危険物を紡げ!
「駄目ですって所長! ほら帰りますよ!」
「あんた書類仕事山ほど溜まってんでしょーが!」
「完成品貰えるんだからそれで我慢してください!」
「くそぅ放せ! 天空クラゲの! 雷属性の新たなる可能性をこの目で! ぬぉぉおおおこの目でぇええええ!!」
「はいはい糸が出来たら届けますから、帰ってお仕事してくださーい」
冒険者ギルドで取り寄せ依頼を出した翌日。
6匹分の天空クラゲが並んだ木箱を自ら持ち込んだ王立研究所のグレゴリー所長は、怒竜の表情を浮かべて追いかけてきた所員によって回収されていったのでした。
* * *
「糸紡ぎ教室にまで乗り込んできそうだなぁ、あの所長さん……」
「その場合はケリィさんへ速やかに連絡を入れる事にいたします」
本日の作業は、届いた天空クラゲをさっそく糸に紡ぐ作業です。
かなりの危険物を扱う作業ですので、私は万が一に備えてチトセ様のお傍に控えます。
リーリャさんにはまだ早いと判断されましたので、素材も糸も触らないようにと言い含められています。本日は少し離れたところから見学のようです。
「足と内臓は帯電質、傘は絶縁体……ってことは、分けてから紡がないと混ざっちゃうね」
「お、お花を花弁だけにしてたのと、同じ、ですか?」
「そうそう、同じ理由。混ざっちゃうと糸が均一にならないからね。触ると危ない素材の下処理は魔法でどうにかするしかないから、よく見てて」
チトセ様は浮遊の魔法でクラゲを一体プカリと浮かばせ、クラゲの体を包んでいた傘を巾着状に縛っていた紐をほどき、傘を裏返して根本を風魔法で切断しました。切り離された傘の部分と、内臓や足の部分が分かれて浮かんでいます。
「よし、傘は置いといて……体はどこに置いても危ないから、このまま紡いじゃおう」
「ふ、浮遊魔法を、使いながら紡ぐ、ですか?」
「そういうこと」
糸を紡ぐには両手を使いますので、必然的にクラゲを浮かせるのは無手維持で魔法を維持しなければなりません。
「これはもっと慣れてから、危なくないもので練習しようね……って言っても、こんなに危ない物紡ぐことなんて早々無いだろうから。苦手だったら、浮かせてくれる助手を雇って作業してもいいんじゃないかな」
無手維持は、苦手な方は生涯出来ないくらいには適性が問われる技術です。鍛冶場や錬金術工房等では浮遊補助専門の助手もいらっしゃいますので、できなくてもそこまで困る事は無いでしょう。
クラゲの体は部位で雷の強さが違うとの事でしたので、クラゲの体を浮かべたまま風の魔法で細かく刻みます。
そうして下処理を終えてからチトセ様は糸車に向き直り……困ったように頭を抱えてしまわれました。
「しまった……」
「どうなさいました?」
「私の世界の糸車は電気通さないんだけど……マグマアントで作ってもらった糸車はどうかなぁって……」
実際に糸車に素材が触れるのは糸になった後ですので、そうすれば雷の属性は糸として安定するので危険はほぼ無いそうなのですが。
「万が一ミスした時を想定して糸車を用意してるからね……過信して使って、糸化が甘くて暴発して糸車が炎上して火事に~ってのは初心者あるあるだから」
リーリャさんへの危険物の扱いの講義を含めて、糸車に必要な構造を改めてお話し、リーリャさんがきっちりと書き取りを終えたのを見計らってチトセ様はひとつ頷きました。
「雷が大丈夫な糸車はグレゴリーさんに丸投げしちゃおう! 今回は『エアホイール』でやっちゃう」
「エ、エアホイール、です?」
「簡単に言うと風魔法で糸を巻き取るの。濡れてもいい素材なら水魔法で『アクアホイール』でもいいよ。ようは糸を紡ぐために一定の強さで糸を引っ張り続けて、紡いだ後は安定してるって確信が持てるまで糸を絡まらないように保持できればいいの」
そう仰ると、チトセ様は椅子に腰かけ、大きく深呼吸をひとつ。
「ちょっと集中するから」
しん、と静かになる工房内。
チトセ様は糸紡ぎの魔法を帯びた右手でクラゲの身の塊を撫で、撚りをかけて糸端をするりと引き出します。お体に痙攣も無く、雷を浴びた様子はございません。それはつまり、強力なクラゲの体の雷が暴れないよう魔法で安定させられているということ。
クラゲは浮かんだまま、右手はそのままクラゲを撚り続け、左手は糸端を引っ張ると空中に大きく円を描きます。
ふわりとそよぐ風。
円を描き続けるようにくるくると糸は巻き取られ、まるで見えない糸車があるかのようにクラゲが紡ぎあげられていきます。
クラゲを浮かせている魔法、糸を紡ぐ魔法、そして巻き取る風の魔法。
魔法の三重起動もまた、無手維持よりも適性を問われる難度の高い技術です。
紡ぎ終えると、チトセ様は「あ゛~~」と声を上げながら頭を左右に振りました。
「何回やっても慣れないこれ……頭おかしくなりそう。糸車欲しい……一人で大量生産は無理」
「お、お師匠様でも、大変、なんです、ね」
「エアホイールは向き不向きがハッキリ出るからねー……得意な人は糸車よりやりやすいって言ってたけど、私は無理。こんなのできなくたって立派な一人前にはなれるから」
チトセ様の返答に、リーリャさんは少しホッとされたようでした。
そのまま普通の糸車を使って傘の部分も紡ぎ、ひとつのクラゲからとれた二種類の糸の仕様を確認いたします。
「手触りと強度はキュアプルクラゲと同じかな。空を泳いでても感触は一緒なんだね。可燃性は……燃えにくいね、これもキュアプルクラゲと同じ。あとは……」
チトセ様は暖炉に水で戻したキュアプルクラゲの身をひとつ置くと、少し離れた場所から天空クラゲの糸に魔力を流しました。
──バリッ!
空気を引き裂くような音と共に、雷が暖炉の中のクラゲの身へ向かって迸ります。雷が直撃したクラゲは黒焦げになっています。
水の糸の時と同じ、魔力を流すと属性が溢れ出す性質を持っているようです。
「はい危険物!」
様々な糸の仕様を書き留めている用紙に、チトセ様は赤インクで大きく『危険!取り扱い注意!』の文字を書き込みました。
「思ったより雷が強い! 雷そのものを紡いだわけでもないのに、この程度の魔力込めてこんなに雷が溢れ出るのは便利だけどかなりヤバイよ! なんでだろう……クラゲはほとんどが水分だから? 足先は電気が弱いってグレゴリーさん言ってたけど、これは食べたら危ないよ。死ぬのも納得だよ」
雷というのは、やはり危険な物なのですね。
冒険者ギルドでの問答無用のAランク扱いにも頷けます。
「大量生産するなら、傘の部分を紡いだ糸で布織って、体の部分を入れるための袋を作った方がいいかも。絶縁体の布ができれば、雷属性の魔物の扱いも楽になるでしょ。……ただ、布だから乾いてないと結局危ないけど」
チトセ様曰く、雷が伝わるには法則性があるとの事。
研究所向けにまとめる傍ら、その一覧を私とリーリャさんも見せていただきました。
害獣対策としてチトセ様の故郷のような扱いができるかどうかは甚だ疑問ですが、それを考えるのはチトセ様ではなく錬金術師や魔道具士の方々でしょう。
チトセ様も、新しい糸ということでエスティ様とラズオール様にも送る事ですし、これをどうするかは上の方々に任せる事になさったようです。
「つまり、冒険者ギルドマスターさんには直接のお返事ができません! ……経緯と方法と、王族と研究所に糸を送りましたってお手紙送って終わりにしよう」
「では、糸を送るための箱を調達してまいります」
「箱より陶器の壺の方がいいかな。糸巻きに仕えそうな陶器も見繕ってきてもらえる?」
「かしこまりました」
即席で陶器の一輪挿しに巻かれた糸は、厳重に封をされた壺に収められ、ドゥルさんの手によって運ばれて行ったのでした。




