新しい風
長い冬も折り返しに差し掛かってきました。
たとえどんなに吹雪いていようとも、大雪になろうとも、変わらぬドゥさんのモーニングコールで朝を迎える長鉢荘。
本日は、すっかりお馴染みとなりました、パン屋『ムキムキ小麦』の早朝即売会にて、とても喜ばしい御報告を聞くことができたのです。
「みんなー! 聞いてー! 私とウィル、婚約したわー!」
満開の花のように、幸せそうな笑顔で駈け込んでくるマーガレッタさん。そしてその後ろから、顔を真っ赤にして追いかけてくるウィリアムさん。
長鉢荘の一同は「おおー!」と声を上げ、拍手喝采でお二人を迎えました。
「やっとかい! 待った甲斐があったねマーガレッタ!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうマーガレッタ!」
「おおおお! ついに結ばれましたか! いやこれはめでたい! 小生の逞しい鳥胸も歓喜でいっぱいに膨らみますぞ!!」
「おめでとう、結婚式にはぜひ一曲贈らせておくれ!」
めでたい! 奢りだ! とお二人のトレイに積み上げられる焼き立てのパン。ここが酒場だったなら、上等なお酒が樽で注文されていたでしょう。
「で、やっぱりマーガレッタからかい? それともウィルがついに気付いたのかい?」
「待ってくれ……まさかここの面子も皆知ってたのか?」
「それはもう」
「当然ですとも」
「当たり前じゃないかい」
「わかりやすかったですよ?」
「わかってなかったのはウィリアムさんだけかなぁ」
ほらね? と満面の笑みで告げるマーガレッタさんに、再度沈んだウィリアムさん。
その日は一日、パン屋『ムキムキ小麦』はお祝いセールとなり、お二人の婚約が御近所中に知れ渡ったのでした。
……なお、やはり賭けは御破算になったそうです。
* * *
さて、新しくハルカ工房の一員となるリーリャさんですが。まずは週に4日通うところから始める事になりました。年齢的な事もありますが、そもそも工房が狭いので住み込みの徒弟という物が出来なかったのです。
通勤に関しては、『ホワイトベリー』の戦闘職業志望の子供達が毎朝神官に引率されて『ブラックベリー』まで走り込みをしており、弟子として通っている幾人かの子達を各工房へ送っていく流れが既にあるとの事。帰りも同じように、迎えが来ることになりました。
「というわけで、一番弟子のリーリャちゃんです。よろしくね」
「り、リーリャ、です。よ、よ、よろしく、おねがいします」
「ナノです、よろしくなのです」
「…………………………スティシア」
「えー、リーリャちゃんは、とっっっっても可愛い……男の娘です」
「……店長、何か含みのある言い方しませんでしたかです?」
「キノセイダヨ」
美少女にしか見えないリーリャさんが男性である事はナノさんもスティシアさんもかなり驚かれていましたが、特に問題もなく受け入れられたようでした。
……強いて問題を上げるのなら、ウサギの獣人であるリーリャさんに対して、スティシアさんの小動物好きなスイッチが入ってしまったことでしょうか。
「あ、あ~……ああ~~~……も、もふられてます……リー、もふられて、ます……あ、あぁあぁあぁ~~~~…………」
「リーリャさん、お腹見せたワフフみたいになってるです」
「気持ちよさそうにとろけてるねぇ……スティシアさんが撫でてるの頭だけなんだけどねぇ」
これがリーリャさん経由で孤児院の子供達に伝わり、送り迎えに同行していた獣人の子供達が好奇心から撫でられに行って陥落し……『糸紡ぎ工房には獣をダメにするゴーストがいる』という都市伝説となるのですが……それは置いておきましょう。
「糸紡ぎは上手だから、まずは葉っぱを糸にするところから練習してね」
リーリャさん用の糸車を注文はしましたが、まだ本格的な糸紡ぎはしないようです。
初めの内は糸紡ぎの魔法の練習と、素材の下準備のお手伝いから。
年齢的にも、まだ基本的な魔法を学び始めたばかり。難しい魔法ではないとはいえ、コツを掴むのは魔法に慣れている大人よりも時間がかかります。
「まぜて、まわして、ねじる糸。ねじる、あいては、お約束。やぶると、おててが、ねじれちゃう」
「店長……その怖い歌はなんですかです?」
「子供に魔法の糸紡ぎを教える時の歌。お母さんとか先生が『いいよ』って言ってない物を紡いじゃいけないよって、歌いながら教えるの。……いい? 私の許可が出るまでは、絶対に葉っぱ以外にこの魔法を使わないこと! 約束ね」
「こ、こわいですっ……や、約束、やぶりませんっ!」
子供は好奇心が強いので、ついつい色んな物で試そうとしてしまうのだとか。
長いふわふわの耳をぴこぴこ揺らしながら頷く姿はとても愛らしいです。
シスターにも言い含めて、リーリャさんの修行の第一歩が始まりました。
今からなら、春には難易度の低いキュアプルクラゲやビー玉を紡いで製品を作れるようになるだろうとチトセ様は見込んでいます。元々糸紡ぎはお上手な方ですからね。
「そうしたら、私は難易度の高い作業に集中できるからね」
周囲に乱気流を起こす風羽や、丁寧に作る必要のある花嫁衣裳はチトセ様が手掛けなければいけません。
それでも、リーリャさん次第ではチトセ様の作業はずっと楽になるでしょう。
「それにしても……弟子取り、すごい前倒しになったなぁ」
「夏どころか、春を通り越して冬になりましたね」
「ねー」
わずか半年ほどで従業員も3名増え、ここまで世に必要とされる工房となった事は、仕える身としてとても誇らしく思います。
「じゃあ、次は……王女様の花嫁衣裳の準備だね!」




