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新作のお披露目




 冒険者ギルドで騒動に巻き込まれた翌日。

 いつもの郵便屋さんではなく、離宮職員の制服を着たリリパットの配送担当者が、朝一番にチトセ様へ速達のお手紙を届けてくださいました。


「チトセ様、王家の紋章入りです」

「このビジネス感溢れる封筒は……ラズオール様かな」


 エスティ様の封筒は若い女性らしい華やかで可愛らしい色合いの物。反対に、一度エスティ様と連名で手紙をくださったヴォルデン様は、高貴な縁取りのある威厳を持ったレターセットでした。

 同じ王家の紋章が封蝋に捺されていても、差出人によって変わる物ですね。


「えーっと……拡大鏡の件、手配済。商人ギルドの倉庫見学は実り多い物になったようでなにより……冒険者ギルドは釘刺されちゃうってさ」

「さすがにお叱りがゼロというわけにはいかないかと」

「まぁ、危なかったもんね……で、風羽。本来なら廃棄される素材を貰ったのを耳に挟んだよって事と……特殊な効果を持つ糸は、糸巻き一つでいいから世に出す前にエスティ様に送って欲しいって」

「噂になる前に把握なさりたいのでしょう」

「ふふ……なにとぞって念押しするのは兄弟だねぇ」


 王族の方からとても親しく接してくるからでしょうか、チトセ様もかなり慣れて来た御様子です。

 恐らくチトセ様が他国へ行かないよう囲い込む意図もあるのでしょうが。チトセ様が緊張なさるよりは穏やかな方が良いと思いますので。王族の方が構わないのであれば、私に否はございません。



 * * *



 商人ギルドと冒険者ギルド。

 二つのギルドの倉庫を見学し、購入したりお詫びとして頂いたりした素材。

 それらを紡いだ糸が数種類、工房に並んでおりました。


「ナノは歴史的瞬間に立ち会っている気がしてきたです」

「ナノちゃんも立役者の一人なんだよ?」

「ひぇぇ……」


 初めにチトセ様が手に取ったのは、魚の鱗を紡いだ糸です。


「私の故郷では、魚の鱗とか貝殻の内側を紡いだ糸は『螺鈿糸』って呼ばれて伝統工芸品に使われてたんだよ」

「美しい糸ですね」

「白い半透明……ですが虹色に煌めく不思議な糸なのです! これは間違いなくドレスの素材として人気がでますです!」

「これは鱗だから透けてるけど、貝殻の場合は半透明にはならないね。刺繍糸でもいいし、布にしても綺麗なんだけど。これの真骨頂は黒い布地の上に重ねた時の煌めき!」

「あーっ! いけません店長! そんなの高貴な仕上がりになるに決まってるのです! 舞台衣装としても映えちゃうのです!」

「ただ、こっちでは綺麗な鱗はスパンコールとして需要があるから……形が不揃いだったり割れてたりで売れない物を買い取るのが、原価も抑えられるしもったいなくないしで皆ハッピーかな」


 チトセ様は『螺鈿糸』をテーブルに戻すと、隣に置かれていた黒い糸巻きを手にされました。


「そうなると綺麗な黒い布が欲しいよね~、ってわけで良さそうな素材を見繕って糸にしてみました」

「この光沢……もしかしてナイトクロウの羽ですかです?」

「おお、さすがナノちゃん大正解! 故郷の珠カラスっていう羽を取る用の鳥に似てたから選んでみたんだ」

「このしっとり青みがかった艶は黒い羽飾でよく見たのです。……えっ、つまりこれが千羽織に……? そこに『螺鈿糸』で刺繍を?」

「一緒に織ったりショールで重ねても綺麗だよ」


 にこやかに放たれたお言葉に、ナノさんは直立の姿勢のままひっくりかえってワフフさんに受け止められておりました。

 チトセ様はクスクスと笑って、黒い糸巻きを戻します。


「さて次は……服飾系じゃなくて、医療系の糸」

「医療ですか?」

「そう」


 チトセ様が手に取られたのは、薄緑色の糸巻きです。


「マーガレッタの一件でそっちの需要も思い出したんだ。薬草とコットンを、いつもよりもう一手間かけて混ぜて紡いだ『薬草糸』です」


 なるほど、緑色は薬草の色なのですね。


「まずは包帯用ってことで、消毒効果のある薬草を使ってみました。他にもすり潰した薬草を紡ぐ方法とか、薬草の汁を紡ぐ方法もあったりするんだけど……こっちの分野に関しては、お医者さんと医薬品作ってる所が相談しながら作った方が良いとおもうんだよね。私はそっちの知識皆無だし……だからこの糸は、『こういうこともできますよ』っていう見本扱いだね」


 チトセ様は簡潔に済まされようとしておられますが……恐らく医薬品を扱う工房は上を下への大騒ぎになるのでしょうね。今から楽しみです。


「そしてこれが、今回のメインディッシュ!」


 薬草糸を戻し、チトセ様が取り上げたのは灰色の糸巻きです。


「風羽っていう周りに風を起こす性質を持った魔物の羽を糸にしました!」

「……大昔に、風羽を網に入れて夏に涼もうとして、そこらへんが飛び散った羽だらけになって廃れたって聞いた事あるのです」

「なんかゴミ扱いになった経緯がビー玉の時みたいな話だね……もったいない……」


 苦笑いしたチトセ様が続けます。


「魔物が生きてた時は魔物が風を操ってたみたいだけど、死んだらぐちゃぐちゃな風になっちゃうから使いずらいんだってね。……でも、そういう素材こそ魔法の糸紡ぎの出番なんだよ」


 チトセ様曰く、絡まった繊維を綺麗に整える糸紡ぎは、不安定な物を安定させる効果が高いのだとか。


「水とか火を糸にできるのもそういうこと。……と、いうわけで紡いだのがこちら。触ってみて、風が常に一定して流れてるでしょ」

「……わぁ! 本当なのです!」


 糸に手を近づけてみると、確かに糸からそよそよと風が流れているのが感じられました。


「これは糸だから、糸を中心にして全方向に風が流れてるけど……こういうタイプは、確か織り士さんが織り方を工夫すれば一定方向にだけ風が吹くようにできたはずなんだよね……それができれば、帆船とかは便利になりそうじゃない?」

「……風が無くても進む船ができるってことですね!?」


 糸と布。

 ついつい服飾関係ばかりに目をやっていましたが、こうして見ると幅広い用途がある物です。


「以上4点! 新しい糸見本の詰め合わせにして、エスティ様に送ろうと思います!」

「……はい、偉い人達がひっくり返るのが目に浮かぶです」

「そんななるかなぁ? 最後の船関係はなるかもだけど」

「たぶん、偉い人はここでは思いつかなかった事も思いつくですです」

「あー、それは確かに」


「お返事楽しみだねぇ」と鼻歌混じりに、チトセ様は糸巻きを梱包していきます。

 半ば呆れたような表情でチトセ様を見ていたナノさんは、しかしこてんと首を傾げて言いました。


「でも店長。両方のギルドに行って来たにしては大人しい素材ばかりの印象です。それこそずっと燃えてるような魔物素材とか、珍しい金属とかは使えないのですかです?」


 問われたチトセ様は「ん-」と指先を頬に当てて答えました。


「まぁ色々あったけどねぇ……買わなかった理由としてはいくつかあって。まず一つ目は、単純に危険物だから」

「危険物、ですかです?」

「そう。私の故郷って魔法はあっても、とんでもなく強い魔物っていなかったんだよね。だからそういう素材の扱いに、私が慣れてない。この長鉢荘は借り物だから、危険物を持ち込んで大変な事になったらマズイでしょ? お隣にも迷惑かかっちゃうし」

「確かにです……それなら新しい工房に移ってからの方がいいですねです」

「そういうこと。そんな危険物の扱いを教えるのも、教室が始まってからしばらく先の事だろうしね」


 もうひとつはー、とチトセ様は梱包の手を再開させて続けられました。


「そういう素材は需要に供給が追い付いてないくらいの人気素材だったから」

「……そういえば今回の素材も、需要が低かったり、多く出回っている物ですねです」

「強い素材をもっと強くっていうのは、私じゃなくてこの世界に詳しい人がやった方が効率がいいと思うんだ。だから、私は『もったいない!』って気になっちゃう物に使い方を増やす役に、まずはなろうかなって」

「店長はよくもったいないって言いますです」

「だって、生まれ育った環境が違うからか色んな使い道が見えるんだもん。廃棄だなんて、それはステキな物になれるのに。しかもゴミ扱いだからタダ同然。無価値だったものがお宝になるんだよ? 皆が幸せになれるでしょ?」


「なるほど……」と呟くナノさんの横で、私は思わず笑みがこぼれていました。


 やはりチトセ様は素晴らしいお方です。

 このお方とあの森で出会えて本当に私は幸運でした。

 冒険者ギルドにて、魔物の立てた音だけで動けなくなってしまわれたチトセ様。

 王族が認め、欲する技術を持っていると証明された今。これまで以上に周囲へ気を配り、お守りしなければなりません。

 と、なれば。

 新しい工房に移る際に雇う使用人は、私とチトセ様が不在の折にしっかりと屋敷を守り、尚且つ後ろ暗い息がかかっていない者を選ばなければなりません。

 雇い入れに関しては私に一任されております。

 どこからの伝手で使用人を雇うのか……今からしっかり下調べをしておかなければいけませんね。


 チトセ様とナノさんが未来の商品を語り合う間。

 私も、ほんの少し先の仕事について考えを巡らせていたのでした。



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