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コッコ家の人々


「祖父と『ハルカ工房』について話をした際に色々と耳にしたのですが、チトセ嬢の身辺は少々守りを固める必要があるのだとか?」

「であれば、使用人を雇うにしても確かな筋から身元がはっきりしている者を紹介された方が安心でしょう」

「ちょうど弟が『執事になりたい』と勤め先を探しておりましてな。我がコッコ家もそれなりにやんごとなき血筋でございますので、そこらの適当な所へほいほいと行かせるわけにもゆかず……しかし中々良いところに決まりもせず……」

「その点、王女様の支援を受けておられるチトセ嬢の所ならば、お互いにちょうど良いのではないかと思いまして」


 そう仰られたドゥさんの手配により、新年祭から数日後、侯爵家の紋章がついた立派な二頭立ての箱馬車がお迎えにやってまいりました。


「本来なら弟にこちらへ来させる所ですが、どのような家の出なのかご覧になられた方が安心できましょう」

「……ドゥさん信用してますから大丈夫ですよ?」

「では参りましょうぞ!」


 装飾付きの二頭立て馬車に腰が引けていたチトセ様を意に介さず。ドゥさんの一声で、私を含めた3人はあっという間にコッコ侯爵家へと運ばれたのです。


 豪邸の立ち並ぶ貴族街。

 その中でも一際豪華なお屋敷が、中央都市におけるコッコ侯爵家の住まいです。


 コッコ家は領地に本邸がございますので屋敷の規模はこれでも控えめ。敷地の広さはメェグエーグ家本邸に遠く及びません。

 しかし、司祭でもあるメェグエーグ家の控えめで落ち着いた佇まいとは違い、コッコ家の屋敷は周囲の全てを威嚇するかのような猛々しい鶏の装飾によって構成されておりました。


「……門構えが高級すぎてヤバイ」

「あの鶏のレリーフは名工と謳われた8代目当主の作品でございますぞ!」

「御先祖様、御自分で作っちゃいましたかー……」


 門と扉が開かれ、ドゥさんの先導により屋敷へと案内されます。

 中にはずらりと並んだ使用人。

 分家の方々なのでしょうか、使用人にも鶏の獣人が多いです。


「お帰りなさいませ、若様」

「戻りましたぞ。予定通り、『ハルカ工房』のチトセ嬢をお客様としてお連れしましたぞ!」


 弟を呼んでくると言い残したドゥさんと一度別れ、屋敷の執事に案内されるまま毛足の長い絨毯の敷かれた廊下を進みます。

 そこかしこに鶏の芸術品が置かれた素晴らしい廊下なのですが……何故でしょう、進行方向から剣戟のような音が聞こえてまいります。


「……失礼、少々お待ちを」


 振り返り一礼した執事が笑顔のまま少々進み、吹き抜けの柱へ手を掲げました。

 埋め込まれていた魔法式が起動。手摺の彫刻にカモフラージュされていた伝導溝に魔力が光り、吹き抜けを結界で覆います。


「お待たせいたしました、どうぞ」

「は、はい?」


 わけがわからない、というお顔のチトセ様と共に進みますと……吹き抜けの一階で、見覚えのあるお姿が二名、剣も魔法も遠慮なく用いて切り結んでいるのが見えました。


「だぁから! 親がごちゃごちゃ口だす事じゃねぇって言ってんだろクソジジイ!」


 渦を巻く炎の中、身の丈を超える幅の広い大剣を振り回しているのは、冒険者ギルドマスターのローシャ・コッコ。


「貴様が親を語るなぞ片腹痛いわ永遠の青二才が!! 降嫁なされる王女殿下が結婚式を執り行わぬなぞ前代未聞なのだぞ!?」


 相対するのは、刺突剣に炎を纏わせた老齢の鶏の獣人。離宮務めの要人が着用されるローブを纏ったお姿は離宮周辺で目にした事がございます。コッコ侯爵家当主にしてヴァイリールフ王国の宰相、グロリアス・コッコその人です。


「当人が冒険者の流儀に習いたいっつってんだからいいじゃねーか! 王女様御本人の御希望なんだからよぉ!!」

「大馬鹿者がぁ! 王族と侯爵家ともなれば本人だけの話ではないと何度説明すればその筋肉しか詰まっていない頭に刻まれるのだ!! 自分が後を継がぬからと言って好き勝手言いおって!! コッコ家に立った醜聞を丸っと背負う事になるドゥーイーの事も考えんかぁ!!」


 豪快な大剣の薙ぎ。

 鋭い細剣の突き。

 両者とも、四肢に光る身体強化の魔法の輪は最大の5連。

 凄まじい斬り合い突き合いと、お二人と共に踊るような荒れ狂う炎の渦が二つ。

 余波が先程執事の手によって貼られた結界により弾かれております。

 見た所、両者とも中々に本気の打ち合いの御様子。冒険者ギルドマスターは元Sランク冒険者ですが、それに拮抗できる御老体とは……宰相も相当の手練れのようですね。


 ──ギィィイン!


 と、鋭い金属音を立てた鍔迫り合い。

 得物の動きは止まろうとも、魔力での殴り合いは続いております。

 刹那こちらへ向けられるギルドマスターの目線。


「ってーかストップ! ストップ!! 客来てる! 客!! 例の工房のチトセ嬢!! あのお嬢の前で暴れたら、今度こそ骨ジジイに何されるかわかんねぇんだって!!」

「ぬぅう?」

「ひえっ」


 眼光鋭い目線が、ちらりとチトセ様に向けられました。


「……うむ、合格!」

「えっ?」

「はぁああ!?」


「エスティ様やドゥルドゥに万一ありそうな輩ならばどうしてくれようかと思ったが……中々どうして、若いながらに責務を解した目を持つ御婦人よ! コッコ家の末子ドゥルドゥが使命を見出すに相応しいわ!!」

「っ、てっめ! クソジジイ!! 女と見れば見境なく甘くなりやがって!!」

「やかましいぞ青二才!! この程度の事が! わからんから! 貴様はいつまでたってもヒヨッコなのだああああああ!!」

「ゴケーッ!!」


 咆哮と共に、結界の内側を覆う炎の波。


 戦況がわからなくなった所で、執事は眉ひとつ動かさずにチトセ様を促しました。


「では、お部屋へまいりましょう」

「ええっ!? えっと……放っておいていいんです?」

「はい、いつもの事ですから」

「いつも」

「はい。コッコ家は類稀なる火属性魔法超適性の一族ですので。この結界におさまる内は、緊急ではございません」

「わぁ……」


 歩みを再開する我々。

 真横の結界の中で渦巻く炎。

 ……時折、炎と一緒に巻き上げられているギルドマスターが見えますが。見なかった事にいたしましょう。


 そこで、首を傾げられていたチトセ様が、ふと仰られました。


「……さっきのって、『降嫁するにしても身分の高い二人なんだから、ちゃんと王女様の口からこれこれこういう理由で結婚式はしませんって発表しなさいよ。っていうのを父親であるお前が伝えなさい』ってことですよね?」


 執事は驚いた顔で振り向き、満足げな顔で頷きました。


「お見事でございます」


 さすがはチトセ様でございます。



 * * *



「そうしたらね、うちの子ったら顔真っ赤にして『ヨ、ヨメはいいけど、王様はイヤだ!』って!」

「あー、かわいいですねー!」


 案内された応接室には、何故か冒険者ギルドマスター、ローシャ・コッコの奥方様が待ち構えておられました。羽毛の艶が美しい、鶏の獣人の御夫人です。

 せっかくだからとお茶を振舞われ、2番目の王女カノーティア様とお相手のロットフレアさんとの馴れ初め話をお聞きしています。

 幼い二人の可愛らしい恋のお話に、チトセ様の緊張もすっかり解れた御様子。

 そんな穏やかなお茶会を楽しんでおりますと、扉が叩かれドゥさんがいらっしゃいました。


「母上! 先にこちらに来ているなら言ってくだされ。同席したいと仰っていたので、探しましたぞ」

「あら? 伝言頼んだつもりでいたわ。ごめんなさいね」


 にこにこと悪びれずに笑うコッコ夫人に、やれやれと頭を振りながらドゥさんは後ろに控えていたもう一人の鶏獣人さんを前へ促しました。


「大変お待たせいたしましたチトセ嬢。こちらが小生の弟。ドゥルドゥでございます」

「初めまして、チトセ様。小生はコッコ家の三男、ドゥルドゥ・コッコと申します」


 逆三角の逞しい体つき。

 真っ赤なトサカに磨かれた嘴。

 ふさふさの尾羽。


「……ドゥさんそっくりですね」

「そうですかな?」

「兄は祖父似で、小生は母似なので、あまり言われた事はございませんな」


 違いがわかりません。

 口調もよく似ていらっしゃるので、同じ服を着られたら区別をつけられる自信がございません。

 ですが、そのあたりはともかく……丁寧な立ち振る舞いはしっかりと教育を受けた人のそれ。さすがは侯爵家の御子息といったところでしょうか。

 チトセ様から、事前に打ち合わせていた簡単な質問を2,3していただき、その答えに特に問題は見受けられませんでしたので、『大丈夫です』の意を込めてチトセ様に頷けば、チトセ様も頷かれます。仕事に関しては順に覚えればよいのです。


「……あと、アリアはメイドなんですけど、完全に私付きの従者みたいな感じなんです。発言権や優先順位はアリアが上で、その下についていただく事になりますが、それは大丈夫ですか?」

「もちろん、お仕えするお家のしきたりとあらば、否はございませぬ。忠誠を誓う小生は執事ですので。侯爵家三男という肩書は二の次。気を使っていただかなくとも大丈夫ですぞ」


 チトセ様のお言葉に、私は天にも昇るような心地でした。

 大切に、重宝していただけている!

 本当に、チトセ様という素晴らしい主を得られた私は果報者です。


「あとですね……これだけは先に確認させてほしいんですが」


 そこで、チトセ様は姿勢を正してドゥルドゥさんをまっすぐに見つめました。


「ドゥルドゥさんも……夜明けのモーニングコールはいたしますか?」


 ドゥルドゥさんは……静かに目を閉じ……


「──もちろんですとも!!」


 それはそれは力強く同意なさいました。


「一日の始まりを告げ世界を照らしてくださる大いなる陽光! まさに希望そのものとも言える光の神の現世の御姿! それを! 命の息吹! 我らは生きているのだと! 可能な限り天まで届くよう鳴き誇ってお迎えする事こそ鶏の獣人の誉!! たとえ天地がひっくり返ろうとも果たさねばならぬ、原初のルーツより遥々続いてきた我らの使命にござりまする!!」


 ああ、これは……


 うんうんと頷くコッコ家の方々。


 ドゥルドゥさんの言葉を聞き、その様子を見ていたチトセ様は……とても静かに笑顔を浮かべていらっしゃいました。

 そして……


「採用ー!!」

「ありがたき幸せ!!」


 予想外の言葉が私の耳を打ちました。


 やりましたぞ兄上! ついに小生も忠誠を捧げお仕えする主を得られましたぞ! と歓喜の抱擁を交わす御兄弟。拍手を贈る御夫人。


「……チトセ様?」


 そっと声をかけますと、チトセ様は笑顔のままそっと目を逸らされました。


「……だって、『歓待の日』にみんながバラバラになる話したら、なんか寂しくて……あの鳴き声が無くなったら、絶対ホームシックならぬ長鉢荘シックになるもん。あと、いまさらモーニングコール無しとか、生活のリズムが崩れる気がする……」


 ああ……

 おいたわしやチトセ様……すっかり染まってしまわれていたのですね……


 侯爵家三男というしっかりとした身の上にも関わらずお仕え先が見つからなかったのは……どうやらモーニングコールが原因だったそうで。

 しかし今回、そのモーニングコールで雇用が決まったのですから、世の中わからないものです。



 * * *



「『ハルカ工房』の建物が完成いたしましたら、住み込みでお仕えさせていただきましょうぞ! チトセ様、どうぞ小生の事はドゥルとお呼びくだされ」

「わかりましたドゥルさん。よろしくお願いします」

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