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工房着工!


 ──パッティラパー! パッティラパー! パパパティラッパパー!



 今日は、とても久しぶりの音色を聞きました。

 空を飛ぶ猛禽の使い魔の背に乗った、離宮務めのリリパットが吹き鳴らすラッパの音。

 前に耳にしたのは、5番目の王女フィーシェ様の婚約が決まった時でしたでしょうか。


「……アリア、今の音なに?」

「『お触れの音』です。王から国民へ、幅広く周知する必要があるお触れが出された時、『お触れが出たので、数日中に見に行くように』と鳴らされます。フリシェンラスでは、中央広場と各大門に貼り出されますので、後ほど確認してまいります」


 ですが、その必要はありませんでした。

 ちょうど通勤途中だったナノさんが、中央広場のお触れを見て来てくださったのです。


「2番目の王女、カノーティア様の御結婚についてのお触れでしたです! 『お相手はコッコ侯爵家子息にしてAランク冒険者、ロットフレア・コッコ』……降嫁ではありますが、どちらのお家も純正獣人が世継ぎになるお家ですので、お二人とも継承権を放棄し王籍・貴族籍どちらも抜けられる事と、結婚式は行わず冒険者の流儀に合わせたお祝いで簡単に済ませる事が書かれていましたです」

「ああ。……ローシャさん、理解したんだね」

「よろしゅうございました」


 結婚式をなさらないとはいえ、お姫様の御結婚です。

 夕暮れには結婚祝いの焼き菓子が全てのお家に配られ、市井の民もしばらくはお祝いムードに包まれていたのでした。



 * * *



 雪深いヴァイリールフ王国では冬の間に出来ない事が多いので、春は様々な事が動き始める季節です。

 畑もさることながら、冬明け最初の交易品は隊商がパレードのように出迎えられて専用の市が立つほど賑わいますし、思うように動けなかった駆け出し冒険者達も思い思いに初狩りの獲物を定めて出発していきます。


 土木建築は、その筆頭です。


 どんなに雪かきをしても、天候次第では次の日に元通り埋まってしまう事もある北方の国では、冬の間の工事はそうそう行われません。

 氷によって割れたりずれたりしてしまった石畳や石垣の修復、新しい家の土台組、増築や補修等。建築工房はどこも待っていましたとばかりに仕事を始めます。

 新しい『ハルカ工房』の建築を担う『ドドンガ建設』も、冬の間に支度を整え、春にさっそく建築を開始したと報告を入れてくださいました。


「差し入れがてら、様子を見に行こう!」


 そう仰ったチトセ様と私は、さっそく雪解け後の街へと繰り出しました。

 空気がふわりと暖かいので、今日からヤモさんはストーブでお留守番です。

 降ってくるのが雪からミゾレへと切り替わるこの時期。道はいつもどこかしら濡れており、泥も多いので注意が必要です。


「確か……『ドドンガ建設』はドワーフが多い工房なんだよね? ドワーフってお酒好き?」

「はい、それはもう。酒好きなあまり、お酒を飲んだ方が仕事の質も速度も上がる事が証明されてしまった種族として有名です」

「誰がそんなこと証明しちゃったの」


 誰なのでしょうね?

 しかし、そういうことなら……と、チトセ様はお酒をいくつか樽で買い、追加料金を払って運んでもらって差し入れとする事にいたしました。道中、荷車を引いてくださっているお店の方は、お仕事中のドワーフへの差し入れだと聞いて大笑いされておりました。


 そうしてやってきた建築現場。

 そこでは何人ものドワーフと、幾人かの人間と獣人の職人達が、何本かの柱が立っている穴の開いた地面にせっせと石材を運び込んでおりました。まだ肌寒い時期だというのに、袖の無いシャツ一枚で汗をかいて働いています。

 図面を見ながら指示を出していたドンカさんがこちらに気付き、満面の笑みで声をかけてくださいました。


「上客のお出ましじゃな! 久しぶりじゃのう、チトセ嬢」

「お久しぶりです、ドンカさん。どんな感じですか?」

「土台と地下室を組んどるところじゃ。石材が間に合ってよかったわい……危うく作業が止まるところじゃった!」

「石材……遅れてたんですか?」

「品薄気味だったんじゃ。誰だか知らんが、『人形の庭』っちゅう石材調達に最適なダンジョンでストーンゴーレムを減らしすぎた馬鹿がいたらしくてな。ゴーレムの数が元に戻るのに思ったより時間がかかったとかで……今後は討伐制限をかけるそうじゃ」

「へぇー……」


 眉を寄せて憤っていたドンカさんでしたが、「ところで……」とチトセ様の後ろにいらっしゃる酒屋の従業員さんと樽が積まれた荷車を、期待のこもった目でチラチラ盗み見ます。


「そこの兄さんの前掛け……酒屋のじゃろ? その樽はもしかして酒か?」

「あ、はい、差し入れです。ドワーフの皆さんはお酒入った方が作業が捗ると聞いたので……」

「なんと! ええのか!? ──皆の衆! 燃料じゃ! ドワーフの命の水じゃぞ! 施工主から酒の差し入れじゃぞおおおお!!」

「なんじゃとぉお!?」

「持ち込みを客に叱られることこそあれど、客の方から持ち込んでくださったじゃと!?」

「女神か! 女神様じゃな!?」

「ごちそうさまじゃあああああああ!!」


 雄叫びを上げた男達がワッと樽に群がり、一緒に積まれていた器で浴びるようにお酒を飲み始めました。


「ッ……カーッ!! キクゥゥウウ!」

「頭に血が回ってきたわい! これじゃこれぇええ!!」

「滾る! 滾るぞぉおお!!」

「全身に力が漲ってきおったぞぉお……石持ってこい! 石ィ!」


 お酒を数杯飲んだドワーフの方々は、凄まじい勢いで現場へ舞い戻り作業を開始。

 誇張ではなく、速度が倍になっております。

 証明されたというのも納得の速さ。それでいて、仕事は粗くもなっておらず丁寧なまま……いえ、むしろより質の良い作業になっているように見受けられます。


「ドワーフに理解のある客はありがたいのぉ! このペースなら予定より早く仕上げてやれるから楽しみにしとれい!!」


 盃片手にニヤリと笑ったドンカさんは御自身も現場へと飛び込んでいかれました。


「……すごい、本当に早い。でもドワーフ以外は絶対やっちゃいけないよね、飲酒工事」

「はい。現に人間や獣人の作業員の方は飲んでおりません。とても悔しそうなお顔で作業を続けられております」


 チトセ様は「ふむ……」と頬に指を当てて何か思案されました。


 ドワーフの方々は時折樽が乗った荷車へ飛んできて一杯飲んでは作業へ飛んでいくのを繰り返しています。荷車の傍の酒屋の店員さんはそんな方々を見てお腹を抱えて大笑いしておられます。


 チトセ様はそんな彼らを何度か見比べた後、御自分のお財布をちらりと見て……うん、とひとつ頷くと両手を口の横に沿え、大きく息を吸い……


「……みなさーん! 予定より早く丁寧に仕上がったらー! これの倍の量を打ち上げ用に贈りますのでー!! 頑張ってくださいねー!!」


「なんじゃとぉおおおおお!?」

「この上さらに打ち上げにまで酒を出してくださるっちゅうんか!?」

「うおおい! それなら俺達も飲めるじゃねぇか!!」

「女神様じゃ! 女神様がここにおるぞおおお!!」

「ドワーフに本気を出させる方法を理解しとる客はありがたいのぉ!!」

「雑な仕事なんぞするでないぞお前らぁ!」

「あったりまえじゃああ!」

「こんな上客にそんな真似できるかあああ!!」


 効果は覿面でした。


 心なしか筋肉量まで増えたように見える職人方は「ウォオオオオオオオ!」と雄叫びを上げながら、最初の3倍もの速さで作業を進めております。そして仕上がりの美しさはむしろ増しております。暑苦しい笑顔の輝きも増しております。


 汗とお酒と気合と怒号が飛び交う現場を眺め、チトセ様は満足げに微笑みながら、笑いが収まらない酒屋の店員さんへ振り向きました。


「お酒の確保、お願いしますね!」

「まいどありー!」


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