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幕間:転換の日


 ──『転換の日』に赤子は生まれない。


 神が次の年の命のために、魂の流れを一度止める日。

 新たな命を孕んでいる体はそれを無意識に感じ取るのか、この日に産気付く事はないのだ。草木だろうと、動物だろうと、魚だろうと、魔物だろうと、ヒトだろうと、この理には逆らえない。そも健やかなる子を産むためには逆らう必要もない。

 この世界が生まれ、管理する神々が滞りなく理を回し始めた時から、ずっとずっと、この仕組みは変わっていない。


 しかし、何事にも例外は存在する。


 決して産気付かない『転換の日』

 しかし、その前日の、『送りの日』の夕刻過ぎにお産が始まってしまうことはあるのだ。

 この世界の赤子は、赤子が生まれて母親と切り離されたその時に魂が宿り、産声を上げる。

 夕刻過ぎに始まったお産に時間がかかり、日をまたいでしまったら……その子は魂の流れていない『転換の日』に生まれてしまった事になる。


 本来ならば……その地を管轄する神が魂の流れを止めている以上、その赤子に魂が宿るはずは無いのだろう。

 生まれながらに死なねばならぬ。

 本来ならば、そうだった。


 しかし、神々はそういった赤子に慈悲を与えた。


 どの神の管轄する地であろうとも、『転換の日』に生まれてしまった赤子には、命を司る光の神が魂を授けてくれるのである──



「……そうですか、『転換の日』に生まれましたか」

「ええ……残念ながら」


 中央都市フリシェンラスの商人ギルド応接室にて、商人ギルドマスターと向かい合っているのは、テオドール・メェグエーグ侯爵。

『転換の日』の夕刻に、この二名が顔を突き合わせるのは毎年の事。

 話し合いの内容はいつも同じ、『転換の日に生まれてしまった子を保護するための、お守りの材料について』


 光の神の慈悲によって魂を得た『転換の日の子』は、とても不安定な存在なのだ。


 光の神は光と命を司っている。だから、魂の流れが止まっている地で生まれた子供に魂を授ける等という無理を通すことができるのだ。

 しかし、光は闇と表裏一体。

 闇の神は闇と死を司る。光の神から魂を与えられた子は、光の適性がとても高いのと同時に、闇に……そして死に、非常に影響を受けやすい性質を持つことになる。


 具体的には……病や発作を起こす事が多く、突然死の可能性がとても高い上、死んでもいないのに突如アンデッド化する事すらある。


 ヴァンパイアやリッチ等の強力なアンデッドは、そのほとんどが『転換の日の子』だと言われている。それほどに、ある日突然コインを裏返したかのように、性質が反転してしまう事が多いのだ。

 授けられた魂がそういう性質をしているので、根本的な解決は不可能……そもそも、本来は生まれる事のできない命だったのだ。生きているだけ御の字なのである。

 だから『転換の日の子』は、光の魔法を籠めたお守りを肌身離さず持たせるしかない。


「……私の孫を含めぇ、今年のフリシェンラスでは3名が『転換の日の子』となりました。ひとまず全員、神殿で保護しております」

「3名分ですな、承知しました」


 すぐにギルドマスターが人を呼び、職員に材料の手配をさせる。

 そして……


「ああ、そうだ……こちらもお持ちください」


 ことりとテーブルの上に置かれたのは、ひとつの糸巻きであった。

 糸そのものが光を放つ不思議な代物に、メェグエーグは目を見開く。


「これはもしや……チトセ嬢の?」

「ええ、光を紡いだ糸だそうで……いやはや、こんなことも出来るのですな。アンデッドである私が知らずに事故が起きてはならないと、先におひとつ渡してくださったのですが……正直、糸の部分に直接触れたら三日ほど寝込みそうなくらいには素晴らしい光属性ですぞ」


 それはそうだろう、光そのものなのだから。

 テオドールは震える手で糸巻きを手に取った。


『転換の日の子』に必要なお守りはとても高価なのだ。

 光の属性を帯びた魔石の希少価値が高い上に、その効果を生かすためには土台にミスリルが必要になる。

 だが、この糸ならば……この糸が普及したならば、『転換の日の子達』はもっとずっと生きやすくなるだろう。


「いただいてよろしいのですか?」

「ええ、チトセ嬢には有事の場合に使用する許可は得ております。生まれたての命をつなぐ事が有事でなくてなんでしょう!」


 聞けば光の糸は他の糸とは違い、光を発し尽くすと消滅してしまうらしい。数か月は持つはずだが、まだ明確な期限を確認していないので、その点は注意が必要との事。

 それでも、最もか弱い生まれた直後を守るには、なんとありがたい存在か。


「……ありがとうございます」


 深く深く、頭を下げて……心の中で、不思議な紡ぎ士にも最大級の感謝を述べる。


 異世界から来た女性。

 一度死んで、神が異なる世界で復活したが故に、己の生命に確信が持てなかった迷い子。


 ──大丈夫。


 何度でも励まそうと心に誓う。


『転換の日の子』も、悪い事ばかりではないのだ。

 強い光の適性を持って生まれるので、光属性の使い方さえきちんと学べば、逆にアンデッドに強い存在となれる。その適性が必要な『鎮魂士』や『鎮魂騎士』は引く手数多で食うに困る事はない。

 彼女がもたらした光の糸は、『転換の日の子達』がそこまで辿り着く大きな助けとなってくれる。


 それと比べれば、話を聞いて背を押す程度、何と言う事もない。

 嗚呼、後日礼を伝えに行かねばならない。追加のお守り用の糸も注文しなければ。


 今日、この日はまさに、神殿にとっても『転換の日』であったのだ。



 * * *



 この年から、中央都市フリシェンラスの神殿で保護されている『転換の日の子達』には、光を束ねたような編み紐のお守りが足首に巻かれるようになり。

 生まれたばかりの赤子は特に、かつてないほど健やかに育つようになったとか。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 光の糸はここにつながったのかー。息災あれ。
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