新居入居
再開します。
「お待ちしておりました我が主、チトセ様。このドゥルドゥ・コッコ、本日より執事として誠心誠意お仕えさせていただきます! ……ささ、ディラ嬢も御挨拶を」
「は、はひっ! 初めましてチトセ様。今日からお屋敷のメイドとして頑張ります、ディラヴァンドラと申します。ディラとお呼びくだひゃい」
「う~ん、ドゥルさんは既に一流感がすごいし、ディラちゃんは初々しくてすごい可愛い。二人ともよろしくね」
チトセ様の優しいお言葉に、ドゥルさんは誇らしげに胸を張り、ディラさんは嬉しそうにはにかみます。
お屋敷の前で待っていらっしゃったのは3名。
ドゥルさんとディラさん。そしてワフフさんに乗ったナノさんです。
「店長、道中お疲れさまですです。立派な工房ですごいのです!」
「ほんと、ドンさん達すごいの建ててくれたよねぇ」
穏やかに挨拶を交わし、さっそく中へ。
荷馬車をいつまでも待たせておくわけにはいきませんので、さくさく引っ越しを終えなければなりません。
扉を開くと、屋敷の中はすっかり家具で整えられておりました。
家具の雰囲気はチトセ様の御希望通り、雰囲気としてはメェグエーグ侯爵家の調度品に系統が近い、落ち着いた色合いで装飾は控えめな上品な物。
屋敷に家具職人を呼んでの打ち合わせこそ私がいたしましたが、その後の事件等で慌ただしかったため、納入前の掃除や受け取りと配置の指示、食器の手配等はドゥルさんにお願いいたしました。今後の管理はドゥルさんの担当となりますので、丁度良かったとも言えます。
なので私も、全て揃った状態を見るのは今日が初めてです。
廊下や部屋は柔らかな絨毯が敷かれ、窓にかけられたカーテンは全て新しく厚手の布地。
チトセ様のベッドはもちろんですが、我々使用人の寝具も良い物を用意していただけてありがたいことです。
一通り見て回ったチトセ様も、とても満足そうに喜んでおられました。
「掃除はドゥルさんとディラさんのお二人で?」
「ええ。まだ家具が何もありませんでしたからな。楽なものでしたぞ! ディラ嬢もキャサリン仕込みの掃除の手腕を奮っておりました!」
「素晴らしいです。どうですか、メイドとしてのディラさんは?」
「若さと熱意で雛鳥のように技術を飲み込んで行く様は見ていて気持ちがよかったですな! 教え甲斐があるとキャサリンも喜んでおりましたぞ! 掃除・洗濯・料理・お茶の支度・着替えのお手伝い。一通り新入りらしいレベルにまで引き上げられたかと」
「なるほど……戦闘技能は?」
私の最後の問いに、ドゥルさんは目線をこちらへ向けました。
「一通り試させましたが、長柄武器の適性が高いようでしたのでそちらを軽く鍛えました。出入りの職人が、可愛らしいドワーフの同族ということで張りきりましてな……あの赤いリボンがついた箒、あれに魔力剣の魔道具を仕込んでおります」
「素晴らしい。成長が楽しみですね」
さすが侯爵家の御子息。研修先を相談して本当によかった。
私は糸と、暗器は少々嗜んでいる程度。どちらも適正が無ければまともに扱うのは難しく、教えるには向かないのです。
「……メイドって、戦闘技能必要な職業でしたっけです?」
「アリアがいるって言うならいるんじゃない?」
「……………………」
「スティシアさんがすごい勢いで首を横に振ってますです」
何やら聞こえてまいりますが……とんでもございません。
国から、王族から目をかけられていらっしゃるチトセ様。
そのチトセ様が運営される『ハルカ工房』
お仕えする私達も含め、いつ何時狙われるやもわかりません。
念には念を入れてお守りするのが、我々使用人の役目なのです。
* * *
お引越し自体は、そう長くかからず完了することができました。
長鉢荘ではあまり物を増やす事ができなかったので、私物らしい私物がほとんど無かったのです。
着替えや小物を収納に入れて、調理器具やランプ等はそのまま使用人の仕事場へ。そうしてしまえば、あとの荷物はほとんどが糸の在庫やその材料です。
すっかり片付け終わった後、チトセ様とナノさんにはさっそく工房の接客スペースを兼ねた休憩用のソファとテーブルにて、新品のティーセットを使ってお茶の時間としていただきました。スティシアさんはさっそく塔に引きこもってしまわれたので、後ほどお届けいたします。
本日のお茶請けは、あちらを出る前に買っておいたマリンゴのパイです。
「はー……美味しい。ナノちゃんはもう引っ越したんだっけ?」
「はいです。リリパット専用集合住宅になっている塔に引っ越しましたです。ついにボクも一人暮らしなのですです! ……ただ」
「ただ?」
首を傾げるチトセ様に、ナノさんは「あー」とか「うー」など困ったように唸ってから口を開きました。
「……幼馴染に、いじわるで食いしん坊なタタンっていうのがいますです。そいつも実家暮らしだったですが……なんでか同じ集合住宅に引っ越してたのです!」
「ふーん……その子も一人立ちして引っ越したって事かな?」
「でもタタンは職場の場所変わったりしてないのです。使い魔が鳥の郵便配達で……長鉢荘の辺りが担当区域だったのです」
「あ、そうなの? じゃあうちにも来てた?」
「来てましたです。それで毎朝顔合わせるたびに余計な事を言うのです。……本当なんでこっちに来たんだろ、あの辺なら実家の方が近いのに……また毎朝顔合わせる事になると思うと面倒なのです」
「へぇ~……それって男の子?」
「はいです」
「むー」と不満そうに唸るナノさん。
郵便配達のリリパットさんとは私も少々言葉を交わした覚えがありますが、それほど悪感情は抱きませんでした。幼馴染とは、当たりが強くなるものなのでしょうか?
しかし、そんなナノさんを眺めるチトセ様は、実に楽しそうなお顔をされております。
「まぁ頑張って欲しいね、そのタタン君には」
「店長!? なんでタタンを応援するんですかです!?」
「なんでだろうねぇ?」
何故なのでしょう……
結局その日、チトセ様が疑問に答える事は無く。
新しい工房での最初のお茶会は実に賑やかな雰囲気で終了し、引っ越し初日はその後ご近所への挨拶周りで幕を閉じたのでした。




