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反省の色が無い

「なるほど、人魚の方には御好評でそれなりに大口の注文となったわけですね」

「はい、なのでキュアプルクラゲを追加で仕入れたいです」

「わかりました!」


 劇場を訪れた翌日、頼まれていた結果報告と注文分の材料のクラゲを仕入れに、チトセ様と私は再度商人ギルドを訪れておりました。

 生産が止まっていた蜜玉糸の代わりに、この冬の主な商品となりそうで一安心しています。


「樽に4つ、今日の午後にでも届けますね」

「よろしくお願いします」

「ところで今回の件ですが……商人ギルドのマスターには当然報告させていただきますし、あっちこっちの商会なんかは勝手に探って情報を得ると思うんですけど……王立研究所の錬金術士にも話して大丈夫でしょうか?」

「えっと……クラゲを肥料にできないか頭抱えてる方々ですか?」

「そうです。私事で申し訳なのですが……父が、まさに頭抱えてた当人でして……」


 王立研究所というのは、離宮の近くにある研究機関の事でしょう。王国主導で、主に魔法と錬金術。他にも様々な分野に関して国益に繋がる研究を進めている所です。

 大量発生していたというキュアプルクラゲについても、有用な利用方法を研究していたのでしょう。

 ケリィさんは、そこの研究員の方がお父様だったのですね。


「あ~、良いですよ。使い道できたって安心させてあげてください」

「ありがとうございます」



 * * *



 商人ギルドを訪れてから数日後。

 チトセ様はせっせとクラゲを紡ぎ、スティシアさんはそれを布に織り上げる日々を送っておりました。

 仕入れたクラゲの身は、錬金術の素材用だっただけのことはあり、あらかじめ不要な部分が取り除かれていましたので、チトセ様も紡ぎやすそうでした。

 なお、ナノさんは近頃は鶏の千羽織を使ったハンカチを作っています。

 様々な色糸で刺繍を入れているようですが、やはり一番人気は蜜珠糸の刺繍のようですね。とはいえ、冬なので数は控えめにしていらっしゃるようですが。


 そんなある日のこと。いつものように、店のカウンターで刺繍をしていたナノさんが、困ったようなお顔で工房へチトセ様を呼びにいらっしゃいました。


「王立研究所のグレゴリー所長がお見えですです。注文ではなく、視察に来たとか言ってますです」

「まーた身分の高そうな人が来たね……」


 チトセ様と一緒に店舗スペースへまいりますと、そこには医者や研究者が好む白いローブに身を包んだ男性が棚を向いて立っており、こちらに気付いて振り返られました。


 一見した印象は『四角い男性』でした。

 白髪の髪も髪と繋がっている立派な髭も、きっちり四角く刈り込まれており。眼鏡のフレームは横に細長い長方形。広い肩幅は姿勢が良いので、きっちりとしたローブと相まって大きな四角に見えるのです。

 ローブの左胸に刺繍された紋章は王立研究所のそれでした。


「突然の訪問、失礼。しかし今しか時間が取れなかったのでな、勘弁してもらいたい」


 厳格そうな張りのある声と顔で、男性は自己紹介をされました。


「王立研究所の所長。グレゴリー・ロードランスと言う。娘のケリィから興味深い話を聞いたので、視察をさせていただきたい」


 なんと、ケリィさんのお父様は研究員ではなく所長でしたか。

 チトセ様も同じように驚かれたようで、目を見開きつつ差し出された手を握り返しながら自己紹介をされました。


「ハルカ工房のチトセです……ケリィさんにはいつもお世話になっています」

「うむ。ではさっそくだが、例のキュアプルクラゲを紡ぐところをまずは見せてもらえるだろうか」

「アッハイ、奥へどうぞ……」


 そこからはグレゴリー所長の独壇場でした。

 水で戻されたクラゲの身を忌々し気にぐにぐにと握り、チトセ様が糸に紡がれるところを「ほほう……」と何度も言いながら様々な角度から確認し、クラゲの身を忌々し気にぐにぐにと握り、クラゲに含まれるお肌に良い成分について独り言のようにクラゲの身を握りながら並べ立て、かと思えば紡ぎあげられた糸を引っ張ったり魔力を流してみたりと。それはそれは気の向くまま好奇心の赴くままに振舞われておりました。


「興味深い……実に興味深い……こんな律から始まる魔法など聞いたことがない。魔法そのものに顕現を具現化を要求しないからこそ“起”すら必要としないのか……あくまでも物質ありき、その物質に対しての干渉方法に特化している、故に根本が、律が異なるのか……魔法を書き込むのともまた違う。いやこれは興味深い発想だ……」


 思考の間も左手はクラゲの身をぐにぐにと握りこんでおられます。よほど恨みが根深い御様子。

 そんなグレゴリー所長の興味は在庫の糸へと移り、ビー玉を紡いだ蜜珠糸、そして水や雪などを紡いだ糸へと向かっていきました。


「ビー玉! これでもかと使い道のなかったこやつらがついに! ……フフハハハハハ、ザマを見るが良い! かつて私はビー玉(キサマら)に言ったな!?『我々人類はビー玉などに屈しはしない』と! それを成し遂げたのは私はなくチトセ嬢だが、それでも人類の役に立つという証明であることには違いないのだ! そして見るがいい! 水! 雪! 氷! 元より有用なこれらでさえまったく新しい使用法が可能となるこの技術! 今に見ておれ廃棄物共!! むやみやたらと倉庫を圧迫しようとも我らは屈さぬ!! キサマらが国益となる日は、すぐそこに迫っておるわ!!」


 グレゴリー所長は右手にビー玉、左手にクラゲの身を持ち、高笑いを上げておられました。


「んん~、グレゴリーさんエンジンかかってきたね……雰囲気が怖いダンディかと思ったけど違った。どっちかというと魔王だった」


 既に諦観の境地へと到達してしまわれたチトセ様に、私はそっと新しいお茶を注ぎました。

 ……と、勝利宣言を愉しそうにされていたグレゴリー所長が、ぐるりとチトセ様を振り返ります。


「チトセ嬢! 君、是非とも王立研究所へ来る気はないかね!?」

「残念ですが無いでーす」

「そう言わずに! 君と君の技術が研究所へやってくれば、少なくとも魔道具界に新たな旋風が巻き起こるぞ!? 歴史に遺る名に興味は無いか?」

「ありませーん」

「そこをなんとかっ……!」

「何やってるのお父さん!!」


 勢い任せの勧誘に終わりを告げたのは……息を切らせてやってきたケリィさんでした。


「おお、どうした娘よ」

「どうしたもこうしたも無いでしょう!? 私のお客様に迷惑かけないで!!」

「迷惑などと! 国の歴史に名を遺す偉業に勧誘しているのだから迷惑になどなるわけが……」

「私は職人でやっていくので割と迷惑でーす」

「ほらぁ!!」

「ぬぅう!?」


 そんな馬鹿なとでも言いたげなグレゴリー所長は、しかし御自分の娘にお説教をされて頭が冷えてきたのでしょう……最終的には深々と親子そろって頭を下げられました。


「本っ当に申し訳ありませんでしたチトセ様……ほら、お父さん!」

「む……面目ない。少々感情が昂ってしまったようだ」

「いえいえ、わかっていただけたなら良いんです」


 笑ってひらひらと手を振るチトセ様は「それに……」と前置きをして続けました。


「魔法の糸紡ぎの技術が欲しいなら、研究所のスタッフさんで希望する方から誰か、国で主導する糸紡ぎ教室に来てくだされば学べますよ?」

「チトセ様!?」

「ケリィ!!」

「あーもー! わかった! わかりました!! 糸紡ぎ教室の詳細を用意しておきますから! お父さんは正式な情報提供依頼の書類を用意してちょうだい! それから! この件はラズオール殿下にも話行きますからね!?」

「む、そうか既に王族の関わる所だったのか」


「なら引き抜きは無理だな」と呟かれたグレゴリー所長。まだ諦めていなかったようです。

 ケリィさんに引きずられるようにして帰る事になったお二人は、揃って店舗の入り口で頭を下げられました。


「本当に父が御迷惑おかけしてもうしわけありませんでした!」

「いえいえ、仲の良いお父さんで良いじゃないですか」

「ううっ、恥ずかしい……ほら、お父さんも謝って!」

「うむ、今日は視察のために作業の手を止めさせてしまい申し訳なかった。糸紡ぎ教室の件、所員の皆と相談して前向きに検討しようと思う」

「なんかちがうっ……!」


「もうっ!」と憤慨するケリィさんが一足先に扉を潜ると……グレゴリー所長はチトセ様に柔らかな微笑みを向けて仰られました。


「……君が世界樹の向こうから来た人間である事は秘匿しておく、安心したまえ」

「えっ」

「私は国王の指示によって世界中の魔法技術が集まる研究所の所長だ。その私が知らない技術となれば……そういうことだろう?」

「あっ、あ~……」

「恐らくラズオール殿下も気付いておられるはずだ。何かあったら殿下の名を出したまえ。私の名前でもいい……では、また」


 ケリィさんの呼ぶ声に返事をしながら、グレゴリー所長は去っていきました。


「……嵐みたいだったのです」

「ほんとにね……」

「お茶を淹れ直しましょうか?」

「お願い……アリアのクッキーも食べたい」

「かしこまりました」


 後日、ケリィさんからお詫びの高価な菓子折りが届いたのでした。


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