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封印の中

 火ヤモリのおかげで元気を取り戻されたチトセ様はせっせとお仕事に励んでおられたのですが、ある日の仕事終わりに小さな鉢植えを手に持ち不安げに零されました。


「ランラン……冬は大丈夫なのかな?」


 チトセ様が心配そうにご覧になられていらしたのは、ポカルさんからいただいたデナガブランランの鉢植えでした。


「南の国の植物なんだよね? 家には入れてるけど結構寒いし……あと、ここって冬に虫が出ないみたいだし」


 確かに、冷えが厳しくなる前に室内へ移しましたが、葉とつぼみはややくったりとして元気がなさそうです。

 大きな屋敷の暖かい部屋や台所なら冬でも虫が出るのですが……まさか鉢植えのためにそんなところを訪ねるわけにもいきません。


「……うん、もう仕事終わりの時間だろうし。アリア、ポカルさんに一緒に訊きにいこう」

「かしこまりました」


 お礼の焼き菓子と鉢植えを持って、チトセ様と私は裏口の戸を潜りました。

 ぴゅうと吹き付ける寒風に、チトセ様は首のヤモさんを抑えるように手をやり、首を竦めます。

 日が落ちるのが早い冬。空は既に暗く、星が瞬いておりました。


「うぅ~寒~い……ヤモちゃんいないと外に出られないよ……」


 頼りにされているヤモさんは、どこか誇らしげにチトセ様に頬ずりをなさりました。可愛らしい光景に心が和みます。


 井戸の広場を通過して、革細工工房『竜の末裔』の戸を叩きます。

 すると……


 ──……ドサッ


 中から聞こえたのは、人が倒れた時のような音。


「っ! アリア……!」


 咄嗟に使った透視の魔法。


 透けて見える壁の向こう側。

 工房の床に倒れる、ポカルさんの姿──


「チトセ様、お下がりください。ポカルさん、失礼いたします!」


 中に襲撃者等の姿は見受けられませんでしたが、念のためチトセ様には後ろにいていただきます。

 幸いにも裏口の扉に鍵はかかっておりませんでした。


「ポカルさん! 大丈夫ですか!?」


 中へ入り、倒れたポカルさんの体を抱き起こします。

 いつも通り、南国の刺繍がされた布でぐるぐる巻きのお姿。

 脈を取ろうと布の隙間から首筋へ手を入れ──違和感に一瞬手が止まってしまいました。


「アリア?」

「……いえ、大丈夫です。脈拍は正常です、が……体温が低く……」


 それにこれは……


 倒れた弾みで緩んだのでしょうか、顔を覆っていた布がずるりとズレて、中のお顔が覗きました。


「……えっ?」


 私が指先に感じたのは、鱗の感触。


 黄緑色の鱗に覆われた頭部には毛髪が無く、鼻も低く、耳朶も無い。

 それはまさしく──


「へ、蛇さんだ……」


 呆然と呟くチトセ様。

 その呟きが聞こえたわけでもないでしょうが、ポカルさんは「う……」と呻いて身じろぎし、うっすらと目を開きました。


「ポカルさん、大丈夫ですか?」

「……………………さ」

「さ?」

「……さむぃ………………」


 そう言い残すと体をくるりと丸め、やがてスヤスヤと穏やかな寝息が聞こえてまいりました。


「ああ……蛇さんだもんね」


 どうやら、チトセ様以上の寒がりが長鉢荘にはいらっしゃったようです。

 遠くから「どうしたんだい!?」と駆けつけてくるサンドラさんの声と足音を聞きながら。私は冷え切った部屋を暖めるべく、火の消えたストーブに薪を足すところから始めたのでした。



 * * *



「いやぁ、ありがとうございます……うっかり春まで冬眠してしまうところでした」


 毛布にくるまり、サンドラさんにお借りした湯たんぽと火ヤモリで温まったポカルさんは、細い舌をチロチロとさせながら暖かいミルク粥を舐めています。

 なんでも、作業に没頭するあまりストーブの薪が切れた事に気が付かず。どんどん室内の気温が下がり、体質故の低温からくる眠気を疲労の眠気だと思い込んでキリが良い所までと作業を続けていた結果、おそらくは立ったまま眠っていたのだとか。


「まったく、職人ってのはこれだから……」


 なんとか温まって一息ついたポカルさんを安堵の表情で見下ろしながら、サンドラさんは言いました。


「蛇の獣人ねぇ。そんな寒さに弱いならちゃんと周りに言っときな! そしたらアタシなり長鉢荘の誰かしらが気にかけておくんだから!」

「本当ですね、すいません」


 申し訳なさそうに、けれどどこか嬉しそうにお説教を受けるポカルさん。

 そんなポカルさんに不思議そうな声でチトセ様が仰ります。


「ポカルさんそんなに寒がりなのに、どうして火ヤモリは飼わないんですか?」

「……ああ」


 一瞬首を傾げたポカルさんは、すぐに自分の首に巻かれた火ヤモリに目をやりました。


「暖かいんですね、この子達。故郷にはいないので知りませんでした」

「あ、ポカルさんの故郷にもいないんですね」

「火ヤモリ使ってんのは北国だけだって言うねぇ……でもそれにしたってアンタ、この国そこそこ長くなっただろうに、そこらの人が首に巻いてるのなんだと思ってたんだい?」

「流行りのペットかな、と」

「夏にお役御免になるペットはあんまりじゃないかい」


 まったく……と少々呆れながら、サンドラさんはポカルさんに火ヤモリの説明をされていました。


「明日にでも店に行ってきな。買うのはちょっと高いけど、安いレンタルもあるから」

「そうします」


 ストーブでコトコトと茹でていた卵を剥いて渡しますと、ポカルさんは目を輝かせてかぶりつきました。

 やはり蛇なので、卵はお好きなのですね。

 温まり、お腹も満たされて安心したのでしょうか、ポカルさんはぽつぽつと身の上を語り始められました。


 南の国にある、蛇の獣人だけの民族の出身である事。

 外の世界が見たくて旅を始めて、北の国では蛇やトカゲ等の鱗がある革を使った品物の技術が一般的ではなく、ぜひとも鱗革の良さを伝えたくてフリシェンラスで職人を始めた事。


「北の方では蛇の獣人がまったくいないので、注目集めるの恥ずかしいですし、余計なトラブルを招きたくなくて隠していたんですが……いや本当に、チトセさんとアリアさんにも御迷惑おかけしました」

「いえいえ」

「大事なくてなによりでした」

「トラブルって言うとアレかい? 人攫いかい?」


 サンドラさんの問いに、ポカルさんは頷きます。


「はい、旅の途中でも何度か遭いまして」

「よく無事だったねぇ」

「逃げるのは得意なので」


 やれやれといった様子で話すポカルさんとサンドラさんに、驚いた様子のチトセ様が問いかけます。


「そういうのあるんですか? この街って色んな人が暮らしてるから、無いのかと思ってました」

「今じゃどこの国でも法で禁じられてるから発覚すりゃ処刑さ。でも、馬鹿はゼロにはならないからね」

「でも、この街は確かに良い方ですよ。なんというか……ドゥさんを見てると、深く考えすぎだったかな? とは思ってましたから」


 ああ、とチトセ様が納得なされた隣で、サンドラさんは「いやいや」と顔の前で手をひらひらと振りました。


「コッコさん家と一緒にしちゃいけないよ。アタシはその判断で正しかったと思うね……どうだい、アンタが良ければ旦那の工房に来るかい? うちの旦那、『竜の末裔』の革細工は物が良いってスカウトしたがってたんだよ」


 色々安心だろ? とサンドラさんが仰います。

 ポカルさんは、一瞬驚いたように目を開きましたが、フッと微笑んで言いました。


「ありがたい申し出ですが……実は最近、とある商人を通して貴族の方がパトロンについても良いと打診を受けていまして。そちらで頑張ってみようかな、と」

「おや、一歩遅かったかね。ま、そっちが御破算になったら考えてみておくれ」

「ええ、ありがとうございます」


 穏やかな空気に、チトセ様も微笑まれました。

 長鉢荘は駆け出しの職人が芽を出すための場所なので、こういったスカウトは珍しくないのだとか。


「ハルカ工房と一緒だね」


 ポカルさんの所も、芽吹き始めたということなのでしょう。



 * * *



「そういえば、チトセさんとアリアさんは何の御用でうちに?」

「あ、そうだデナガブランラン! 冬になって元気がなくなったんですけど、大丈夫なのかなって……」

「ああ、ランランは寒いと休眠に入るんですよ。室内に置いて、水を控えめにして、春を待ってあげてください」

「ランランも冬眠してたんですか!?」

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