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雪ユリと夜の散歩


 エスティ王女様からのお手紙に曰く。


『王家の姫の輿入れは、社交界デビューの時と同じく、初代の妃が陽光の加護を受けた雪ユリの乙女であった事にあやかり、雪ユリのように白く、陽光のように煌めく衣装を纏うべし』


 というのが伝統であり、決まり事であるとの事。


 そして、連名で同封されていた、纏う当人であるフィーシェ王女様からのお手紙に曰く。


『歴代の衣装を仕立てる栄誉にあやかった者達は、雪ユリのような白さと陽光のような輝きを如何に表現するか、知恵を絞ったと聞いております。ハルカ工房がどのような結論を出すか、楽しみにしておりますわ』


 と、認められておりました。


「……もしかしなくても、プレッシャーかけられてるね?」

「フィーシェ王女様は今代の王女様の中で最も貴族らしい方だと評判の御方です」


 ですが、お輿入れなど国を挙げての慶事です。事の大きさに比べれば、この程度は念押しの内に入らないでしょう。

 チトセ様もそれを御理解なさっていらっしゃるようで、微笑んでお手紙をしまっておりました。


「まぁ『大事な衣装だから気合入れてよろしくね』って言ってくれた方が、こっちもわかりやすくていいよね。『雪ユリみたいな布』とだけ注文されて、後から王女様の花嫁衣裳だったなんて聞いたらひっくり返っちゃうよ」

「それはそうですです」


 ナノさんが感慨深く頷きます。

 と、いうのも最近ナノさんは貴族家に出入りしている商人を通してオーダーメイドの注文も少しずつ入り始めており。先日、『そのオーダーメイドハンカチがきっかけで、とある伯爵家子息の御結婚が決まりました』と商人から教えられてひっくり返ったばかりなのでした。



 * * *



 さて、本日はリーリャさんがお休みの日。

 家紋入りハンカチとスカーフの注文が入ったナノさんを店番に残して、チトセ様と私は商人ギルドを訪ねます。

 フィーシェ王女の花嫁衣裳を手掛けるにあたり、指定の仕立て屋と一緒に素材の打ち合わせをするためです。

 今回の仕立て屋は『比翼の抱擁』ではありません。

 王子や王女の服を仕立てる職人は、王妃が有望な者を見出し自分が生んだ子に付けるのが慣例。『比翼の抱擁』は第三夫人ミルール様に見いだされた仕立て屋なので、正妃シルティア様の娘であるフィーシェ王女の衣装を主に仕立てているのは別の職人になるのです。


「では、揃いましたので始めるといたしましょう。皆様御存知のスケルトン。商人ギルドマスターのルドルフ・カラドリーアです。いやぁ、今代の王族様方は結婚が遅いので、王家の結婚衣装など第三夫人の時以来という事になりますなぁ!」


 カラカラと骨を鳴らして「めでたいめでたい!」とご機嫌なギルドマスター。

 それにしみじみと頷きながら同意されたのは、美しい白い毛並みを持った犬獣人でもある仕立て屋の女主人。


「花嫁衣装を仕立てる名誉に与りました。仕立て屋『忠節の(ころも)』のファネラ・サモエリードと申します。フィーシェ王女様の衣装は、それこそベビー服の頃から手掛けさせていただいておりますので、実に……実に! 感慨深く! あんなに小さかった姫様もついに御結婚……! 輿入れ先が他国ですので私共が仕立てるのはこれが最後となるのが名残惜しいですが……だからこそ! 姫様の晴れの舞台!! 一切の妥協はいたしませんので、皆様御協力をよろしくお願いいたします!」


 さすがは家畜系に並ぶ忠誠と言われる犬の獣人。感無量といった御様子で、涙をハンカチで拭われながらの決意表明でした。


 座っている席順的に、次はチトセ様の番です。


「『ハルカ工房』の千歳(チトセ)蚕宮(カイコミヤ)です。今回はエスティ様の御紹介により、花嫁衣裳の生地を担当させていただく事になりました。新参者ですが、よろしくお願いいたします」


 本番にお強いためか、度重なる王族の方々とのやりとりで慣れられたのか。チトセ様はとても堂々とされたご挨拶をされました。


 そんな面々をニコニコと見守っていた好々爺といった風体の紳士が一礼されます。


「服飾素材の問屋を務めております、『キャリジス堂』の25代目店主。ヨーク・キャリジスと申します。今回は布地と刺繍糸以外の素材を担当させていただきますが、もし必要な素材があれば手を尽くして御用意いたしますので、遠慮なく仰ってくだされ」


『キャリジス堂』は高級繊維から庶民が使うような麻布まで幅広く取り扱っておられる大商家です。私も、過去にお仕えしてきたお家で何度かお名前を耳にしました。ヴァイリールフ王国内ではとても力のある商会であり、貿易会社です。


 皆様の御挨拶が一通り済みますと、さっそく王女様の花嫁衣装についての話し合いが始まりました。


「今回は噂の『ハルカ工房』様が生地を御用意してくださるとの事で、まず何はともかくどのような布地を作る事が出来る物なのか伺っておきたいんですの。それによってデザインも変わってまいりますから」

「そうですな。使用する宝飾品もそれによって異なってまいりましょう」


 うんうんと頷くお二人に、チトセ嬢は少し考えてから仰られます。


「そうですね……色々考えてはいるんですが。なにぶん、この国に来て半年ほどしか経っていないもので……まず今までの花嫁衣裳がどのような意匠を凝らしたものだったのか、参考までにお聞きしたいです」


 チトセ様の言葉を聞いたお二人は、半年という部分に驚き、次いで納得されたように頷きながらお付きの方に指示して持参されたらしき資料を開きました。


「そうね……『雪ユリのように白く、陽光のように煌めく布地』というのは御存知かしら?」

「はい、王女様にお手紙で教えていただきました」

「歴代王女の花嫁衣装を担当した者達は、まず最初に色の条件を満たすシルクの生地を探すところから開始していたようです。雪ユリに似た色で、可能な限り上質で艶のある物を」

「そこに最も時間がかかっていたと言っても過言ではありませんな。多数の生産国を巡り、最良の一を探さなければなりませんでしたので……時勢によっては、姫様が幼い頃から担当者が様々な国を巡り、年単位で支度を整えたと伝えられてもおります」


 問屋一族のヨーク様が、語りながら遠い目をなされました。

 高級繊維輸入の最大手です。御先祖様の中に、そうした担当者がいらっしゃったこともあったのでしょう。


「そうして選んだシルク生地をベースに、金糸や銀糸で刺繍やレースを施して仕上げるのが定番だったようです。雪ユリや陽光を表現しようと、デザインで工夫を凝らしていたらしいですわ」

「そうですね。ドレスのスカート部分がユリを模した物や、金糸で編んだレースをショールのように纏った物もありましたか……いやぁ、懐かしいですなぁ」


 実際に見た事があるのでしょう、長く存在されているアンデッドのギルドマスターがしみじみと仰られます。

 御自分でデザインの説明をされたかったと思しきファネラ夫人が、物言いたげな目線をギルドマスターに向けていました。

 そして、凡その過去の仕様を確認されたチトセ様が、頷きながら仰られます。


「基本はシルクだったんですね。それなら目新しさは十分かな……今回は、故郷で華片紬と呼ばれていた、花弁を紡いだ糸を織った布。それこそ、雪ユリそのものを紡いで糸にした物を織って生地にしようと思っていたんです」


 おお……と思わず零れたのはどなたのお声でしょうか。


「花弁を紡いで布に……そのような事も可能なのですな」

「それでしたら色味も質感も間違いなく雪ユリそのものになるのでは? 素晴らしい御提案ですわ!」

「ただ……私、雪ユリをまだ見た事が無くて。光沢が足りないようなら、他の素材との混合も考えないと……」

「あら! 中央都市(ここ)に住んでいて雪ユリを見た事が無いのはいけませんよ!」

「どれ、確かいくらかギルドにあったはず……少々お待ちくだされ」


 ギルドマスターの指示により、商人ギルドのスタッフさんが雪ユリを持ってきてくださることになりました。

 待っている間、上機嫌なヨークさんが雪ユリについて教えてくださいました。


「雪ユリは大陸でも北方でしか咲かない花でしてな。ヴァイリールフ王国、それもここ、中央都市フリシェンラスは雪ユリの名産地となっております」

「寒い所じゃないと育たない花なんですね」

「さよう。それも真冬の、分厚く積もった雪の上にしか芽吹かないのです」

「えっ?」

「動かず襲い掛かりもしないので、魔物判定こそされておりませんが……魔力を糧にする魔花の一種ではあるらしい。魔物やヒトが魔法を使った残留魔力に反応して芽吹き、育って咲く。強大な魔法戦闘の跡ならば一帯が雪ユリの花畑になるのだとか」

「ああ~、なるほど魔花……」

「今時期はちょうど最盛期ですな。フリシェンラス周辺は花農家が多いですから、外壁の向こうは花盛りのはず……とはいえ積もった雪の上ですから、街道からはほとんど見えないのが難点です」


 街道は深く積もった雪を掘ってあるので、雪の崖の間を通っているような状態。その崖の上の花畑は、そうそうお目にかかれる物ではないのです。

 外壁の上ならばよく見えるのでしょうが、それは無理な話。どこの都市もそうですが、外壁の上は兵士や雇われた冒険者しか上る許可は下りません。『壁の上の景色に憧れて兵士になり街を守る』という物語は有名な絵本にもなっているほどです。


「なんだかもったいないですね。櫓とかからでも見渡せたら観光客とか喜びそうですけど」

「……なるほど?」


 さて、そんなお話をしている間に、花瓶に活けられた雪ユリが部屋に届けられました。

 花弁は純白でキラキラと煌めき、影は薄青に染まる。花の中央は花粉やめしべがある普通の花とは違い、魔花である証のように氷柱のような透明の小さな花柱が煌めいています。


「わぁ……すごい綺麗!」

「そうでしょう、そうでしょう」

「我が国の国花でもあるのですよ」


 チトセ様は感嘆の溜息を吐きながら、そっと花弁に触れて質感を確認されました。


「……つやつや。これなら大丈夫ですね。色と艶と煌めきはそのまま出ますから、綺麗な布になると思います……あ、でも冬の魔花だからかな、ちょっとひんやりしてますね。内側は別の……クリスタルオウルの千羽織使った方がいいかもです。あれは薄手でもかなり暖かいので」


 チトセ様の言葉に、ファネラ夫人とヨーク様はメモ帳に何かせっせと走り書きをされておられました。


「見た目が雪ユリの通りというのは助かりますわ。デザインは布を待ちながらでも進められる……チトセ様、金糸は是非とも例の蜜珠糸を使わせていただきたいのですが……」

「緊急用にある程度は在庫ありますけど、ドレスの装飾分はちょっと自信ないですね。追加は……ビー玉が採れるようになる春を待っていただかないと……」

「なんのなんの、ビー玉があればよろしいのでしょう? それは『キャリジス堂』の方で探しておきましょう。銀糸はどうされます?」

「銀糸はまだ作ったことないんですよね……」

「ふむ、では銀糸の素材もこちらで探してみましょうか。何か、糸にする材料に制限等ございますか?」

「金属や石は極細の糸にすると刃物のようになってしまうので避けた方が良いです。毒性のある物も避けましょう。糸にすることで安定はしますが、肌への影響は出ますから」


 王族御用達の仕立て屋と、国内有数の商会によって手際よく素材と製品の流れが決められていきます。

 雪ユリを初めとする各種素材は『キャリジス堂』が手配。

『ハルカ工房』で紡いで織り上げ、出来上がったらすぐに『忠節の衣』へ納品。


「宝飾品はデザインがまとまったら宝石職人と打ち合わせをするとして……ああ、いけない! 肝心なお願いを忘れる所でしたわ!」


 慌てたようにファネラ夫人がチトセ様を振り返りました。


「チトセ様。秋の収穫祭で、メェグエーグ侯爵家の奉納品である毛糸を紡いだのは『ハルカ工房』でしたのよね?」

「はい、そうです」

「実は、シルティア王妃様がそれを耳になされて……フィーシェ王女の花嫁衣裳には、ぜひとも王妃様の髪を糸にして刺繍の一部に使ってもらいたいと仰られていますの!」

「なんと!」

「それはそれは」


 ファネラ夫人の言葉に大きな反応をしたのは、チトセ様ではなく男性2名でした。


「婚礼衣装に母の髪を! 正妃は長く美しい銀髪の持ち主でいらっしゃいましたね……これは美しい毛並みを持つ貴婦人の間で流行る予感がいたしますぞ!」

「正妃シルティア様がなさるのですから流行らないわけがない……チトセ嬢、来年は忙しくなりますぞ。本っ当に、弟子の教育を急いだほうがよろしい」

「そうみたいですね~」


 螺鈿糸や風糸等も控えているのです。

 来年の『ハルカ工房』は、色んな意味で流行の最先端を走る事になるに違いありません。



 * * *



 さて、そんな会合を終えた日の夜。

 私は久しぶりに、夜の街へ気配を消して繰り出しておりました。


『ハルカ工房』の新しい取引相手──提携先と言ってもいいかもしれませんね──である仕立て屋『忠節の衣』と、服飾素材系大手問屋の『キャリジス堂』

 この両者の内々の会話を聞いておきたいと思ったからです。


 仕立て屋『忠節の衣』の方は、あまり問題は無いと思っております。


 ……そう、もしも問題があるとすれば『キャリジス堂』


 フィーシェ王女の花嫁衣裳を作成するにあたり、『ハルカ工房』は布地の製作を引き受けました。

 しかしそれは、本来ならば貿易商でもある『キャリジス堂』がシルクを仕入れるはずだった事は予想が付きます。

 シルクを生産できないヴァイリールフ王国において、王家に納品できるほど上質なシルク生地を入手できる商会はそう多くはありません。『キャリジス堂』はもちろんその一角。

『王女の花嫁衣裳の生地』という大口かつ名誉ある花形とも言えるお仕事を、『ハルカ工房』は横から奪ってしまった形になってしまうのです。

 店主であるヨークさんはにこにこと楽しそうにされていましたが、商人の笑顔を見た目通りに受け取ってはいけません。


『忠節の衣』と『キャリジス堂』に影猫を放ち、『キャリジス堂』へ向かう子にそのまま同行します。

 ……会話の内容次第では、その場で何かしらの手を打たなければ。


『キャリジス堂』の本店は倉庫街に近い大きな商店ですが、店主一家の住まいは高級住宅街の一角にあるお屋敷です。

 いつも通り『透視』の魔法でヨークさんの部屋の位置を確認。『身体強化』を使い、見張りを掻い潜って近くへ潜伏します。


 ……さぁ、お行き。

 影猫は、猫の姿をするりと解いて、黒い水たまりのようなただの影となってするするとバルコニーの床を滑り、窓の隙間から部屋の中へ侵入します。

 私はもう一匹影猫を呼び出し、猫の姿を解かせて耳と片目を覆わせ、影猫が見聞きしている物を直接共有します。これは魔力の消費が激しいので、普段はあまり使いません。


 ……豪華な調度品の並ぶ書斎。

 部屋の主はヨークさん、豪華な机に座ってパイプをふかしています。

 そしてもう一人、ヨークさんの面影のある青年。年齢的に……お孫さんでしょうか?


「……いやしかし、まさか雪ユリそのものを紡いで布に織ろうとは。想像以上に素晴らしい技術のようじゃ」


 にこにこと、昼間よりも嬉しそうな顔で言葉を紡ぐヨークさん。

 暫定お孫さんも嬉しそうに微笑んでいます。


「お爺様がそこまで絶賛されるなら、夏から教えを受けるのが楽しみです」


 あ、確定しましたね。お孫さんです。


「うむ、しっかり学んでおくれ。今後予想される王国の繊維革命において、『キャリジス堂』が一流を維持できるかどうかはお前にかかっていると言っても過言ではないのだからな」

「あまりプレッシャーかけないでくださいよ……」

「何を言う。誇張でもなんでもないぞ? 問屋のうちが、紡績と機織りの工房を新たに買収するくらいには重要な事だ。おそらくは数年で需要と供給が大きく変化する。ビー玉の確保も、もう始めておる。……今日はチトセ嬢から服飾に用いる糸の材料について注意事項を聞けたからな。原料確保については、他を一歩出し抜けるぞ」

「あれ? お爺様、同業者の方々とは『抜け駆け禁止』の血判魔法契約も結んでいたのでは?」

「あれは魔法の糸を王国の名産品とするにあたり、夏の弟子取り以降の新製品販売の足並みを揃えるための契約じゃ。販売準備に関しては契約に含まれておらん。……じゃからほれ、『カサンドラ輸入品店』も地方の布製品が得意な農村丸ごとと契約して下準備をはじめとるし。『オーリエ商会』はリネンの最大手じゃ、花畑を今後どうするか終わらん会議を続けとるじゃろ。今から動かんと手遅れになる」


 ……裏ではそんな事になっていたのですか。

 噂話に上ってこないあたり、おそらく『秘密厳守』の血判魔法契約も行われているのでしょう。


「いやぁ実に楽しみじゃなぁ……引退前で良かったわい。オーリエの狐とカサンドラの婆とまた本気でやりあえる機会なんぞこれが最後じゃろ。この荒波の舵取りを息子に譲るのはあまりにももったいないわ」

「……お爺様、怖い笑顔になってますよ」

「おっといかんいかん。つい若い頃を思い出してしまった」

「また商人ギルドで万歳三唱したりしないでくださいね」

「あれはだってほら、今度は他国相手に足元見てやれると思ったら……嬉しかったんじゃもん」

「もんじゃないんですよ」


 ……噂に聞いたギルドで万歳三唱した豪商はヨークさんでしたか。


「ところでお爺様、僕の先生になるチトセ様はどんなお方でしたか?」


 お孫さんの期待に満ちた問いかけに、私は精神を研ぎ澄ませて返答を待ちます。


「うむ、穏やかで優しそうな御婦人だったぞ。それでいて、職人らしい一本筋の通ったところも見える。あれはエスティ様のお気に入りになるのも、王族の方々が頻繁なやりとりを許すのもわかる……そして教える時にはしっかり手解きしてくれるタイプと見た」


 満足げに発せられたその言葉に、私もお孫さんと一緒にほっと胸を撫で下ろします。

 そこに、大きな仕事を盗られた恨みつらみは感じられませんでした。

 お孫さんが夏からの糸紡ぎ教室の生徒に確定しているようなので、むしろ先立って関りが出来、情報を得られて良かったという所でしょうか。


 ……この様子なら、大丈夫でしょう。


 影猫を回収し、そっと屋敷を離れます。


 取り越し苦労なら、いくらでも構わないのです。チトセ様に害が及ばない事こそが重要。私の手間など、取るに足りません。

 少なくとも、『キャリジス堂』と、お話に出て来た『カサンドラ輸入品店』及び『オーリエ商会』の3店はチトセ様を貴重な技術継承者として認識してくださっているはず。


 敵か、味方か。

 今後もきちんと確認し、対策を取ってまいりましょう。

 今のところは安心なようで何より……ああ、いけません、仕立て屋『忠節の衣』へ向けた影猫の報告を聞いていませんでしたね。こちらは仕事が減ったわけでも増えたわけでもありませんので、大丈夫だとは思いますが……


 長鉢荘の内庭へ戻り、同じく帰還した影猫から声を聴きます。


『嗚呼! 神よ! 私は何という果報者なのでしょうか! 雪ユリをそのまま紡ぐ等という予想だにしなかった技術でもって作られるであろう美しい布地を思うと心が躍ります! この国では未知の技術で作られる神秘的な布地を用いて、シルティア様の! 我が忠誠を捧げし君、シルティア様の!! 麗しきシルティア様の愛娘フィーシェ様の花嫁衣裳をぉぉおおああああああああ!! 神よ! シルティア様!! ありがとうござびばずぅううう!!! ぐすっ、ごっ、このっ忠実なる、ファネラ・サモエリード! 我が人生の集大成と思って手掛けさせていただきますぅぅうううう!! 王妃殿下万歳!!』


 ……はい、今のところは安心なようで何よりです。



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