幕間:離宮のとある一日 ~午前~
離宮。
ヴァイリールフ王国においてその言葉は、中央都市フリシェンラスの政治機関を指す言葉である。
離宮という名称の割に装飾は控えめで作りは武骨かつ頑健。情報の重要性から常に兵士が駐在しているその様は、一言で言えば要塞であった。
そして王国において政治経済の中心でもあるそこは、国王並びに王族そして要職に就いている者達の主な出勤先である。
基本的に貴族の朝は遅い。
重要な夜会が頻繁に行われるため寝入るのが遅い事もあるし、あまり早く起きてはもっと早く起きねばならない使用人達の負担が酷い事になるからだ。
よって、離宮に勤める貴族達のほとんどもその例に漏れず、某紡ぎ士の故郷の言葉を借りるならば『重役出勤』と呼べる始業時間となっているのである。
だが、何事にも例外というものは存在する。
その筆頭であり元凶でもある人物は、今日も今日とて寸分の狂いなく夜明けの直前に出勤を決めた。
「嗚呼、嘆かわしい嘆かわしい。今時の貴族共はたるんでおる! 氷の神の御力が一層増す季節となってなお、その活動を控えつつある太陽を離宮にて出迎えることすら出来ぬとは。そのように腑抜けた心掛けで国家を回そうなどと、笑止千万!」
コツコツと歩を進める靴音。
迫力のある渋い低音の嗄れ声。
暗褐色のローブをなびかせながら、毎朝毎朝お決まりの文句を並べつつ離宮の正面扉を夜勤明けの兵士に開けさせるのは、年老いているが矍鑠とした鶏の獣人。
彼の名はグロリアス・コッコ。
ヴァイリールフ王国の宰相を務める侯爵である。
実に眠そうな供の者を引き連れて、彼は真っすぐ迷うことなく執政の間……すなわち離宮における玉座の間へと直行した。
「おはようございます! 日の出と共に始まり日没と共に終えるという原初のルーチンを守る事すらままならぬとは、最早生物としてたるんでおる! そうは思いませんかな陛下!?」
執政の間には国王たるロズワル陛下その人がいた。
今日もなんとかギリギリ間に合ったという顔で玉座に腰かけ目頭を押さえている、王に相応しい豪奢な身なりの銀狼の獣人である。年齢は50に届かず国王としてはまだまだ現役だが、毎日毎日この宰相が早すぎるおかげで日の出前出勤を強いられるのは少々辛いお年頃であった。
王都の城から離宮の執政の間へ、ヴァイリールフ王国の王族だけが使える転移の術を使って直で移動しているので通勤時間は実質ゼロなものの、威厳を保つための服の準備に時間がかかるのでやはりもう少しゆっくりしたいのが本音である。
「今日も無駄に元気だなグロリアス……原初云々で言うのなら余のルーツは夜行性故この時間は寝ていて然るべきなのだがな?」
「世迷い事を仰られまするな! 上に立つ者は下々の手本を示す存在なれば! 誰よりも高い位置に在る国王陛下その人は誰よりも早く出勤されるが道理というもの! ……よもや以前のように、抱いた女と朝寝を極めたい等とふざけた理由を並べ立てるおつもりではありますまいな!?」
「十代の過ちを持ち出すのはやめろっつってんだろ!!」
「陛下! 口調が乱れておりますぞ!!」
誰のせいだ。
ロズワル王はグルル……と喉を鳴らした。鳴らしたところでこの鶏は怯みも躊躇もせず鼻で笑うだけなのだが。
隠居している先代国王の良き友であり、己の教育係でもあったこのグロリアスにロズワル王は勝てる気がしなかった。
上下関係は大丈夫なのかと不安に思うかもしれないが、大丈夫なのだ。
世間において『家畜系』と通称されるタイプの獣人は総じて忠誠心が異常に高く、絶対に主君を裏切らない事で有名だった。肉食系獣人で張り合えるのは犬タイプくらいだ。しかもルーツが群れを成す習性をもつためか、政においてやけに能力が高い。どこの国においても侯爵率が異様に高いのもそのためである。
まさにその性質を体現していると言っても過言ではない鶏の獣人である宰相は、何に納得したのかひとつ頷きローブの胸元を整えた。
「御納得いただけたようでなにより。それでは本日も、御国の為、民の皆の為にこの身を捧げる旨、この! グロリアス・コッコめが! 宣誓させていただきましょうぞ! ──スゥォオオオオオオオオ……ッ!!」
宰相グロリアスは風の音と錯覚するほどに大きく息を吸い、老年とは思えぬほど逞しい胸板を膨らませて天を仰ぎ──この時点で国王や他の側近達は慣れた様子で耳を塞いだ──そして──
「クルォケコッッッコォォオオオオオオオオオオ!!!!」
──鳴いた。それはもう、高らかに、高らかに。
「……グロリアス、お前もそろそろ引退して父の話し相手になってはどうだ?」
「吾輩、生涯現役を是としておりますので無用の気遣いに存じます」
離宮の朝はいつもこうして始まるのである。
* * *
日が昇り始め、夜勤の兵士が交代する時間になると一斉に離宮へと飛んでくる群れがある。
伝書用・配達用の鳥の使い魔達だ。
朝一番に伝えた方が良い事や、急いで国のトップへ申し上げたいあれやこれやがまとめてやってくるのである。
「運送認証印目視確認。北東より配送、数60。内、飛竜1、ヴァイリールフ王国第11騎士団の紋章有」
「飛竜1、予定有。問題なし」
離宮の塔に詰めている兵士が望遠レンズで目視し、空襲でない事を確認して、青の手旗で下へサインをする。すると、万が一に備えて弓と魔法を構えていた兵士達がその緊張を解いた。
広い屋上部分にはやってくる使い魔達の受取所が設けられており、細工をされないよう常に兵士が詰めている。離宮で最も朝が早い職員の一種類がここの朝当番だ。
今日も職員の制服であるローブを着た眼鏡の男が、欠伸をしながら鳥たちを出迎えた。
「おはようございまーす!」
「はい、おはようさーん」
やってくる使い魔達の中には、リリパットが背に乗っているモノがちらほらいる。猛禽系を己の移動用使い魔として選んだリリパットは郵送業に就く者が多い……というか、郵送業がやりたくて猛禽系を使い魔にするリリパットが一定数いる。
郵送業界としても普通の使い魔より、背にリリパットが乗っている方が複数の配送先の指示を出せるし、何かに襲撃された際に応戦や証言が出来るため重宝しているのだ。
「水はそっち、餌はそっち、リリパットの朝飯は休憩所、いつも通りな」
「いつもありがとうございまーす」
「先にトイレ借りまーす!」
「はいどーぞー、この後仮眠の人は先に処理するから言ってくれー」
大量の止まり木にずらりと止まる使い魔達。
屋上に作られた小屋は、詰所の他に小柄なリリパット達に合わせた休憩所が作られている。
眼鏡の男は長距離移動をしてきたらしき者達から優先して荷物を受け取り、チェックをしてスタンプを押していく。
「イタイイタイ、髪をついばむな! これは国境から……こっちは海から……おっと、そこの飛竜が予定にあった騎士団からの荷物か。兵士さーん! アレ、先に危険物判定お願いしまーす!」
「はいよー」
届く物は基本的に手紙と小さな箱程度だが、時折こうして緊急性の高い大きな荷物を飛竜が運んでくることがある。飛竜を飼いならすには金と設備が必要なのでほとんどが軍と豪商、よって離宮に届くのはほとんどが軍絡みだ。
離宮という重要拠点にやってくる荷物は全て兵士によるチェックが入るが、飛竜の荷物は大きさもあるので優先して念入りにチェックが行われるのである。
「中身は……エルコール山岳に臨時で駐屯してる第11騎士団の破損した冬装備。大至急修理の上、送り返されたし……」
「え、シーズン早々に壊れたんです? 山なんてもうとっくに雪降ってるでしょ」
「臨時監視対象のギガントガイアマンモスがくしゃみした弾みで起きた落石で潰れたんだと」
「うーわ、不運……」
「ぺっちゃんこだ。こら新品送った方が早いわ」
「返送も飛竜です?」
「だろうな。だが、こいつは他の緊急事態に備えて先に帰す」
「了解、なら返送用手配しときます」
手にしたボードの上の書類に飛竜手配の旨を書き留めておき、眼鏡の男は荷物を受け取り終わった使い魔に任務完了のサインをどんどん流れ作業で書いていく。
水と食事を終え、サインを受け取った使い魔は順に主人の下へと帰還していった。残っているのは急ぎの手紙の返事を待っている者とリリパットの使い魔だけだ。
「手紙の仕分けはいりまーす。小包、危険物判定終わった順に持ってきてくださーい」
「はいよー」
眼鏡の男は欠伸を噛み殺しながら手紙を該当部署別に仕分けしていく。
そうしている内に、離宮には同じ制服ローブを着た職員達が続々と出勤してくるのだ。平民は徒歩、貴族は箱馬車。鳥持ちのリリパット職員は、まっすぐここへ飛んでくる。
「おはようございます」
「はい、おはようさーん」
「今朝は急ぎの配達は……ああ、結構ありますね。じゃあ行ってきます」
「よろしくお願いしまーす」
急ぎでやってくる書類があれば、急ぎで送る書類もあるのだ。
使い魔の猛禽は速達用の手紙箱を掴み、目録を持ったリリパット職員を背に乗せてすぐに飛び立っていく。
「いいなぁ、気持ちよさそうで」
「いやぁ~空って寒いらしーっすよ? 冬は特に」
「マジです? ……ってそりゃそうか、吹きさらしですもんね」
どうりで冬は着ぶくれして毛糸玉みたいになったリリパットが来るわけだ、なんてことを考えながら、男はせっせと手紙の仕分けを続けるのであった。
* * *
「おはようございます、ラズオール殿下」
「うん、おはよう」
各部署に朝一の手紙が行き渡った頃、国王を除いた王族も己の仕事場に出勤してくる。王でなければ宰相の夜明け前出勤理論は手心が加えられるので、他の貴族と一緒で構わないのだ。
成人済みの王子王女の中で離宮へ出勤して仕事にあたっているのは2名だけ。
2番目の王女カノーティアと3番目の王子ギリアムは骨の髄まで武人気質なので、出勤先はどこかの訓練場。
5番目の王女フィーシェは他国へ輿入れの準備のため王宮にいる。
6番目の王子ノーステラは病のため部屋から出られない。
7番目の王女エスティは社交界デビューこそしたものの、年齢的にはまだ未成年だ。最近はパトロンとして活動すべく、勉強も兼ねて王の第三夫人と共に離宮に来る事もあるが、仕事をしているとは言い難い。
よって、離宮で国王と共に政を行っているのは、王位継承権第一位である1番目の王子ヴォルデンと、経済に造詣が深い4番目の王子ラズオールだけなのである。
とはいえそれぞれに別個の執務室がある上に、ラズオールはもっぱら経済院にばかり出向いているので、顔を突き合わせて仕事をすることはあまりないが。
「今朝の競り市から上がった報告は……特にコレと言った事は無いか。強いて言うなら、スパイクグロウフィッシュが多いけど?」
「大量発生しているという話は聞きませんね。まぁ旬ですし」
「うん、旬だしね」
経済院は特に出入りする手紙と書類が多い。
ラズオール王子は山と積まれたそれらに片っ端から目を通しながら、世間話のように様々な案件も確認していく。
「そういえば先程連絡がありましたが、仕立て屋『比翼の抱擁』がエスティ王女に目通りを願っておりました」
「へぇ……新作の布でも入ったのかい?」
「おお、よくお分かりで。なんでも素晴らしい布地らしいので王女にお見せしたいそうですよ。ただ……王妃様ではなくエスティ王女様に、というのが珍しいなと」
「はは、なるほどね」
ラズオールは面白そうに目を細めた。
エスティに最初に見せようとするのなら、それは十中八九彼女お気に入りの紡ぎ士の関係だろう。
あの不思議な紡ぎ士にはラズオールも大いに期待しているので、商業ギルドから逐一報告を上げさせている。祭の直後に国内の商人が結託して情報を統率し、不思議な糸を未来の特産品とするべく忠犬のように待つようになった件には大いに笑った。
なのでラズオールは、当然腕が良いと噂のエルフの織り士がハルカ工房の所属になった事も知っているのだ。
「エスティが良ければ僕も同席しようかな。ところで、例のハルカ工房の新工房候補地はどうなってる?」
「……あ、ああー、エスティ様の件はそういう……候補地ですね、少々お待ちを」
愛すべき忠犬達の期待に応えるべく、ラズオールは商人ギルドのギルド長と連携し、今から新しい工房を建てる土地を選定しているのだ。
気が早いとは思うなかれ、これだけの商人や要人が目を向け関わるつもりでいるのだから、ハルカ工房の技術継承はもはや国家プロジェクトと言っても過言ではないのである。当人達にその気はまったく無いだろうけれど。
そしてその注目度を鑑みると、治安や交通、さらには商人ギルドや離宮からの位置関係も配慮して土地を選ばなければならない。うかつに新人を極上の一等地に配置しては古狸達との間に軋轢が起こるだろうし、かといって盗人や間者が多く出入りする場所など選んだりしては目も当てられない。
「こちらが一覧です」
部下が差し出した書類をざっと見て……ラズオールは苦笑した。
「ずいぶん多いな……」
「幸いにも、収穫祭の一件で協力的な商会が増えましたからね。ぜひうちの土地をと申し出る所がそれなりにいます」
ようは土地の提供者として好意的に繋がりを持ちたいのだろう。エスティに続く、第二の支援者の座を狙っているわけだ。半分くらいはエスティのファンかもしれないが。
手出し無用と喧伝しておいて本当によかった、とラズオールは内心ホッとする。そうしていなければ、この者達はハルカ工房へ直接申し出に押し寄せていただろう。
「これはエスティにも色々教えながら決めた方が良いな……土地の現所有者の詳細も用意してくれ」
「わかりました。あと、大工の工房も何ヵ所か建築に名乗りを上げていますが……」
「……そっちの一覧も頼む」
土地も決まっていないのに気が早いと思うなかれ。『早くても夏から弟子を取る』という話は、商人達の間では『是が非でも夏から弟子取りを始めてもらいたい』に変換されているのだ。工房のデザインを決め、資材を用意して、夏までに完成と考えるなら今から始めないとむしろ間に合わない。
ラズオールは頭の中で何度もシミュレーションを繰り返す。早々に土地と業者を決めて……もうサプライズよろしくハルカ工房に建物のデザイン相談を持ち掛けた方がよさそうだ。
まったく気の早い事に、弟子希望者もあちらこちらの商会から既に推薦が上がっている。全てがあの工房に押し寄せないよう、こちらである程度は調整しておかねばなるまい。
民に混乱が起こらないよう、それでいて王国の産業を発展させられるよう、経済院は今日も様々な方面との情報のやり取りをせっせと行うのであった。
* * *
離宮のホールにある大時計が昼の鐘を鳴らすと、職員達は皆手を止めて昼食を取りに外へ出る。
離宮には、離宮勤めのメイドがお茶を淹れる程度の設備はあるが、料理人が詰める厨房や食堂は無い。要人要職が多い反面、人の出入りが激しすぎるので毒の対処が難しいからだ。
身分の高い職員は使用人が馬車で迎えにやってきて、金持ち向けの店で食事を取るのがほとんどだ。規模の小さな社交の場でもあったりする。
なお、王族は転移があるので、王宮へ帰還して昼食を取る。
自宅から食事を持ち込む者はあまりいない。
平民は離宮周囲に軒を連ねる飯屋に繰り出すか、近場のパン屋も昼に合わせて焼き立てを提供しているのでそれを買って齧るかするのが定番だ。兵士達も交代で食事を取りに外へ出る。家が近い者は昼を食べに帰るが、かなり稀なケースだ。
「今日何食べる~?」
「あたしあそこのパンケーキがいいな」
「日替わりパスタ、今日はチーズとハムですよ~」
「なんかガッツリ食いてぇな」
「昼間っから酒は飲まんでくださいよ先輩」
離宮の前に伸びる広い大通りの周辺は、職員や兵士を主な客とした食事を出す店がひしめいている。
観光客向けの地元名物や珍味を出す店は大門近くの露店通り。離宮近くの店は、もっと庶民向けだ。安くて馴染みのある料理、それでいて味の良い店。家庭料理に一工夫したような食事を取る事ができる。
意外にも冒険者の客は少ない。
というのも、冒険者が泊まる宿も似たような食事が出るからだ。家がある冒険者は自宅で食べる。
そうすると、顧客は職員と、離宮を守るよく訓練された兵士という事になるので、庶民的だが喧騒とは無縁のややお上品な食事風景が広がるのである。
(もうちょっと賑やかでもいいんじゃがのぅ……)
離宮勤めの鍛冶師であるドワーフは心の中で溜息を吐きながら酒をぐびぐびと飲んだ。
離宮とはいえ、王宮である。
『王宮勤めの鍛冶師』と言えば聞こえはいいが……実は鍛冶師の、特にドワーフの間では恐ろしく不人気で、誰もやりたがらないため商人ギルドの通達により一定ランク以上の鍛冶師の当番制となっている仕事なのだ。
そも文官のひしめく離宮において鍛冶師が必要とされる事はほとんどない。
にも拘らず鍛冶師を置く理由は他でもない、詰めている兵士達の装備の為。
離宮とはいえ、王宮である。
体面を保つためにも警備の兵士は鎧や武器をしっかり整備し、美しく整えておかねばならない。傷・汚れ・錆・曇りなど言語道断である。そしてもちろん有事の際にはそれらを確実に手早く修理する事も必要だ。
それらを間違いなくこなすため、中央都市でも選りすぐりの腕を持つ鍛冶師が離宮詰めの任に就く事が求められるのである。
名誉といえば名誉だ。それは間違いない。
国に腕を認められたという事なのだから。
若手の中には離宮詰め当番をひとつの目標としている者も確かにいる。
だが……やりがいが今一つなのである。
主な仕事は兵士の装備の点検・整備。フリシェンラスの離宮で荒事など何百年単位で起こっていない。故に、装備が傷つかない。
そのため離宮詰めの鍛冶師は、毎日毎日兵士の装備を決まった個数磨き上げ、離宮の家具や道具等の破損が出たら直してやり、たまに出入りの馬車の馬の蹄鉄を打ってやるだけなのである。
より良い物を目指して自分の作品を作る、という仕事が無いのだ。
(早く任期終わらんかのぉ……)
商人ギルドが定めた任期は三日。
このドワーフは今日が一日目である。初日でこれだ。
幸い中央都市は腕の良い鍛冶師が多いので、一度こなしてしまえばしばらくは周ってこない。
たったの三日。いっそ休日だと思えばいいのだろうが、自分の仕事に真摯な職人程、心がそれを許してはくれないのだ。
ドワーフは溜息を吐きながらジョッキに酒をおかわりする。
(せめてわいわい酒が飲めればのぉ~)
ドワーフに特に不人気な理由がこれだ。
わいわいガハハと酒を飲みたい傾向が強い種族にとって、文官だらけのお上品な食事処はあまりにも肩身が狭いのである。
だからといって、遠くの酒場まで足を運ぶのは職人魂が許さない。自分は緊急時の対応も求められて離宮にいるのだから。遠い所で酒をかっ食らっている間に何かが起きれば、それは末代までの語り草だ。
そもそも酒を飲んで良いのかという疑問については、許可が出ているので問題ない。
というか、過去のドワーフ達が許可を出させた。
あまりにも虚無な任務、せめて昼食時の飲酒くらい許せとドワーフ達が集団で訴えたのである。
ご丁寧にドワーフという種族における飲酒と魔力効率の関係性を計測しわかりやすくまとめた資料を持参までして、だ。
時の権力者は頭を抱えながら許可のスタンプを捺したらしい。
(なんでその時のドワーフ達は、離宮近くに昼間にやってる酒場を作らんかったんかのぉ……)
あったところで文官だらけで客が来ないからである。
こんな当番制度ができたのも、そもそも離宮と職人街が遠いからだ。
しみったれた顔の離宮詰め鍛冶師は、こうして任期が終わるまで味気ない食事を取りながら過ごすしかないのであった。




