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歓待の日


 厳かな一日目、そして準備に大わらわの二日目を超えて。春の新年祭も三日目となりました。

 チトセ様のお顔も、筆頭司祭様とお話されてからは明るいまま。

 天気は爽やかな晴れ模様。

 風も穏やかな、絶好の祭り日和です。


「新しい年に、乾杯!!」

「かんぱーい!」


 無事に新たな年を迎えた喜びと。

 冬を越えて暖かくなった喜びと。

 祭りの準備をどうにか間に合わせた喜びと。

 そんな喜びに満ち満ちて、酒場や広場だけでなく、あちらこちらの庭先からも乾杯の音頭が聞こえてきます。子供達も、大人の真似をして果実水の入ったコップを持ち出し、乾杯とはしゃぎまわるのです。


 黒い布で飾られていた街は、一日明けて白い布で飾りなおされ、街中の雰囲気も明るく爽やかな物に生まれ変わっておりました。


 この日も、街のほとんどのお仕事はお休みです。

 家族や恋人や友人や近所の方々と酒杯を片手に騒ぐのが『歓待の日』のお約束。

 酒場はここぞとばかりに稼ぐそうですが、宿等は主人も嬉々としてお客の飲み会に参加してしまうのだとか。

 そして王宮でも、集まっている貴族達による春の大舞踏会が催されている事でしょう。

 どんな身分の方でも、この日は飲んで踊るのです。


「では!! 僭越ながらこの私、ドゥーイー・コッコが! 長鉢荘の宴の音頭を務めさせていただきましょう! 今年もまた、皆様と共に、健康に新年を迎える事ができ──」


 長鉢荘も、井戸の広場に椅子を持ち寄り、住人たちによる新年の宴会が始まりました。

 新年祭は帰省される方も多いのですが、今年の長鉢荘は珍しく全員揃ってのお祭りとなったとの事。

 並ぶ面々はいつも朝に突き合わせる顔ぶれで、ポカルさんの布もいつも通り、スティシアさんは外に出るのを渋ったので自室の窓からの参加です。


「──そして今年はおそらく、長鉢荘から巣立つ方々も多い事でしょう! それらもまとめて! 新年の! めでたき日に! ──スゥォオオオオオオオオ……ッ!!」


 ……あら?



「クルォケコッッッコォォオオオオオオオオオオ!!!!」



 …………不覚。完全に不意打ちでございました。


「っ! ……ドゥーイィィイイ!!」

「はい、乾杯」

「かんぱーい」


 長鉢荘の新年も、いつも通りに始まるのですね……



 * * *



「そうするとポカル殿も夏の初め頃にはここをお出になる?」

「そうですね、先方の都合次第ではもう少し早くなるかもしれないです」

「パトロンはネルヴ男爵だっけ? 先代はあんまりいい噂聞かなかったけど、代替わりしたらまともになったのかねぇ」


 広場にテーブルも追加で持ち込み、お酒とお料理を並べて本格的に宴席の場が整えば、新年の話題は当然のように職人としての将来の展望へと移って行きました。


「チトセも工房が出来たらスティシアと一緒に引っ越すのよね?」

「うん。早くても夏にはって思ってたのが……なんか、遅くても夏にはって感じになっちゃったけどね」

「あっというまでしたなぁ」

「長鉢荘からの巣立ちとしては最短かもしれないね」


 長鉢荘を出るつもりがないのは、管理人を兼ねている『ムキムキ小麦』と、ハンジェスさんの『ワンダラーの友』もここを使い続けるつもりだそうです。

 サンドラさんは御主人の仕事場に近いこの立地と、長鉢荘のお世話を気に入っているので、体が動く内は長鉢荘のパン屋さんを畳むつもりは無いのだとか。

 ハンジェスさんは職人活動の他、ヴィーレリリンの演奏して回る旅人としての活動も気ままに行っておりますので、サンドラさんが管理してくださる長鉢荘がちょうどいいとの事。


「私とウィルも、二人の貯金を合わせたらちょうどいいお店が持てそうだから。そう遠くない内に、冒険者ギルドの近くに引っ越すと思うわ」

「魔道具屋兼香水屋っていう、よくわからん店になりそうだけどな」


 ウィリアムさんは腕の良い魔道具職人なので、既に孤児院『ブラックベリー』に弟子希望者が数名いらっしゃるそうです。「お仕事手伝ってくれる子がいたら、子供ができても安心ね!」と嬉しそうなマーガレッタさんに笑顔で言われ、ウィリアムさんは顔を真っ赤にされていらっしゃいました。


「いやはや、皆様おめでたい話が多くてなによりですなぁ。小生も良い物件があれば隠れた名店をオープンできるのですが……あまりの見つからなさに、実家を継いだ後で屋敷に作業場を作る事になりそうな気がしておりますぞ」

「ドゥさんはその方がいいと思いますよ?」


 何名かの方々がチトセ様のお言葉に深く頷かれました。『不毛のドゥーイー』によるギルドでの終わらない物件探しは、皆様知るところなのですね。


「ねぇ皆、お引越ししたら住所教えてちょうだいね? 私、ここの皆とは、出てからもずっとお友達でいたいわ!」


 マーガレッタさんのお言葉に、皆様微笑んで同意なされます。


「もちろん!」

「おお! 素晴らしき長鉢荘の絆! 当然お手紙も送らせていただきましょうぞ!」

「嬉しいです」

「光栄さ、よろこんで」

「あたしがここを出るのは店を畳む時だからね。その時は最後のパンでも食べに来てもらおうかね」


 思い思いな快諾の返答に目を輝かせているマーガレッタさんは、私にも目を向けてくださいましたので、私ももちろん笑顔で了承の意を込めて会釈させていただきました。

 嬉しそうに微笑んだマーガレッタさんは、最後に窓から顔だけ出しているスティシアさんにも笑顔を向けます。

 ……まさか自分に向けられるとは思わなかったのでしょう、スティシアさんは長い髪の隙間の目をきょろきょろと泳がせて……笑顔の圧に負けたように、小さくなりながらこくりと小さく頷きました。


「やったわ! コンプリートよ!」

「マーガレッタによる長鉢荘の完全攻略」

「笑顔がステキな女性にかなう者などおりませんぞ!」


 穏やかな宴席は、やがてハンジェスさんのヴィーレリリン演奏会となり、そして小さなダンスパーティへと移っていきます。


 長鉢荘での、最初で最後の『歓待の日』

 チトセ様に良き思い出となったようで、とても素晴らしい一日でした。



 * * *



「時にチトセ嬢。新しい工房はそれなりに大きなお屋敷だと耳にしましたが……執事はお決まりですかな?」

「いえ、まだです」

「では、私の弟など、推薦させていただいでもよろしいですかな?」

「……弟さんいたんですか」



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― 新着の感想 ―
[一言] 誰にも認知されない隠れた名店ならもう自分で作るしかないかなぁ
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