「ええ、もちろんよ。だって、私たち、最高のチームでしょう?

陽介さんが、最高の『設計士』で、私が最高の『コーディネーター』なんだから」


 美和は、満面の笑みで応えた。



---



 この瞬間、陽介の物語は、「趣味の社会性とレガシーの確立」へと移行することが、夫婦の共同宣言によって決定した。


 ピザ窯の自作は、単なるDIYではない。

 それは、家族の創造性を物理的な形にし、庭という私的な空間に、永遠に続く「家族のレガシー」を刻み込む作業となる。


 夜空の下、二人は、レンガの種類、モルタルの耐熱性、そして窯のデザイン(アーチ型にするか、ドーム型にするか)について、楽しそうに語り合った。


 その会話は、かつて仕事の効率や、子供の教育費について話していた、無機質な夫婦の会話とは、全く別次元のものだった。

 それは、「共通の夢」を語る、創造的なパートナー同士の会話だった。


 陽介の心は、新たな挑戦への期待と、美和との共同作業への喜びに満ち溢れていた。このピザ窯は、彼が仕事のプレッシャーに負けずに生きていくための、新たな「精神的な支柱」となるに違いなかった。

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