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幕間:悩ましい危険物


 中央都市フリシェンラスの離宮。

 その中枢にある執政の間……いわゆる玉座の間は、今までにない奇妙な空気に包まれていた。


 最も高貴なる椅子に坐するのは、他ならぬ国王ロズワルがその人である。かの者は凛々しい銀狼の獣人だが、その三角の耳はぺしょりと伏せられ、まるで頭痛を耐えるかのように右手で顔を覆っている。

 左右に控える3人の子供達の内、2名の表情も同様だ。

 唯一、末の王女であるエスティだけが、いつもの朗らかな空気を崩す事なくにこにこと微笑んでいるのが逆に末恐ろしかった。


 玉座から入口へかけて長く長く伸びる毛足の長い絨毯の上には、まるで親に叱られる子供のように神妙な顔で正座する冒険者ギルドマスター、ローシャ・コッコの姿があった。

 そしてその隣には、自主的に正座した宰相グロリアス・コッコの姿もあった。


 そんな彼らを神妙に、あるいは冷や汗をかきながら、あるいは同じような顔をで見守っているのはこの国の重鎮達と近衛兵である。

 誰も彼もが相当高い地位にいる重要人物であり、そんな者達のこんな有様は到底下々の者には見せられないのだが……悪く言えば『慣らされている』ので問題は特に無い。


 そしてそんな異様な空気も全て目に入らず、国王とコッコ親子の間で問題の物品を手にして自分の世界に突入しているのが、何故かいる王立研究所所長のグレゴリーである。


 そんな彼らの視線の的。

 こんな空気を作り出した原因そのもの。

 それはコッコ親子の前に置かれた献上品を置く台に乗せられた陶器の壺。その中に収められており、グレゴリーによって掲げられている小さな糸巻きなのであった。


「……話はわかった。春と秋の農家の被害については、グロリアスから毎年毎年耳が腐り落ちるんじゃないかってくらい聞かされてるからよーくわかってる。それをなんとかしたくて、知らん知識を持っていそうな異世界人に訊いたのもまぁわかる」

「陛下、口調が乱れておりますぞ!」

「後にしろグロリアス。……で、そのチトセ嬢は、畑には詳しくないけども? 自分の知ってる知識を思い出して提案してくれた、と。それもわかる」

「チトセ様はお優しくて気配りのできる素晴らしいお方ですわ」

「そうなんですよね……ちゃんと危険物であるという注意書きと、取り扱いの方法や、それを無視した場合に想定される被害、雷の性質まで細かく書いて送ってくださって、未知の技術を扱う生産者としては最高なんですよ……」

「じゃあ何が悪くてこんな事になったんだ?」


 彼らの視線の的となっている小さな糸巻きは、今をときめくハルカ工房の新作である。


 糸紡ぎ教室がまもなく始まる事もあり、国王と王子王女と宰相で相談し、国を動かす重鎮達にはチトセ・カイコミヤの仔細をある程度伝えておこうという事で、こうして説明を兼ねたお披露目と相成ったのだ。

 異世界からの来訪者と聞いた重鎮たちは『だろうな』と頷いた。推察はできていたのでそう驚きはしなかった。これくらいの立場に上り詰めるだけの知識と教養があればある程度はお察しできるものであるし、お察しできない程度ならばそもそも重鎮という椅子に座っていない。

『情報漏洩禁止』の血判魔法契約をその場で交わし、エスティ王女もほっと一安心。


 それを踏まえて、一同は興味津々といった顔で、何故か陶器の一輪挿しに巻かれて陶器の壺に入れられた糸を覗き込んだ。


 だが、そのサイズ、素朴さを見て侮るなかれ。

 付属の取扱説明書に従い、近衛兵が濡れた雑巾を置いた暖炉に向かって糸を構えて魔力を流したところ、雷獣の使う攻撃魔法に匹敵するような雷が炸裂したのである。

 執政の間に並んでいた一同はあんぐりと口を開いた。

 雷の属性を持つクラゲ型の魔物を紡いだ糸。

 雷包糸と名付けられたそれは、近年稀に見る程の、爆薬もかくやと言うような危険物であったのだ。


「……こんな危ない物を害獣避けなぞに使っている異世界が悪いのでは?」

「異世界怖いなぁおい!」


 ずらりと並んだ重鎮達は国王の悲鳴のような言葉に力強く頷いた。


 そもそもこの世界における『雷』とは、『人には扱えないモノ』の代名詞である。

 雷を扱う魔物、雷属性の魔法、どちらも別名は『戦士殺し』、あるいは『ドワーフの怨敵』

 金属製の鎧や武器は確実に狙い撃ちされ、直撃すれば体の自由が利かなくなるか心の臓が止まるか焼け焦げるかの三択。扱う側としても、奔放な風が可愛く思える程に制御難易度が高くわけのわからない動きをする属性。敵が使うと厄介極まりなく、味方が使うと仲間を皆殺しにしかねない。適性の高い者も確認された事がない。それが雷だ。

 光・闇・炎・水・氷・風・雷・大地。万象八属性の中で、そも雷の神だけは居住地がわからず、神殿が存在しないほど。

 雷の神は、神々の伝令役と神話には伝えられてる。

 神出鬼没に天の高みを走り、地上に降りれば荒れ狂って様々な物を燃やし吹き飛ばす。人と共に生きる存在ではないのだと、どの国の子供もそう教えられて育つ。魔物との戦いや軍事に関わりの深い者ほどその認識は顕著だ。


 そんな物をいきなり『害獣避けに便利ですよ』と持ってこられてもどうしろというのか。


 コッコ親子だってまさかこんな代物が出て来るとは思っていなかったので、あの宰相グロリアスですら自主的に正座をしている始末。

 異世界における雷の扱いはどうなっているのだ。

 いっそ兵器だと言われて献上された方がまだ心に優しかった。


「……で、どうする。害獣避けに使ってみるか?」


 国王陛下の問いに、コッコ親子と重鎮の多くは示し合わせたように首を左右に振った。

 それぞれ自分の領地に少なくない田畑や牧場を抱える貴族達である。毎年毎年作物や家畜を食い荒らそうとする魔物や獣には確かに恨みが深い。なんとかしたいと思っていたのは事実だ。

 だが、いきなり雷はいくらなんでもハードルが高い。この世界には早すぎる。


「『触れれば痺れる糸で畑を囲う』……要は雷でなくとも、農地を接触発動の魔道具を仕込んだ糸や網で囲い、近付いてきた魔物を脅かせばよいでしょう。地に設置する罠では不可能だった全方位を、糸でもってカバーするわけです」

「いっそ仕留めてもいい。肉も毛皮もありがたくいただくわい」

「壁で囲むと日光を遮るのでどうしたものかと思っておりましたが、糸ならば陽の光は通る。対策用の物品も場所を取らず、量も最小限で済む。理に適っております」

「畑の上に張れば鳥害も防げるやもしれんぞ」

「具体的な方針を示していただいただけでも十分にありがたい。ここに並ぶ貴族家で共同出資して害獣避けの魔道具を開発しませんか?」

「大賛成」

「そういうことなら是非」

「雷よりよほど現実的だ」


 わいわいと和やかにまとまる貴族達。

 宰相と冒険者ギルドマスターまでそっちへ行ってしまったので、王族と研究所所長が雷の糸の方へ取り残されてしまった形だ。

 ……いや、もう一組いた。


「陛下! その雷の糸の扱い、宙に浮いておられるのならば是非とも我々騎士団に賜っていただきたく!」


 名乗りを上げたのは王国12騎士団の将軍達であった。常に表に出ない第1騎士団将軍を除く11人の将軍たちが、少年のように目をキラキラと輝かせながら糸巻きを見ている。

 さもありなん。国王は頷いた。

 海は人魚、山はドワーフ、兵器のような糸だというなら兵器を扱う騎士団に任せればいいではないか。

 ただ、国王として締める所は締めなければならないが。


「構わんが、国境線では俺の許可無しに使うなよ?」

「陛下……口調が乱れておりますぞ」


 第4騎士団の将軍がそっと囁いた。視界の隅に老いた鶏の鋭い眼光が見えた気がして、ロズワル国王は咳払いをひとつ。


「あー……国境付近で使う時は必ず余の許可を取れ。隣国を悪戯に刺激したくはない。国内での使用も混乱を防ぐためにしばし情報を統制せよ。それならば構わぬ」


 そして国王は、さらに視界の端に四角い男のギラギラとした眼光を認識し、うんざりした顔で言葉を付け足した。


「……雷の扱いについては王立研究所と共同で事に当たれ」

「はっ!」

「承知しました」


 いそいそと糸の入った壺を手にしたグレゴリー所長が、わらわらと集まってきた騎士団将軍達と共に退室していく。行き先は会議室か。


「最優先は第1・第2・第3か?」

「我が第11騎士団も優先してもらいたい。雷は即死か痺れるかだからな。ようやく厄介な巨獣共を上手く始末できるやもしれぬ」

「ああ、巨獣か」

「それは確かに」

「そういうことならうちも欲しい」

「12は腕利きの冒険者がいるだろうが」

「第10の方はあちらの害獣避けが完成すれば楽になるであろう」

「国境線の第6と第7は確立した技術を隠し玉として配備する方向で……」


 このまま緊急の将軍会議になるのだろうなと見送っていると、国王の隣の影が一人、スッと前に出た。


「じゃ、親父。俺もあっち行くから」


 軽く片手をあげて去って行ったのは3番目の王子、ギリアム。

 脳筋と名高い彼はいずれかの騎士団次期将軍の最有力候補である。なんといっても他の将軍達と同じキラキラとした目をして糸を見ていたのだから、まぁそう言う事だ。

 いつのまにやら害獣避けを話し合っていた貴族達もいない。そちらも会議室に行ったのだろう。


 パタン、と扉が閉じられた執政の間に残されたのは、国王と1番目の王子ヴォルデン、そして4番目の王子ラズオールと、ニコニコと微笑みを絶やさないエスティ王女、あとは近衛の兵士達だけ。


「……ラズ、糸紡ぎ教室の受講者のバックに緘口令布いとけよ」

「もちろんです」

「人魚関係はヴォルがやっとけ」

「御意」

「あ~~、雷の説明に書いてあった『ゴム』とかいう物も探した方がいいよなぁ~……」


 国王ロズワルは頭の上から融けぬ氷の美しい宝冠を手に取り、天を仰いだ。


「早く引退させろぉ!」


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