大雪の日
「ぬっ!? おお……ぬおおおおおおお!!! なんということか!! 皆様! 長鉢荘の皆様! 聞こえておられますか!? 本日、大雪により下の扉が開きませぬので! 僭越ながらこのドゥーイー・コッコ! 寝室の窓より皆様に朝をお知らせいたしまする!! 今日はおそらくフリシェンラスに住まう全ての者が、雪かきに追われる事となりましょうぞ! しかし! これもまた氷の神の試練なれば! 我々には一丸となって立ち向かい、乗り越える以外の道はございませぬ! それでは! 本日も!! 精一杯生きてまいりましょう!!! ──スゥォオオオオオオオオ……ッ!!」
──クルォケコッッッコォォオオオオオオオオオオ!!!!
* * *
ヴァイリールフ王国は大陸の北西に位置しており、氷の神が住まう地である事からもわかるように、世界でも屈指の豪雪地帯となっております。
そのため、年に何度かはこうして夜間の内に1階の扉が開けられないほど雪が積もってしまうのです。
「部屋の中は思ったより暖かいからよかったけど……これどうするの?」
「屋根とバルコニーの雪を下ろすついでに通りを見てまいりましたが、まだ雪かきの手が及んでおらず、全部埋まっておりました。今日は各々の自宅周りを掘り起こしながら、兵士やリリパットが道を通れるようにしてくださるのを待つしかないでしょう」
「兵士はともかく……リリパット?」
「はい。リリパットは家事魔法が得意な種族で、家事の中には雪かきも含まれますから」
「へぇ~」
体の小さなリリパットは当然住む家も小さく、昔ながらに森の集落に暮らす方々は家が完全に埋まることは日常だと聞いた事があります。
そうでなくとも、雨や風の被害を多種族より大きく受けやすい彼らは、まるでそれを補うためかのように魔法の力が強いのです。
好奇心旺盛なリリパットが、まったく自分達とサイズの合わない多種族の町で共に暮らすにあたり、必要にかられて編み出し発展させていったのが家事魔法だと言われています。
……ああ、噂をすれば来ましたね。
「チトセ様、バルコニーへどうぞ。ちょうど見られると思います」
「うん?」
バルコニーから通りを見下ろすと、ちょうど雪かきの第一陣が通るところでした。
兵士が乗った馬にリリパットが数名同乗して魔法を使っています。
すると、馬の前方の雪が自ら避けるように割れていき、馬車が通るための道が出来ていくのです。
「おおーすごーい」
「ああして門から門への道を優先して通し、そこを雪捨て用の馬車が何度も通って雪を回収します」
「火の魔法で溶かすんじゃないんだ?」
「それは門の外ですね。引火すると危険ですので」
「あ、うん。それはそうだね」
「あと、溶かして水になると、その水が凍ってしまって歩けないほどつるつるになります」
「え、怖……」
先頭の馬の後には馬車と、おそらく冒険者と思しき体格の良い者達がスコップを担いで続き、魔法で掻き分けた事によって壁のようになった雪をせっせと馬が引く荷車に積んでいきます。
「マッチョの行列だ……」
「こういう日は国から冒険者に緊急の雪かき依頼が入るそうですよ。魔法士の方は門の外で溶かす担当ですね。給金はそれなりに良いそうです」
「へぇ~……でもタンクトップ1枚はさすがに寒くないのかなぁ?」
ヤモさんを首に巻いたチトセ様はぶるりと体を震わせて中へ戻られました。
「チトセ様、本日はいかがなされますか? こういった日は通常営業は休止というのが暗黙の了解ですが」
ナノさんも、今日はこちらへ来られないでしょう。
「え、それなら雪かき手伝うよ?」
「いえ、こことスティシアさんの工房くらいでしたら私一人で十分です。お仕えする主に雪かきなどさせては、私の立つ瀬がございません」
「そういうもの?」
「そういうものです」
「じゃあ……暖かいスープでも作って待ってようかな。長鉢荘の皆にお裾分けする分も作っておくよ」
「でしたらそれも私が……」
「アリア、さすがに2人──スティシアさん入れたら3人だけど──しかいないのに全部やらせて何もしないのは、私の立つ瀬が無いよ。スープ作るくらいなら趣味みたいなものだし、やらせて」
「……かしこまりました」
やはりチトセ様は優しい御方です。
午前中いっぱい、私と長鉢荘の方々は雪かきに精を出し、お昼にチトセ様のお手製スープを頂きました。
「おお! おお! ありがたい! 暖かいスープは体に染みわたりますなぁ!」
「変わった風味だね……とても美味い」
「肉と野菜のスープなのに小魚の味もするわ!」
「ああ、確かに魚の風味ですね、これ」
「悪くないな」
とても美味しいスープでした。
これがチトセ様の故郷の味なのでしょうか。後ほどレシピを聞いておきましょう。
その頃には近隣の家屋のだいたいがひと段落したようで、サンドラさんも「あんたたち、無事か~い?」と声を上げながらパン屋へ出ていらっしゃいました。
「午後からは、ちょっとお仕事しようかな。せっかくこんなに雪が降ったんだし、雪の糸を紡ごう」
建物が潰れないよう屋根の雪下ろしと、出入口付近の雪は片付けましたが、それ以外の部分にはまだうず高く雪が残っています。大通り沿いでもありませんから、これは長くこのままでしょう。
チトセ様はその雪の塊から、とりわけ綺麗な部分を選んでバケツに山盛りにし、裏口の前に置いて黒い糸車を傍に寄せました。
「寒くはございませんか?」
「隙間風はすごい寒いけど、ヤモちゃんいるからまだマシ。いつか教えるためにも、感覚思い出しておかないと……氷はともかく、雪なんてめったに紡がなかったからね……」
バケツの雪に指をやり、魔法を纏わせた指先で撚り上げると、雪は白い白い糸になりました。
「うぅ~っ! 冷たぁ~~~い!!」
作業の際はどうしても素手で行わなければなりませんので、チトセ様の指先は冷えて赤くなってしまわれます。
「お湯を御用意いたしましょうか?」
「ううん、指先温めたら雪が糸になる前に溶けちゃう……」
「ですが……」
「じゃあ、暖かいお茶飲みたいなぁ……ちょくちょく飲んで内側から温めながらやるよ」
「すぐに御用意いたします!」
火にあたっていただきたくとも、紡ぐ前の雪が溶けてしまってはいけないのでそれもできません。こうなっては首のヤモさんが頼りです。
私はチトセ様に暖かいお茶と甘いお菓子を用意し、ヤモさんにお肉も一緒に小皿へ乗せて出しました。
「ありがとアリア……雪の糸はちょっと辛い分、お高い糸だからね。頑張るよ……」
そこへ近づく足音。
雪の糸と冷気が差し込む扉の隙間から覗くと、それはウィリアムさんでした。
「ああ、やってるな。これが雪の糸か……糸巻きひとつ、買い取らせてもらっても?」
「まいどど~も~!」
「それで、そろそろ氷の糸の依頼をしようと思ったんだが……いつ頃なら都合が良い?」
「いつでもいいですよ! 今でもいいですよ!?」
「いいのか? ……指真っ赤だぞ」
「今の私はランナーズハイ! 勢いで全部やっちゃいます!」
「……よくわからんが、なら頼む」
ウィリアムさんが氷の魔法を唱えると、裏口の前に大きく透明な氷の塊が出来上がりました。
チトセ様は、本当に勢いでその塊をあっという間に紡ぎあげ……ついに感覚の無くなった指を温めながら、休憩に入られたのでした。
「……今度、指先の無い手袋、編もうかな」
「…………なるほど! それなら指先以外は温める事が可能ですね!? すぐに御用意いたします!」
「こっちには無かったか~」
* * *
「スティシアさん、おはようございますです。昨日の大雪は久しぶりにすごかったですねです!」
「…………………………?」
「……え、まさか……機織りに夢中で大雪だったことに気付いてなかったんです!?」




