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42歳のすみかは庭になりました  作者:
第1部 第5章「家族キャンプ」

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49/85

42歳、焚き火台を新調する

 家族キャンプの予定が、美和と咲、そして翔の熱意によって具体的な形を帯びてくるにつれ、陽介は庭で愛用していたミニ焚き火台の限界を痛感せざるを得なくなっていた。


 それは、陽介が一人、夜の庭で静かに炎と対話し、一日の終わりに瞑想的なひとときを過ごすための、愛すべき「相棒」だった。

 しかし、この小さな相棒は、家族四人分の大きな役割を担うには、あまりにも非力すぎた。


「キャンプの夜は、星屑湖畔キャンプ場の広大な湖畔で、特大のBBQと、あったかいミネストローネ、そして咲が提案してくれた焼きリンゴも作ってみたいの」


 美和が楽しそうに広げたメニュー表には、庭で試せるレベルを遥かに超えた豪快な料理が並んでいた。


(BBQグリルと焚き火が兼用できるとはいえ、このミニ焚き火台で、4人分の肉と野菜を一気に焼くのは物理的に無理だ。ましてや、その横でスープを煮込むなんて、スペースも火力も全く足りない…)


 陽介の脳裏には、以前庭で設営に成功した、あの巨大なトンネル型テントの威容が浮かんだ。あの大きな「シェルター」に見合うだけの、力強い「熱源の中心」が必要だった。


 ミニ焚き火台は、せいぜい手のひらに乗る灯火のよう。しかし、キャンプ場という自然の中の大きな空間を温め、家族の活動を支えるには、大地にしっかりと根を張る炎の柱のような存在が不可欠だった。


 そして、何よりも重要な理由が、美和の存在だ。

 彼女は、幼い頃に負った火傷の記憶から、火に対する恐怖心を乗り越えようとしている途上にあった。ミニ焚き火台の頼りない炎は、美しいけれど、美和に心の安心を与えるには心許ない。


 美和が、怖がらずに炎のそばで団欒を楽しめるようにするには、高い安全性と、安定した熱量を供給できる、信頼感のある「火の城」が必要だと、陽介は直感した。


「焚き火台は、ただ火を燃やす道具じゃない」


 陽介は、自問するように呟いた。


「それは、家族の団欒の中心にある、暖かく力強い『心臓』なんだ。そして、その心臓は、家族全員の笑顔を照らし、不安を吹き飛ばすくらいの熱量を発しなくちゃならない」


 陽介は、即座に行動に移した。

 向かうは、彼にとって今や第二の職場ともいえる、大型アウトドア用品店。彼がメインの道具を更新するのは、古いランタンを高性能なLEDランタンに替えて以来だ。

 あの時は「便利さ」を選んだが、今回は「力強さ」と「団欒」を選ばなければならない。



---



 店内の焚き火台コーナーは、様々なサイズと機能の製品が並ぶ、まさに「火の道具」の博物館だった。


 陽介は、ソロキャンプ向けのチタン製の軽量モデルには目もくれず、一番奥に陳列された、重厚なスチール製の大型モデルへと向かった。


 彼の選定基準は明確だった。地面に直接熱を伝えない高いスタンド構造、熱による歪みに強く、重いダッチオーブンも乗せられる耐久性、焚き火とBBQ、調理が容易に切り替えられる構造、四方を家族が囲める、充分な開口部。

 それらの基準を満たすものかどうか、陽介は一つ一つ手に取り、くまなく確認した。


 彼が最終的に選んだのは、折りたたみ式でありながら、展開すると直径70cmにもなる、堅牢なステンレス製のメッシュグリル付き焚き火台だった。


 無骨なデザインだが、その圧倒的な存在感と、高い燃焼効率を約束する通気構造が、陽介の心を射止めた。

 重さは10kg近くあり、持ち運ぶには苦労しそうだが、その重量感が逆に「家族の命を守る熱源」としての信頼感を保証しているように思えた。


 久々の大きな買い物に、陽介の心は高揚していた。それは、ただの消費ではなく、「家族の思い出を育むインフラ」への投資だった。


 帰宅後、庭の隅に設置すると、これまで使っていたミニ焚き火台が愛らしく見えるほどの、圧倒的な存在感を放った。それは、まるで庭に現れた小さな砦のようだった。


「わあ、お父さん!すごい迫力!」


 学校から帰ってきた咲が、一番に反応した。彼女はすぐにスマホを構え、その巨大な焚き火台と、夕焼け空をバックに写真を撮り始めた。


「これなら、キャンプファイヤーみたいだね! ここでマシュマロ焼きたい!」


 美和もベランダから降りてきて、その焚き火台を見つめた。彼女の表情には、一瞬の緊張が見えたが、すぐに安心感に変わった。


「これなら、火の粉が飛び散る心配も少なそうだわ。地面も熱くならないし、すごく安心感があるわね、陽介さん」美和は心から嬉しそうに言った。「焚き火を囲んでみんなで歌でも歌えそうね」


 陽介は、美和の言葉を聞いて、自分の選択が正しかったことを確信した。この焚き火台こそが、美和のトラウマを完全に克服するための、安全な「練習場」となるのだ。

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