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長鉢荘での最後の日


「アリアー、荷馬車さん来たよー!」

「ただいままいります」


 日差しが強くなりつつある春の終わり。

『ハルカ工房』は、ついに長鉢荘を後にして、予定よりも大幅に前倒して完成した新築の工房へと移ります。



 * * *



 あの日、ポカルさんが誘拐された事件の処分を終えた後。

 私が長鉢荘へ帰還すると、衛兵やら冒険者やらが慌ただしく出入りしており大変な騒ぎとなっておりました。


 間を縫って中へ入ると、井戸の広場で泣き顔の長鉢荘の皆さんに囲まれて、困ったように嬉しそうに微笑んでいるポカルさんが。


 その御姿は、顔を隠してはいらっしゃいませんでした。

 服を着る余裕がまだ無かった、という方が正しいかもしれません。私とすれ違った時のボロ布を羽織った姿のままで、皆さんに捕まっていたのです。スティシアさんも窓からお姿を確認して安心していらっしゃるようでした。


「よかった……無事で本当によかった……!」

「一時はどうなる事かと思いましたぞ!」

「あたしゃもう駄目かと思ったよ……」

「そんな珍しい獣人なら狙われて当たり前だろう! 一言言っておいてくれ!」

「すまなかったね……隣人だというのに、ろくに力になれなかった」


 帰還した私も加わり、ようやくポカルさんの身に何があったのか語っていただこうとしたのですが……何故かそこから衛兵の隊長やサンドラさんの旦那さん、商人ギルドマスターやラズオール殿下、血統院の筆頭、冒険者ギルドマスター等々……そうそうたる顔ぶれが後から後からなだれ込み、仕切り直しに仕切り直しを重ねた結果……


「すみません……そろそろ服を着てきてもいいですか?」


 と、お顔を両手で覆ったポカルさんが弱々しく羞恥にまみれた声で訴えたのをきっかけに、情報が錯綜されていた皆様は落ち着きを取り戻されたのです。


 ポカルさんの証言と私が持ち帰った人攫いの指示書により、黒幕であるネルヴ男爵は、集まっていた衛兵をラズオール殿下が指揮して即座に強制捜査。

 ……しかし、兵が辿り着いた時には既に男爵は変死なさっており、男爵家はそのままお取り潰しとなったそうです。

 ラズオール殿下曰く、調査の結果余罪が数多く出て来たので、いずれかの恨みによる報復を受けたのだろう、との事。


 パトロンの話が立ち消えとなったポカルさんは、サンドラさんの旦那さんの工房へ鱗革の職人として入る事になりました。

 蛇の獣人だということが知れ渡ったので、今後は顔を隠さず過ごすつもりなのだとか。


「おつかれさま、アリア」

「ありがとうございます、チトセ様」


 私はチトセ様以外の方々に対しては『ポカルさんを迎えに行き、追っ手を引き受け適当に撒いてきた』と証言いたしました。特に私が何かした証拠も残していませんでしたので、各方面から『よくやったけど無茶をするな』と注意を受けるのみにとどまっております。


「もう大丈夫なんだよね?」

「はい。根も枝葉も、どちらも掃除は完了しております」


 ですが……ここで大いなる問題が一つ発生したのです。



「……うん……私、どうしてアリアが今までお屋敷をクビになってたのか、わかった気がする……」

「!?」



 なんということでしょう!?


 さすがに私も平静ではいられませんでした。

 やはりチトセ様は素晴らしい御方。

 あれだけ考えてもわからなかった、私が暇を出された理由を……理解されたと仰るのです!


 ……ですが、どれだけ教えてくださいと懇願しても……苦笑いを浮かべるチトセ様は、その理由を私に教えてはくださらなかったのでした……



 * * *



 工房の荷物を全て荷馬車に積み、全ての部屋の掃除を終えて、忘れ物は無いか最後の確認を行います。

 お屋敷の家具はエスティ様の支援に含まれるそうで、『ドドンガ建設』さん同様、王家の指名を受けた家具工房が一式整えてくださいました。

 各取引先への移転のお知らせはすでに出してあります。


 ……あとは、我々住人が移動すれば、引っ越しは完了です。




「頑張ってねチトセ、アリア、スティシア! 落ち着いた頃に姉さんの所のチケットもらって誘いに行くわ!」

「うん、楽しみにしてる。マーガレッタも頑張ってね!」


「まぁ、今生の別れでもなし……仕事で顔を合わせる事も多いだろ。今後ともよろしくな」

「そうですね。マーガレッタの花嫁衣裳の打ち合わせしませんと!」

「それはっ、そう……だが……っ!」


「本当にお世話になりました。特にお二人には二度も助けていただいて……」

「いいんですよ、無事だったんですから。またランランの事とかお仕事とか故郷のお話とか、訊きに行かせてくださいね!」

「ええ、ぜひお茶でもいたしましょう」


「活躍をお祈り申し上げますぞチトセ嬢! スティシア嬢! 弟は既にあちらへ到着しているはずですので、しごいてやってくだされアリア嬢! 小生も、近々蜜珠糸の買い上げ等で伺うかと思いますので、よろしくお願い申し上げます!」

「ドゥさんは糸や弟さんの事もですけど、鶏の羽の事もありますから。これからもよろしくお願いしますね」


「チトセ君、アリア君、私は帰ってきてからだから本当に短い間だったが、楽しい時間をありがとう。そしてスティシアのこと、よろしく頼むよ」

「こちらこそ、ありがとうございました。スティシアさんとはもう友達みたいなものなので、上手くやっていけると思います」

「いや本当にありがたい……スティシア、しっかりやるんだよ。たまには両親に手紙を書く事!」

「…………うるさい、わかってる……」


「ほら三人とも。パン入れておいたから、あっちについたら食べな!」

「……ぅあ~~~サンドラさ~~ん! サンドラさんの美味しいパンが毎朝食べられないの辛いよぉ~!」

「なんだ、あんたもかい! なら、倅にやらせてるパンの配達サービス。有料だけどやるかい?」

「えっ、そんなのあるんですか!?」

「長鉢荘出た職人がどいつもこいつもホームシックみたいな顔してそう言うもんだから作ったのさ。どうしたって焼き立てよりは冷めちまうけど、毎朝届けに行くよ」

「やる~~! やります~~!」




「みんないつでも遊びに来てね! もちろんお仕事も大歓迎です!」

「…………」

「皆様、大変お世話になりました」


 長鉢荘の方々に見送られ、荷馬車に一緒に乗せていただき、新しい工房へまいります。

 私は貴重品の入った鞄を。

 チトセ様はポカルさんからいただいた小さな鉢植えが転がらないよう抱えながら。

 スティシアさんは初めて見かけた時のようにすっぽりとマントを羽織り、膝にリボンを付けた影猫を乗せて。

 足元には、ヤモさんが入った金属のバケツ。


 青空の下。幌の無い馬車の上からは、周囲の景色がよく見えます。

 遠ざかる、植木鉢のような長屋。

 手を振ってくださる暖かい人々。


 長いようで短かった、土台固めの時間でございました。


「……本当、あっという間だったなぁ。頑張って漕ぎ出そうとしてみたら、すごい勢いで知らない人たちに押し出された感じ」

「それだけチトセ様の技術が素晴らしいということです」

「…………チトセは、自己評価が足りない」

「えー」


 馬車は路地から通りへと抜けて、ゴトゴトと進んで行きます。

 影猫がスティシアさんの膝の上でうとうとと微睡む春の陽気。

 ……ですが、私の心には、あの日からずっと大いなる問題が鎮座しており、こうした穏やかな時間に鎌首をもたげてくるのです。


「……チトセ様」

「その顔とその声は例の解雇された原因が聞きたいムーブだね?」

「……はい」

「そんなに聞きたい?」


 聞きたいです。

 解雇されたということは、私に至らぬ点があったということ。

 チトセ様にご迷惑をおかけしないためにも、欠点を認識し、改善しなければなりません。


 ……そういった意味の事をお伝えいたしますと、チトセ様は「なるほどねー」と面白そうに微笑まれました。


「なら、やっぱりアリアは知らなくていいよ」

「えっ、で、ですが……」

「だって、私にとって、その解雇の理由は欠点じゃないんだもん。アリアは今のままで、私のメイドでいて欲しいの……それじゃダメ?」



 チトセ様──────!!



 心が歓喜で満たされたのがわかります!

 天にも昇る心地とはまさにこのこと!


「……わかりました。私、アリアは何があろうともチトセ様のメイド。これからも誠心誠意お仕えさせていただきます」

「うん、よろしくね」


 スティシアさんの生温い目に見守られながら。

 決意と忠誠を新たにした私は、ゴトゴトと馬車に揺られながら、ピカピカのお屋敷へと運ばれて行きます。



 ──ポンッ



「あっ」


 驚いた顔のチトセ様。

 目線の先には、小さな鉢植えから、開花と同時に飛び立った可愛らしい丸い花。


「飛んだ!」


 ぷわぷわと浮かぶピンクの花が、爽やかな空の青を背景にくるくると。


 とある春の日。

 満開の笑顔が咲きこぼれる、嬉しい出立の日でありました。


これにて一章『長鉢荘での日々』は了となります。

次回からは二章。

新しい工房に移ってからのお話となります。

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