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寒さ対策

 中央都市フリシェンラスも冬に入り、まだ少な目ですが街には雪が積もり始めました。

 元々使われている石材の白灰色が多い街並みなのですが、雪が降ると屋根や木材部分が覆われてしまうので、本当に白い白い街へと変貌を遂げるのです。

 こうなると、真っ黒な影猫は明るい内は目立ってしまってしかたありませんね。

 とはいえ、私の使い魔は影猫のみ。せっせとネズミ捕りをする事で、街の方々に存在を目溢してもらう他ありません。今の所、ハルカ工房が明確に敵視されている気配は無いようですから、問題は無いでしょう。


 ニャアニャアと集まる影猫達にいつも通り餌をやりながら、街の噂に耳を傾けます。


『鹿が平地に下りて来てるんですって、猟師さん達が喜んで出かけて行ったわ』

『これは良い鞄ですな。ポケットが多くて使いやすそうだ』

『今年はずいぶん冷えるの早いわねぇ~、毎日シチューでも文句言われないからいいけど』

『珍しい獣人ねぇ……面白そうだな』

『あら知らないの? 消臭の護符、ムカデじゃないの出たのよ』

『あの服屋さん、すごく体に合う新しい女性用下着で貴族のお気に入りになったって話よ』

『今年の雪かきはどうしようかしら。リリパットの業者が安いといいんだけど……』

『海宴座の公演、良い席が取れましてな』

『干し肉ばっかだと気が滅入るぜ。柔らかいの食いてぇなぁ』

『シルクの仕入れは慎重にな。上からは今後減らしていくかもしれんってお達しだ』


 心当たりのある噂、無い噂。一通り頭に入れていますと、ふと視線を感じました。

 振り向くと、いつものように扉の隙間から覗いていらっしゃるスティシアさんの両目。

 いつもと異なるのは、その目がキラキラと輝いていらっしゃる事でしょうか……そういえば、ナノさんのワフフさんの事も気に入っていらしたのでしたね。小動物がお好きなのでしょう。


 影猫を一匹そちらへやると、隙間から伸ばした手でとても優しく撫でており……やがて工房内へと確保されて扉が閉まりました。


 メインの工房の見張りには一匹常駐させていましたが、スティシアさんの方にも常駐させた方がいいかもしれませんね。お一人でいるのが好きな方なので、離れていた時に何かあると気付けません。あの子には、そのまま護衛をしてもらうとしましょう。



 ……後ほど様子を見に行くと、スティシアさんにつけた影猫は、首に可愛らしいリボンを巻かれ、すっかり骨抜きにされておりました。

 こら、しゃきっとなさい。あなた護衛なのですよ。仰向けに寝ていてはいけません!



 * * *



「寒~い……」


 ベッドの上で、冬服を着込んだ上から毛布にくるまった状態のチトセ様が震えながら仰られました。


「この国の冬なめてた……でもよく考えたら、夏がそんなに暑くなかったもんね……国の神様も、氷の神様だったもんね……かなり北国なんだね、ここって……」

「チトセ様の故郷は暖かい地方だったのですね」

「うん……雪はたまに降るけど、積もるなんてめったになかった……」

「…………チトセ様。大変申し上げにくいのですが、まだ冬の初めなので、これからさらに寒くなります」


 ──……ドサッ


「チトセ様ー!」


 ああ、チトセ様がベッドに倒れこんでしまわれました……

 しかしこれはいけません。

 工房があまり大きくありませんのでストーブひとつで間に合うかと思っていましたが、そうも言っていられないようです。

 かといって、賃貸に暖炉を増設することはできませんし、工房内で焚火などもってのほか。

 と、なれば……もう残る手段はアレしかございません。


「……チトセ様、私の見通しが甘く、申し訳ございません」

「ううん、アリアは悪くないよ……私の冷え性が酷いだけ……でも指先がかじかんで震えちゃうから、これじゃ仕事にならない……」


 伸ばされた指先を両手で包みますと……おいたわしや、なんと氷のように冷たくなっていらっしゃいました。


「アリアの手あったか~い……」

「湯たんぽでも追いつかないとなりますと……チトセ様、少々値は張るのですが、火ヤモリを購入してもよろしいでしょうか?」

「いいよ」


 即決でございました。


「……火ヤモリが何か、御存じですか?」

「わかんないけどいいよ」


 よっぽどお寒いのですね。



 * * *



 火ヤモリというのはその名の通り、体内に火を宿した魔物です。

 専門の調教師によって、穏やかな個体の繁殖と、人と共に暮らすための躾を施され、誰でも契約できるよう準備されている家畜に近い使い魔なのです。

 とはいえ、やはり生き物ですから相性というものがございます。馬と同じですね。

 私が選んでチトセ様と相性が悪いと意味がありませんので、箱馬車を呼び、専門店までチトセ様に御足労いただきました。


「あったか~い……」


 店内に入ると、むしろ暑いくらいの温もりに包まれます。

 それもそのはず、たくさんの火ヤモリが暮らしているこの店は、広い部屋の中央に巨大な円形の焚火台があって炭火が焚かれ、壁際にたくさんの薪ストーブが並び、それらの火の中で多くの火ヤモリが思い思いに過ごしているのです。


「見た目は大きな赤いヤモリって感じ……あ、ちょっと細長いかな?」

「襟巻のように、首周りに巻くようにして連れ歩く方が多いので、細長い個体が増えたそうですよ」

「へぇ~」


 チトセ様はこれまで使い魔を所持したことが無いそうで、どこか嬉しそうにしながら個体を見て回っておりました。


「思ってたより可愛いなぁ……あ、レンタルもあるの?」

「定住していない冒険者や行商向けです。暖かい季節に持て余しますから」

「ああ、確かにねぇ……ナノちゃんとスティシアさんはいらないって言ってたけど、アリアも本当にいらない?」

「あのお二人はこの国出身ですし、私もストーブで調理いたしますので」

「寒がりは私だけか……あ、すごい大きい子いる」

「そちらは乗合馬車や雪の中のテントなどで使われる個体ですね」

「じゃあこっちのすごく小さい子は?」

「リリパットや子供、あとは御老人用だったかと。通常サイズを乗せるのが厳しい方々向けですね」

「……今更だけど、この子たちって触っても火傷しない?」

「冬は大丈夫です。暖かい季節になるまで体内の火力を抑えて過ごすらしく、それによって人にとってちょうどいい温度になるのだとか。あまり動かなくなるのも身に着けるのに都合が良いんです」

「じゃあ夏は?」

「竈の中で飼う事になりますね。肉の他に燃料も食べて体内で火を起こしますので、マッチと焚き付けがいらない火だと思っていただければ」

「なるほどねぇ~」


 火ヤモリはメイドには馴染み深い生き物なので、必然詳しくなりました。

 台所の火もそうですが、火ヤモリは薪を燃やした灰も食べますので、竈や暖炉の掃除がとても楽になるのです。煙突を這い上がり煤まで食べてくれますから、火ヤモリの調教師は煙突掃除屋を兼業していらっしゃいます。


「火ヤモリが原因で火事になったりはしないんだ?」

「はい。むしろその逆で、火ヤモリは燃えている物を好んで食べますから、出火した際にはボヤの段階で燃えている物を食べて消火してくれるのです」

「へぇ~! すごいねぇ」

「はい、冬は乾燥してボヤが起きやすいですから。大きなお屋敷では何匹も飼っているのが普通ですよ」


 では、さっそくチトセ様と相性の良い個体を探すといたしましょう。

 使い魔は魔物ですので、生きるのに他の生物の魔力を必要とします。

 契約し、生餌の代わりに魔力を与える事で忠実な僕とするわけですが……火ヤモリの場合、魔力の相性が悪いと、冬だというのに触れないほどの高熱や火を発したり、逆に発熱不純を起こしたりと、人も火ヤモリも危険になってしまうのです。


 店の者の指導に従い、チトセ様は一匹ずつ手で触れて、魔力を少し流し込みます。問題なければ、火ヤモリはそのまま大人しく魔力を受け入れます

 ……しかし、これが思いのほか難航しました。

 通常、相性の悪い個体はそうそうおりません。万が一があれば危険なので念のために、という程度の確認が常なのですが……チトセ様が触れて魔力を流すと、そのことごとくが相性が悪い場合の炎上反応を起こしてしまったのです。


「チトセ様、火傷などはなさっておられませんか?」

「だ、大丈夫だけど……え、すっごい燃えてる。ヤモリちゃん大丈夫?」

「アー、ダイジョブダイジョブ。ビックリコーフン警戒ジョータイなだけネ」


 どうどう、と店員がヤモリを宥めながらも確認を続け……結局、店中の火ヤモリが燃え上がってしまいました。


「フムゥ……オキャクサン、念のため魔力パターン取るイイ?」

「あ、はい」


 店員が差し出した、魔力パターンを魔法陣に起こす魔道具にチトセ様が魔力を流します。

 それを確認した異国情緒あふれる店員は、納得したように何度も頷いていました。


「アーアーアーアー、ハイハイハイハイ。オキャクサン、チョーベリー珍しいパターン。フツーは丸の中にそれぞれ違う星と模様。オキャクサン、星の中に見たことない形と模様。コレ、ヤモリもビックリコーフンアタリマエ」


 なるほど、異世界出身のチヒロ様は商人ギルドでもパターンの珍しさを指摘されていました。使い魔相手だとそれが特に影響してしまうのでしょう。

 店員は店の裏へと一度消えて、変わった色のヤモリを3匹抱えて戻ってきました。


「そんなショースーハにはコチラ。試してミテ」


 その3匹は体色がそれぞれ青と紫と白でした。

 紫のヤモリは炎上こそしませんでしたがイヤイヤと身をよじります。

 青はそもそもチトセ様の魔力を受けつけませんでした。

 そして白い火ヤモリを試してみて、ようやく望む反応が得られたのです。


「あ、なんかうっとりしてる?」

「決まりネ。コレ買うなら半額でイイヨ」

「えっ?」

「コノ3匹、突然変異。フツー相性アワナイ。ダカラ買い手ツカナイ。買ってくれると、チョーベリー助かル」


 元より買って持ち帰るつもりで来たのです。

 相性が良い個体が少ないとわかったチトセ様の体質。それに合う個体が幸運にも見つかった上、半額にまでなるのなら、購入しない理由は何もありませんでした。


「買います! この子でお願いします!」

「マイドアリー。ソノママ巻いて帰ル?」

「ぜひ!!」

「よかったですね、チトセ様」


 白い火ヤモリは『ヤモ』と名付けられ、チトセ様専属の生きた襟巻となったのでした。


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