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鳥と謝罪



「光の糸はね……基本はあったかくて明るい糸。暗い所に置くと劣化が早い……とは言っても、太さによるけど数か月単位で持つけどね」


 ケリィさんにそのままお借りした拡大鏡を持ち帰った工房で、チトセ様は光の糸を紡ぎながら仰いました。


「使い道は色々あったけど、こっちではどうかな? ……故郷にはアンデッドいなかったからわかんないんだけど、光が苦手だったりするの?」

「光と炎の魔法がアンデッドへの特攻ですね。光魔法は特に効果が高い上に適性を持つ者が少ないので、適性があれば一生食べるのに困らないと言われております」

「へぇ~、じゃあこれも需要は見込めるかもね」


 恐らく見込めるどころの騒ぎではないでしょう。

 どこの国の神殿でも祭神の属性に関わらず光の適性持ちを集めて『鎮魂士』及び『鎮魂騎士』を育成しております。特に、遺体がアンデッド化しないよう埋葬前に適切な処置を施す『鎮魂士』は、身分の高い方をお得意様にする葬儀屋には必須の専門職です。

 チトセ様が紡がれた光の糸は、闇の属性である私の影猫が影の中でぷるぷる落ち着きが無くなる程には光の属性を持っているようですから、アンデッドへの特攻もさぞや高い事でしょう。


「……ひとまず、あの商人ギルドマスターには、注意書きを添えて見本の糸巻きをひとつお届けされた方がよろしいかと」

「…………あっ、そっか。あのマスターさん、アンデッドだっけ……」


 中央都市の商人ギルドマスターが突如浄化される珍事は避けねばなりません。



 * * *



 立ち寄った商人ギルドで糸巻きを極秘で渡し、百戦錬磨のギルドマスターに「ひぇぇ……」というか細い悲鳴を上げさせてから。

 私とチトセ様は冒険者ギルドを訪ねておりました。

 先日の商人ギルド倉庫見学に続いて、本日は冒険者ギルドの倉庫見学です。


「はぁい、ギルドマスターから正式にヤバい糸の人担当に任命されましたメルナタリーでぇす。ギルド内とか冒険者とかで変なのに絡まれたらすーぐ言ってねぇ~。ぶちのめしておくからぁ~」


 輝く笑顔と力強い握り拳を見せてくださったメルナタリーさんの案内で、私達は冒険者ギルドの地下倉庫へと赴きました。


「冒険者ギルドは倉庫街に倉庫があるんじゃないんですね」

「だってさっさと売れちゃうもん。定番素材は市場に行くから商人ギルドの倉庫に入るしぃ。医薬品の材料なら多めに確保してるけどぉ~」

「え? でも商人ギルドからは『魔物の素材は冒険者ギルドの方が品揃えが良い』って聞きましたよ?」


 あ~それはねぇ~、とランタンを用意しながらメルナタリーさんが言います。


「希少品の需要とかぁ、あとは……鮮度? 結局、魔物の素材ってナマモノなわけじゃん? 家畜と違って安定供給されるわけでもないしぃ~」

「まぁ……そうですね」

「ってなるとぉ、希少品が欲しい人はまっすぐうちに在庫確認とか買い取りに来るしぃ、いっそ入荷待ち予約してる状態も多いわけ」

「ああ、なるほど。間に市場とかが挟まらないんですね?」

「そーそー。美味しくて珍しいお肉は新鮮な内に食べたり店に出したりしたいからぁ、料理人が急いで買い取って調理しちゃうしぃ? 薬に使う内臓だの何だのだって鮮度が命だったり保存処理も大事だったりするから、錬金術師が直に買い取って自分でなんやかんやしちゃうしぃ? 武具だの貴族向け衣装だのの材料なんてどこでも大人気だもん、工房がさっさと確保するでしょお? だからぁ、倉庫街まで行く前に買われちゃうの」

「……どうしても欲しい場合は、自分で冒険者に依頼を出して受け取るだけだから、市場には出回らない?」

「そーそー、当ったり~。売れない物はそもそも持ち帰ってこないしねぇ~」


 ランタンを片手にお話ししながら、彼女は解体場を通過し幅の広い階段を下ります。


「余るほど採れる素材は商人ギルドの倉庫に行くわけだから。需要が高くて数が少ない素材に冒険者以外がお目にかかれる場所はぁ~、冒険者ギルドの倉庫が最初で最後のチャンスってわけ」


 メルナタリーさんはくるりと取り出した鍵束から魔石のついたミスリル製の鍵を選び、大きく重厚な扉の鍵穴へ差し込みました。

 魔石が輝き、扉に紋様のような光が一瞬脈打つように走ると、ガシャンと大きな音を立てて解錠されます。特注の魔術キー、フリシェンラスでは離宮以外で初めてお目にかかりました。

 扉が開くと、魔物の素材を保存してあるだけあって、氷室のような冷えた空気が溢れてきます。


「見てる間も防犯のために閉めまぁす。寒さ限界になったら言ってねぇ~」

「わかりました」


 地下倉庫の中は、商人ギルドの倉庫よりもなんと言いましょうか……生々しい品が多く並んでいました。

 様々な魔物の首がずらりと並ぶ一角、瓶詰めの目玉や内臓等が並ぶ一角、骨や牙や角がゴロゴロと置かれた一角、肉の他にも処理された皮や手足や尾が並べて吊るされた一角等々……大農場の屠殺場に雰囲気は似ています。


「そっちの樽とか木箱はぁ、危ない物入ってる場合があるからぁ~……これ! この黄色と黒でヤバいマーク描いてある奴は触る前にアタシ呼んでぇ~」

「わかりました」


 危険物……樽に貼られた紙を少々確認しましたが、どうやら幻覚作用を持つ魔物の体の一部が多いようです。触るとマズイものは、基本的にガラス瓶の保存が多そうですね。


「色んな魔物いますね……この首は、馬?」

「それユニコーン。角だけ先に売れちゃった」

「ああ」


 地下倉庫としては広い方ですが、倉庫街の大倉庫ほどではありません。

 メルナタリーさんにひとつひとつ解説していただきながら、魔物の素材をじっくりと見て回りました。


「その壺は希少な毒腺入りですねぇ~、王立研究所の売約済みぃ」

「こっちは?」

「ん~とぉ……コカトリスの石腺入り。錬金術師の売約済みぃ」

「この青い札が売約済の印ですか?」

「そーそー、基本的にそれが貼ってあるのは予約待ちされてた素材って感じ」


 急ぎではありませんが、ある時に確保しておきたい。そんな素材はこうして予約札が行列になるのだとか。

 見た所、この倉庫に置かれている素材は8割方売約済みの札が付いているように見受けられました。


「なんかぁ~国とか商人ギルドとかからぁ『ヤバイ糸の人が素材欲しがったら出来るだけ便宜図ってほしい』ってお手紙は来てたんだけどぉ……まぁ見ての通りなんだよねぇ~」

「あ、いいですいいです。私のは確認できたら嬉しいくらいで、それこそ急ぎではないので」

「そぉ? 助かるぅ~。さすがに長年のお得意様すっ飛ばしたら信用に関わっちゃうからさぁ~」


 ギルドが信用を失えば、そのギルドに所属している者全員に影響が出てしまいます。そこへ無理を通せば、チトセ様の評判にも関わってしまうでしょう。お互いの為にも、緊急でもない無理を通す理由は見当たりません。

 ……と、その時。


 ──ドンッ!!


 倉庫の扉に何か大きなものがぶつかったような重い音がしました。


「わっ!?」

「……なぁにぃ?」


 私は咄嗟にチトセ様を背に扉へ向きます。

 メルナタリーさんも──恐らく元冒険者なのでしょう──流麗な短剣を二振り、素早く両手に構えています。


 ──……ドッ、ドンッ! ゴッ!


 何かが扉前の階段で暴れているような、鈍い音と振動が伝わってきます。

 ……魔術キー付きの分厚い扉です、そう破られることは無いでしょう。

 ですが、メルナタリーさんはこちらと扉を見比べて、扉を開けるべきか迷っているように見受けられました。

 身のこなしから、メルナタリーさんは恐らく相当の実力者。彼女が出れば大抵のことは解決が可能と思われます。

 しかし、状況がよろしくない。危険物が多く詰まった倉庫な上、戦えないチトセ様がいらっしゃいます。

 ……チトセ様の身の安全を第一に考えれば、扉を開けるという選択肢はございません。けれども、そうして立て籠もった結果、対処が遅れて人死にが出たりすれば、それをチトセ様は悔いるでしょう。


 ……あまり実力者に手の内を見せたくないのですが、やむを得ません。


 透視の魔法。

 魔術キー付きの扉は見通しにくいのですが、出力を上げればなんとか……メルナタリーさんが私を見ました。やはり出力を上げると気付かれますね。ですが、今更やめたところでどうにもなりません。見える物をそのまま伝える事にいたします。


「……扉の前に大きな魔物がいます」

「形分かるぅ?」

「灰色に薄青の模様を持った鳥です。尾が下段のこちら側、頭が上階側、尾から頭までおよそ3メートレ。翼を広げる事ができないようです。周囲に人が何名か倒れていますが死んではいません」

「…………ブロウクロウ! 馬鹿がやらかしたなぁ!?」


 判断がついたのでしょう。メルナタリーさんは魔術キーをすぐに扉に差し込み、同時に身体強化の魔法を詠唱。一般的な身体強化です。四肢に浮かぶ光の輪は3連。


「一応下がっててぇ!」

「わぁああ!?」


 この場合、安全圏は扉正面の棚の奥よりも、扉の脇の何も無い場所と判断。私はそちらへチトセ様を匿いました。


 開かれる大扉。

 隙間から吹き込む乱気流と、大量の灰色の羽毛。


 メルナタリーさんは扉の隙間から飛び出します。


 ──透視の魔法は継続中


 壁と扉の向こう。

 大きな鳥の魔物は階段にうつ伏せの姿勢。

 必然、背後から急襲する形になったメルナタリーさんは、鳥を一目見て跳躍し、首を狙いに行きました。

 跳躍する、その手の短剣で“起”する魔法。

 発動したのは魔力剣。隠し持てるサイズの短剣から、魔力の刃が刀身を延長。

 落下された勢いと、強化された身体能力でもって。

 メルナタリーさんは鳥の首を一刀の下に落としました。


 ……なるほど、お強い。

 最低でもAランクといった所でしょうか。他の冒険者をぶちのめすと宣言されるのも納得の腕前です。


「もう大丈夫です、チトセ様」

「ほぁ……も、もう終わったの?」

「はい、先程は強引に誘導してしまい申し訳ありませんでした」


 片付いた旨を告げると……チトセ様は力が抜けたようにその場に座り込んでしまわれました。


「チトセ様!?」

「ご、ごめん。腰が抜けちゃった……喧嘩も未経験の身としては……ドアのあんなすごい音、遭遇した事なかったから……」


 こわかったー、と苦笑いされるチトセ様はお体が震えていらっしゃいます。


「大丈夫~?」


 私の慌てた声が聞こえたのか、メルナタリーさんがこちらを覗き込んでいらっしゃいました。

 チトセ様のお体をさすりながら、「問題ありません」と頷いて見せますと、メルナタリーさんもチトセ様の状態を確認されて頷き返してくださいました。


「上まで抱っこしようかぁ~? そこ寒くない?」

「だ、大丈夫です……ちょっと落ちついたら歩けると思うんで、少し放っておいてください……」

「は~い、了解でぇ~す」


 メルナタリーさんは扉から引っ込み……


「この鳥ぃ! 仮死状態に油断してトドメも刺さずに持ち帰った馬鹿は誰ぇ!?」


 解体場に響き渡るような怒声が発せられました。


「あはは……」


 苦笑いされるチトセ様の指先に、灰色の羽が一枚ひらりと流れてきます。


「……風?」


 地下倉庫であるはずの室内には一定しないそよ風が吹き続け、灰色の羽がくるくると踊っていたのでした。



 * * *



「本っ当~に申し訳なかった!!!」


 チトセ様が落ち着かれてから案内された一室にて、チトセ様は冒険者ギルドマスターからの謝罪を受けておりました。

 深々と頭を下げる逞しい鶏の獣人。

 見た目はドゥさんとの血筋を感じますが、口調や仕草はあまり似ておられない親子のようです。


「油断した馬鹿共はメルにきっちり仕置きさせてる! 二度と同じ過ちは繰り返さん!」


 遠くから、カエルを踏み潰したような悲鳴が聞こえてくるのは気のせいではなかったようです。


 ……なんでもこの時期、鳥の魔物が高空の極端な寒さや落雷で失神して墜落することは珍しくなく、深く積もった雪によって転落死を免れ仮死状態な事があるそうで。

 冬場の降雪で行き来が難しくなるヴァイリールフ。そこで活動している冒険者達は馬車道の確保や荷運びの仕事が多くなるのですが、その際に遭遇した墜落鳥は早い者勝ちの臨時収入にするのが暗黙の了解との事。

 そうして今回の大鳥……ブロウクロウの墜落した姿に遭遇した冒険者は、両翼の損傷が激しかったため、まさか生きてはいないだろうと高をくくって丸のままソリに括り付けて持ち帰ってしまったのだとか。

 死者や重傷者が出なかったのは不幸中の幸いでした。


「えっと、怪我もしませんでしたし。大丈夫ですよ?」

「それは結果論だ! 自分で倒そうがそうじゃなかろうが、倒れた魔物にはしっかりトドメを刺すのが基本中の基本! 基本を怠った馬鹿野郎共はきっちりとしごき直す! だからどうか! 希望する素材があれば融通するので、それでこの場を納めてはもらえまいか!!」

「別にいただかなくてもいいですけど……」

「いいや! 各方面から便宜を図って欲しいと一筆添えられた客人を危険な目に合わせておいて詫びのひとつも無しじゃあ、王子殿下と骨ジジイに何言われるかわからん!! どうか受け取って欲しい!」

「ええー……」


 骨ジジイとは、もしやせずとも商人ギルドマスターの事でしょうか……

「この中から好きな物を選んでくれ」と目録を渡されたチトセ様は困った顔をして私を振り返りました。

 失礼して目録を拝見させていただくと……なるほど、チトセ様が困るわけです。

 目録に並ぶ品々。先程、倉庫で見た物品です。

 つまり、売約済の札が貼られていた物ばかりなのです。

 ギルドマスターは「足りなくなった分は俺が狩りに行く」とは申されますが、それでも納品に遅れは出てしまうでしょう。


 ……と、渋い顔をされていたチトセ様が「あっ」と何か思いついたようにお顔を明るくされました。


「ギルドマスターさん。さっき暴れてた、仕留めてなかった鳥の羽って、もう買い手はついてます?」


 鶏冠を下げていたギルドマスターは、訝し気な表情で顔を上げました。


「仕留めてなかった鳥の羽……ってーと、ブロウクロウの風羽か? 風羽は周囲に風を生み出す珍しい羽ではあるが……体の主である鳥が死ぬと風の方向が一定しないから使いどころの無い廃棄部位だぞ?」


 それを聞いたチトセ様は、にっこり笑っていいました。


「全部ください!」

「……あんた物好きだな」

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