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幕間:がんばるえらいひとたち

 商売という物は情報が命である。

 ……いや、商売に限らずそうかもしれないが、少なくとも商売人にとってそれは明白な事実なのである。


「……だからといって、王族の情報網に匹敵する速さで裏を取って話を進めるのはどうかと思うんだよ」

「我が国の商人は敏腕が多いですからな」


 商人ギルドの一室で額を突き合わせて溜息を吐いたのは、4番目の王子ラズオールと、理知的なスケルトンのギルドマスターであった。


 ソファに腰かけた彼らの間の机に置かれたのは数枚の書状。

 それなりに数のある書状の差出人は、どれもこれもが化粧品や寝具、そして医療品関係を扱う商会であった。


「キュアプルクラゲを紡いだ潤包布、か……中央都市の人魚達が崇め奉る勢いで絶賛しているらしいね」

「なんでも、そもそものきっかけはチトセ嬢の御友人が人魚特有の乾燥肌を相談した事だそうですな。その御友人のためにチトセ嬢が一肌脱いだ所、歓喜した御友人が親類の運営している劇団に紹介して一気に広まったのだとか。実に美談ですぞ、人魚の絵本作家がさっそく筆を取っております」

「うん……人魚と多種族との友好関係にも一役買ってくれる良い話だ。紡ぎ士を志す子供も増えるかもしれないし、その作家には頑張ってもらってくれ」

「もちろんですとも」

「そして、海宴座だったかな……ほとんどが人魚で構成されている劇団に売り込まれたものだから、噂が広まるのもあっという間だったね」

「人魚は必要にならない限り自分の種族をわざわざ公にいたしません。人攫いを避けるためというのが嘆かわしい理由ではございますが……そのため人魚は人魚同士の情報網がございます」

「その情報網に根を張っていた人魚相手の商売に比重を置いている商会が、不思議な潤包布の出所を『最近噂の糸工房』だろうとアタリをつけて……こうしてチトセ嬢の弟子入りに名乗りを上げてきたわけだ……」


 ラズオール王子は書状の一枚一枚に目を通す。

 どれもこれもが夏の弟子取りへ向けた推薦状だ。

 化粧品メーカーの工場、寝具メーカーに布を卸している工房、オーダーメイドの下着を主に扱っている仕立て屋の物もある。


「……しかし、医療品メーカーからも来たのは意外だったな」

「人魚の乾燥肌は悪化すると炎症まで行ってしまい、海に帰らざるをえなくなるそうですからな。噂を聞いた人魚の医者から問い合わせが入ったのでしょう」

「なるほど……」


 感染する類の物ではないとはいえ、生活が不可能になるほどの症状ともなればそれは重く見て然るべきだろう。離宮勤めの重鎮にだって人魚はいるのだ。それがある日突然健康のために海に帰ると言われたら困る。民には健やかに仕事をしてもらわなければ国は回らないのだ。


「弟子希望者の28人目……いや、29人目もこの中から選んで決めた方が良さそうですなぁ」

「まったく各方面に素晴らしい技術で何よりだ」


 苦笑いしながら二人が内容を吟味していると、部屋の扉が控えめにノックされた。

 はて、来客の予定は無いはずだが……しかし部屋の二人は社会的地位の高い身なので危急の要件だといけない。王子よりは地位が下な商人ギルドマスターのルドルフが扉を開くと、申し訳なさそうな顔のケリィがいた。


「どうしました?」

「ギルドマスター、すみません。止めたんですけど……ちゃんとお仕事の内容だったので……お客様です……」


 こんなにしおらしいケリィも珍しいとルドルフが彼女の後ろにいる客人とやらを見れば、それは王立研究所所長でもあるケリィの父、グレゴリーであった。


「失礼、ラズオール殿下がこちらにおられると離宮で伺いましたので」

「ああ、殿下に急ぎの御用事でしたか」


 今はある意味極秘案件について話し合っていると言ってもいい会合だったのだが、グレゴリー所長ならば良いだろう。とルドルフは判断する。

 王家主導の研究所だなんて秘匿の塊の長を務めるグレゴリーは、それはそれは口の堅い事で有名なのだ。

 どうぞ、と扉を開けば、彼は躊躇いの無い確固たる足取りで真っすぐに王子のいる席へ向かっていった。


「お久しぶりです、ラズオール殿下」

「ああ、グレゴリーか。貴殿が急ぎの用事とは珍しいな?」

「なに、難しい事ではございません。これを早めに提出したかっただけですので。商人ギルドマスターにも報告が必要との事でしたから、むしろちょうどいい」


 そう言うと、グレゴリー所長は1枚の書状を取り出し王子と商人ギルドマスターへ掲げて見せた。

 見せられた二人は目を見開く。


 それは『研究所職員の1名を、ハルカ工房のチトセ・カイコミヤが講師となる糸紡ぎ講座の生徒として認める』という旨の書状。

 それも、なんと国王陛下その人の直筆サインと国王紋の押印入りである。


「陛下の許可は得てまいりました。国益のため、チトセ嬢の技術を王立研究所にももたらしていただきます」


 なんてこった。

 二人は目を覆って天を仰いだ。

 それはそうだ。職業柄、ついつい経済にばかり意識が向かってしまっていたが、良く考えなくてもあれは新技術なのだ。研究所が目を付けないわけがなかった。

 しかもこの男。こちらに有無を言わせないためか、面倒なやりとりを省略するためか、あるいはその両方か……先んじて国王陛下(1番えらいひと)に認定書を出させて来やがった! 王立研究所所長という国王に謁見しやすい立場をフルに生かして。そこらの商会には絶対に真似できない、なんて周到な力技だ!


「……30人目、ですな」

「嘘だろ……まだ春にもなっていないんだぞ? 30人超えても良いと思うか?」

「……34くらいまでならなんとか納得していただきましょう! そもそもチトセ嬢が新商品を出した事がきっかけで候補が増えておりますので!」


 うぉおお……と悶える二人。それを動じず見守るグレゴリー。

 そんな部屋に、再度ノックの音が響く。

 ……何故か当然のようにグレゴリーが扉を開けてノックに応じた。


「どうした?」

「いや、なんでお父さんが出るの……ギルドマスターに、チトセ様から速達のお手紙です」

「わかった」


 グレゴリーは当たり前のように手紙を受け取ると、首を傾げる娘を残して扉を閉めた。


「ルドルフ殿、チトセ嬢から速達だ」

「おや。私に来るという事は糸紡ぎ教室の件ですかな? どれどれ……」


 胸ポケットから取り出した鞘付きのペーパーナイフで手際よく封筒を開き、便箋を取り出して読み始める。

 ギルドマスターは肉が無いスケルトンなので表情は無いのだが。「むむむむ……」と言いながら便箋に顔を寄せる動作で『何か問題があったらしい』と周囲も察する事ができた。


「どうしたルドルフ。何が書いてあった? ……やはり30人以上は厳しいか?」

「いえ、そんなタイミングの良い内容ではございません。教室で使う、糸車についてです」

「糸車? 中古品を備品として集めて数を揃えるように指示は出しているぞ?」

「いえ、どうもそれだけでは済まないようですな……前回伝え忘れてしまったと謝罪がありますが……炎や薬品等の危険物を紡ぐ際、安全確保のために特殊な糸車を使用しなければならないそうです」

「何っ!?」

「ほう、特殊な糸車とな……」

「『車大工さんに相談した際、マグマアントという魔物の素材で作っていただきました』……ああ! 最近、出回り始めた強化馬車や荷車! あれもチトセ嬢の関りでしたか!」

「なるほど、あれが!」

「……待て待て、マグマアントの素材は強化馬車への需要が上がって品薄気味じゃなかったか?」

「ええ、チトセ嬢も車大工からそのように聞いていたようですな。『あの時は2,3台程度を夏に作ってもらうつもりだったので、一時的な品薄も特に気にしておらず失念していました。教室用に30台以上用意するなら、早めにお伝えした方が良いと思い』……まさしく! まさしくその通りですぞチトセ嬢!」

「離宮の手配でマグマアント素材を別途輸入しよう。どうせ需要が上がっているから予算院にも押し通す! ……後は、車大工に話を通さないといけないな」

「ならば私が行きましょう。特殊な糸車とやらにも興味がある」


 何故か率先して立ち上がって歩き出したグレゴリーに、王子とギルドマスターは追いすがってしがみ付いた。


「待て待て待て待てグレゴリー! 貴殿が一人で先行したら間違いなく無駄にややこしい事になる!」

「ここは王子が行くべきですぞ! 王族の権力でもって夏までの完成を確約させるのです!」

「当たり前だ! しかしルドルフ、君も一緒の方が諸々の話し合いはスムーズだろう?」

「私は研究者として強化馬車の件は直接賛辞を伝えたく。また技術についても視察をしなければ……」

「わかりましたわかりました! 全員で参りましょう! ……ケリィさん! ギルドの箱馬車を至急準備してください!!」

「はーい」


 その日。中央都市フリシェンラスのとある車大工では、アポ無しで突然やってきた国の偉い人3人組に驚きひっくり返る親方の姿が見られたとかなんとか。

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