お得意様と吟味
大門近くの露店通りへ買い出しに出たある日の事。
門の外から大通りまでずらりと続く長蛇の列を見かけました。
流行りの店に列ができる事は珍しくありませんが……その列の向かう先は大門の外です。それも平民だけでなく、それなりに身なりの良い方々も楽しそうに並んでいるではありませんか。
いったいどこへ向かっているのかと、開かれた大門の向こうを覗き込もうとしたところ、見張りの兵士さんが声をかけてくださいました。
「ようメイドさん。この行列見たの初めてかい?」
「ええ、これはいったい……?」
「なんかな、門の外に新しく櫓が出来たんだよ」
「やぐら、ですか?」
ほらあれだ、と指す先には……なるほど、丸太を組んだ櫓のような物が見えます。骨組みこそ簡単な構造であるものの、戦場で使う物とは違って上り下りに苦労しないよう緩やかな階段がついておりました。
「……皆様、あれを目当てに?」
「そうなんだとよ。なんでも商人ギルドが農場と契約して作ったらしい。雪ユリの花畑が見られるって聞いた奴らが押し寄せて、ここ数日はこの有様だ。何が流行るかわかんねぇもんだなぁ~」
「……なるほど」
上るのに料金を取られますが、庶民向けの定食屋でお昼を食べる程度の金額なのだとか。それでもこれだけの人数が訪れれば、それなりの売り上げになるでしょう。
列には他国からの旅行者と思しき装いの方々も多く見受けられます。チトセ様が仰っていた、観光客の方々が喜びそうというのは、まさしくその通り。
さすがは商人ギルドマスター。チトセ様の呟きから商機を見出すのはお見事です。
肩からかけた箱に暖かい飲み物を並べて売り歩く方もちらほらいらっしゃいました。商魂逞しいですね。
フリシェンラスに、新しい冬の風物詩が生まれたようです。
* * *
王家の依頼とも言える大口の仕事を抱えた『ハルカ工房』は、あっという間に修羅場と呼んでいい忙しさに見舞われました。
多忙に入るのを見据え、大急ぎでキュアプルクラゲを大量に紡ぎ潤包布の在庫を確保。
直後に『キャリジス堂』から──どこからこんなにかき集めたのでしょう──大量のビー玉と、新鮮で色艶が良いものを厳選したと一目でわかる雪ユリの山が届けられ……
リーリャさんは見習いということで、私やナノさんと一緒に雪ユリの花弁を採取して変色部分を取り除く作業を。
そしてチトセ様が片っ端からそれらを紡ぎ、雪ユリの糸は順次スティシアさんが織るという流れ作業が続けられました。
「ナノちゃんごめんね、こっち手伝ってもらっちゃって」
「店長、ナノだって『ハルカ工房』の従業員なのですです!」
「ありがとう! ナノちゃん真ん中のおしべめしべ取るの上手いから本当に助かる! ありがとう!」
「チトセ様、こちら本日分の雪ユリです。私は昼食の支度にかかります」
「はーい、よろしく!」
目の回るような忙しさの中で……私はそれはそれは充実した多幸感を覚えておりました。
チトセ様のお仕事のお手伝い。それをこなしつつも、家事や食事を疎かにしてはなりません。お掃除をし、届いた素材を運び、お食事の用意と、お仕事のお手伝い、そしてスティシアさんのお世話と、お片付けにお洗濯……
お屋敷でパーティがある時のような、日頃の手腕を存分に奮って主人に尽くすこの感覚! 長鉢荘はこじんまりとして可愛らしいのですが……このサイズのお家では、やはりこの感覚はそうそう味わえないのです。生きているのだという実感すら覚えます。
メイドになる前の前職はどうにも張り合いが無かったというか、退屈だったというか……一仕事終える度に虚無感に襲われるばかりだったので。やはり私の天職はメイドなのでしょう。
新築予定の工房はそれなりに大きなお屋敷ですから、今から楽しみですね。
……おっと、スティシアさんが一反織り上げて倒れました。
「チトセ様、雪ユリの生地、一反織り上がりました。スティシアさんは御休憩に入っています」
「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!! ……キュウ」
「……チトセ様、ナノさんも布地の素晴らしさに歓喜の声を上げて倒れてしまわれました」
「休憩入れてあげてー、生地はチェックするねー」
「ナ、ナノお姉ちゃん、喜んでたんだ……」
「感極まると叫ぶ人多いから、リーリャちゃんも早めに慣れてねー」
気絶したナノさんは、丸まったワフフさんのお腹のあたりにそっと横たえておきます。
チトセ様が雪ユリの布をさらりと広げると、それはそれは美しい布地が煌めきを纏わせてお目見えしました。
影が薄青になるほどに透明感のある純白。
指を這わせれば花弁特有の滑らかで優しい感触を味わえる不思議な布。
このような布は始めてお目にかかるというのに、雪ユリの乙女やフェアリーはきっとこのような衣装を纏っているに違いないとさえ思える……まさしく花を紡いで織り上げた生地。
「う~ん、最高の華片紬! さっすがスティシアさん、良い仕事するなぁ……この手触りは華片紬じゃないと出せないよ」
「こ、こ、こんな綺麗な布も作れるように、な、なるんですね」
「そうだよ、それこそこれはお姫様の花嫁衣裳だからね!」
「ふわわわわっ……リ、リ、リーリャも、い、いつか作れるように、なりたいですっ」
見習いさんには、実に素晴らしい目標となったようです。
* * *
さて、そのように忙しく日々を過ごした数日後。
なんと、『キャリジス堂』の店主であるヨークさん自らが、お孫さんに木箱を持たせて『ハルカ工房』へ来店されました。
「銀糸の素材、心当たりを一通り少量ずつお持ちしました。一緒に確認をしていただければ」
「わざわざありがとうございます」
店舗スペースにて、カウンターの上に置かれた木箱から、ヨークさんがひとつひとつ取り出して素材の説明会。
最初に取り出されたのは丸く平たい銀色の貝殻です。
「こちらは鏡貝の殻です。固い素材なのでどうかと悩んだのですが、銀の輝きは申し分ないかと」
「貝殻は……というか生き物の体の一部は固くても案外大丈夫ですよ。内側の、虹色に煌めく方を紡いだ螺鈿糸は刺繍糸に最高です」
「ほうほう、螺鈿糸……」
続いて取り出されたのは、銀色の木の葉。
「こちらは通称『銀貨の木』と呼ばれる木の葉です。御覧の通り、丸みのある葉が銀色をしていて銀貨に似ているのでつけられた名前ですな。子供もままごとによく使います。今は冬なので屋外の木は葉を落としてしまっておりますが……縁起物なので観葉植物にしている者は多いですから、量は揃えられるかと」
「葉っぱはですね……これも、たぶん糸にするとざらつきますね」
「ざらつく……麻紐のように?」
「そうです。葉脈を全部は取り除けないですから、柔らかい花弁と違って、紡ぐと滑らかにはならないんです」
そう言いながら、チトセ様は秋に紡いだ落ち葉の糸巻きを参考に取り出しました。
「ははぁなるほど……これはこれで味がありますが。花嫁衣裳にはいまひとつですな」
「木の葉の糸はカーテンにお勧めです」
「ほうほう、カーテン……」
ヨークさんは話をしながら、せっせと手帳にペンを走らせています。
……おそらく、原料確保の参考になさるのでしょう。
お孫さんも、とても興味深そうに目をキラキラと輝かせて参考用の糸をご覧になられています。
続けて箱から取りだされたのは、美しく大きな銀色の鱗。
「こちらはお持ちするか少々悩んだのですが……銀長魚という魚の鱗です」
「すごく綺麗な銀色ですけど……?」
「身が美味しく人気のある魚なのですが性格がかなり獰猛らしく……人魚の間では気性の荒い相手を『銀長魚』と呼ぶそうで……」
「あ~~~~……それは……花嫁さんには微妙かもですね。糸が流行ったら評価が変わるかもですけど、変わる前はどうかな……」
「しかし、魚の鱗自体は素材としては問題ないのですな?」
「魚の鱗の糸も螺鈿糸ですよ。すごく綺麗です」
曰くが無かったらこれが良かったなー、とチトセ様も残念そうに呟きます。
私の目から見ても銀長魚の鱗はとても美しく、箱に数種類並んでいる素材を見比べましても、この鱗が最も良品であるように思えました。
と、チトセ様はふと思いついたように首を傾げました。
「……そういえば今更なんですけど。ビー玉って縁起とかどうなんです?」
ヨークさんは驚いたように目を見張ります。
「何を仰られますか! 蜂は多産の象徴、蜂蜜も金色も富の象徴ですぞ! 身分の高いお方が好む要因しかございません! ……知らずに作っていらしたとは……奇跡ですな」
「わぁ、そうだったんですか……やっぱり問屋さんはお詳しいですね」
お互いに驚きながら、次の素材へ。
……しかし、ここからは銀色の発色が一段落ちてしまう素材が続き、双方悩ましいお顔で天井を見上げる結果となってしまいました。
「……いわくつきでも銀長魚を入れた気持ちがわかりました。この鱗見ちゃうと他で妥協したくないですよね……」
「お判りいただけてなによりです」
さてどうしたものか……と頭を抱えていると、店の扉が開いて見た事のあるお顔が覗きました。
「あら……お取込み中だったかしら」
「いらっしゃいませ、『シェルクレール』様。本日はどのような御用件ですかです?」
「チトセ様に、糸によさそうな魔物の素材を持って来ましたの。ですが、お忙しいようでしたら、また後日……」
出直そうとされた冒険者パーティ『シェルクレール』さんを引き留めたのは、商人らしい笑みを浮かべたヨークさんでした。
「いえいえ、私共もちょうど糸の素材の事でお話をさせていただいていた所です。ラーツェン家の御令嬢が持ち込まれる素材とあらば、ぜひお目にかからせていただきたい!」
「その口ぶりですと、私のこと御存知?」
「これは失礼。私、服飾素材系問屋『キャリジス堂』の店主を務めております、ヨーク・キャリジスと申します。お見知りおきを」
「ああ、『キャリジス堂』の御方。子供の頃、父に連れられて行った記憶がありますわ。……よくお分かりになったわね」
『シェルクレール』のリーダーであるフィアーチェさんは、本名をフィアーチェ・ラーツェン。子爵家の御令嬢なのだとか。
なお、ヨークさんは家名こそお持ちですが、何代か前の御当主が豪商として国に認められたことにより賜った家名との事。
突然店舗で始まった高貴なお話にチトセ様は固まっていましたが、結局は輝かんばかりの笑みを浮かべたヨークさんに押し切られる形で、『シェルクレール』のメンバーの方も御一緒に全員揃って奥の工房スペースへと移動しておりました。
「それなりに大きいので……こちらでよろしいかしら?」
「大丈夫ですよ」
フィアーチェさんが鞄型の魔道具からずるりと取り出したのは……とても大きく、ずいぶんと毛足の長い毛皮。
しかも、その毛の色が……
「銀色の毛皮……!」
「ガイアゴートという魔物の毛皮ですわ」
「ここみたいな北国に住むヤツは、毛が銀色で長~くなるのが特徴なんやて」
「家のように大きなヤギだったな」
「毛が長いから、角以外の見た目はほとんど羊だったけど……」
とても大きな、それでも切り分けてくださったのでしょう、大きな大きな銀色の毛皮を呆然と眺めていたチトセ様は、ふと思い当たって声を上げました。
「えっ、待って? 私の所に持って来るって事は……この綺麗な毛皮が使い道無かったってこと!? 嘘でしょ!?」
悲鳴のようなチトセ様の声に、『シェルクレール』の方々は共感の表情でうんうんと頷かれました。
「皮の部分がな……薄ーく綺麗に剥がしとるのに、なんでか処理の過程でデコボコのゴツゴツになるから、何にするにも使えんのやて」
「毛が長すぎてゴミが絡まるので絨毯にも向かないそうですわ」
「しかも大きいから丸ごと持ち帰る事ができないし、生息地は近くに村も無い。極寒の季節に時間をかけて毛刈りするわけにもいかんしな」
「でも間引かないと森が禿げますし、ドラゴンの餌場になるとマズイんです……お肉はヘルシーですごく美味しいから人気ですけど……」
「ヒドイ……もったいない……」とチトセ様が悲痛な声で顔を抑えて嘆かれます。
そして……一連の流れと銀の毛皮を呆然と見ていたヨークさんは
「これじゃああああああああああ!!!」
と、盛大に雄叫びを上げられました。
声に驚いたリーリャさんが驚いてぴょんと跳ねました。
「なっ、なんやなんや!?」
「チトセ嬢! この毛を紡ぐ事はできますかな!?」
「できまーす、すっごく綺麗な銀糸になると思いまーす」
「ならばよし! ヤギは豊穣の象徴! 縁起担ぎも申し分なしじゃ! いやはや需要の無かった魔物素材とは……市場に回らず現地に置き去りにされる魔物の一部を、冒険者ではない我々が知るはずもない。魔物図鑑を一通り見直さねば!」
「私も商人ギルドで『魔物素材は冒険者ギルドの方が詳しい』って言われた意味を実感しました……あ、前にクリスタルオウルの討伐してくださったの、『シェルクレール』さんですよ」
「おお、ならばそちらの討伐依頼を指名で出させていただくといたしましょうぞ! そしてこの、ガイアゴートの毛皮も買い取らせてくだされ! 王女様の花嫁衣装に使う銀糸もこれで解決じゃ!!」
──王女様の花嫁衣装に使う
その一言で『シェルクレール』さん達は凍り付き、じわじわとその言葉の意味が浸透し……
「キョェエエエエエ!?」
と、謎の奇声を発してひっくり返られたのでした。




