千羽織の威力
クリスタルオウルの羽は、純白に透明感のある艶を纏い、所々に水晶のようなきらめきを持ったとても美しい物でした。
こんなにも美しいのに今まで需要が無かったのは、ひとえにその大きさと、煌めいているとはいえ白一色という見た目にあるそうです。
羽を閉じた状態で大柄な獣人の男性よりも巨大な体躯を誇る猛禽の翼ともなれば、生える羽毛も相応に大きな物になります。
そもそもここまで大きな魔物は、全身を持ち帰るのには荷車か高価な鞄型魔道具が必要になりますし、それが山の奥の水晶林付近ともなれば荷車は不可能。全てを持ち帰る事自体が現実的ではなくなります。
そうなると、大きすぎて羽ペンや羽飾としても使える部位が限られてしまう羽毛は、基本的に現地に置いてくる事となるそうです。色も、煌めいているとはいえ白一色ですから、他に綺麗な色で手頃な鳥はたくさんいますので。
「仕方ないとはいえ……もったいないよねぇ……」
昨日、Bランク冒険者パーティ『シェルクレール』の方々とチトセ様が盛り上がっていたのも、まさしくその『もったいない』というお話でした。
魔物を倒し、命を頂いて、もちろん自分の命が優先とはいえ、美しい羽や花でも需要が無ければ置いていく筆頭になってしまう。
大型で珍しくない魔物になればなるほどその傾向は強いそうです。
『ドラゴンだったら、どんなに遠くてもギルド総出で全身回収にいきますのに……!』とフィアーチェさんは悔しそうでした。
チトセ様はそんな彼女たちと話をなさり、『綺麗でたくさん採れる素材があればぜひ持ち帰ってみせてほしい』とお願いをしていました。
魔物に詳しくない我々では、今回のクリスタルオウルのように、必要になってから条件に合う魔物を探し回ることになってしまいます。
現職の冒険者の方々ならば、都度都度使えそうな素材が目に付くでしょうし、それを持ち込んでいただく事でハルカ工房にも新商品が増え、そして冒険者ギルドにも新しい魔物の素材の需要が生まれる事になります。
『シェルクレール』の方々は、喜んで賛同してくださいました。
心当たりはたくさんあるそうなので、仕事の合間に手に入ったら工房に売りに来てくださるとの事。
「ふふふ、楽しみだなぁ」
そう言いながら、チトセ様はさっそくクリスタルオウルの羽を紡ぐ用意を始められました。
良品での納品を依頼したため、血の汚れなどは落としてありました。
大きな羽が多いため、取り除く芯も大きな物になります。私もお手伝いしながら二人で芯を取り除き、美しい羽毛を籠に積み上げていきます。
「アリア切るの早いね」
「ありがとうございます」
斬る作業は昔から得意です。
ある程度溜まったところで、チトセ様はさっそく糸を紡ぎ始めました。
チトセ様が作業中に水分補給ができるよう、お茶を淹れマフィンを添えて傍らの小さな机へ置きます。
食事の支度にはまだ時間がありますので、もう少々芯取りを続けましょう。
* * *
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
紡いだクリスタルオウルの糸を布に織るため、スティシアさんへ糸巻きを渡した最初の反応がこちらの奇声でした。
相変わらず薄く開いた扉の隙間から、指先と両目だけが見えている状態でガクガク震えながら声を上げていましたので、大変にアンデッドのようです。
一瞬、何か危険でも差し迫ったのかと身構えてしまいましたが、どうやら糸が美しすぎて感情が爆発してしまったご様子。
例によって織り方はお任せ。ただし『王女様へハルカ工房で布を織るようになったことを報告するための一品』である事を伝えると、ドス黒いオーラの幻覚すら見えそうな気迫でもってスティシアさんは了承しました。
「ヤバい、スティシアさんの反応面白い。どんどん綺麗なの見せてビックリさせたくなる」
「……店長は大物です。ボクはちょっとびっくりしたのです」
今回のクリスタルオウルの糸は、極寒の地に住まう魔物の冬毛を用いたためか、魔力を通すと耐火・耐水・耐寒性が跳ね上がるという反応を見せました。
身分の高い方が身に纏うのに重宝される一品となるのではないでしょうか。
* * *
そうして2週間後の冬の頭。
織り上がった布を目にすると、今度はナノさんが奇声を上げました。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「なんだかんだ気が合いそうだよね、ナノちゃんとスティシアさんって」
しかし、完成した布地はナノさんの反応も納得の美しさでした。
鶏の羽よりも艶と光沢が素晴らしい、まさしくクリスタルの名を冠した魔物の羽の織物。波打たせると、キラキラと光の粒を散らしたように煌めく一品。
そっと手で撫でれば艶相応の滑らかさで、まさしく生きた鳥の体を撫でたような手触りを楽しめます。
「いやぁ、異世界なめてた。魔物の千羽織、すごいね……」
「ヤバいのですヤバいのです……これもドレスにするのに最高の生地なのですヤバいのです……しかもすごく暖かいのですヤバいのです……」
息も絶え絶えなナノさんが仰る通り、クリスタルオウルの布はとても保温性に優れているようでした。
「魔物が冬毛になってたからかな、暖かいドレスは冬に喜ばれるかもね」
そうと決まれば、今度こそエスティ王女へ布をお目にかけなければなりません。
息が白くなる冬の日。
チトセ様と私は再度『比翼の抱擁』へと向かったのでした。
* * *
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「プリア! しっかりするのよプリアー!」
「親子ですねぇ」
再び『比翼の抱擁』をひっくり返しながら、チトセ様は穏やかに微笑まれました。
「それで今度こそエスティ様に献上しようと思うんですけど」
「プリアをこんなにしておいて……チトセちゃん、恐ろしい子っ!!」
「そ、そうだよ……なんでアンタは毎度毎度うちに持ち込んでくるんだい?」
どうにか正気に返ったポポ夫人の問いかけに、チトセ様は困った顔をして言いました。
「いえ……それなんですけど、いちおう私達、支援を申し出てくれた方がエスティ王女だとは知らない事になってるので……城に行ってもいいのかどうかわからなくて」
「え?」
「どういうこと?」
怪訝そうなお二人に、チトセ様はエスティ王女が忍べていないお忍び訪問をした時の事を説明いたしました。
「そういうわけで……エスティ様は最後まで『お忍びのエプロン様』を通したかったみたいなんですよね。そうなると、まるっと無視して私達が王女様へ会いに行くのも大人気ないというか……無粋じゃないですか」
「なるほどね。そうなると、そのエプロン様の正体を知ってて繋がっているのはうち、ってことになるわけ」
「あの王女様……いざ支援が必要になった時どうするつもりだったんだい」
どうなさるおつもりだったのでしょう。
国王第三夫人のお手紙にあった『そそっかしい』という言葉の意味が、ここへ来て重みを増してまいります。
「まぁそういうことならわかったわ。私達から王女様にこの布を献上して、今後ハルカ工房と王女様のやりとりはどうすべきかお伺いを立てて来ましょう」
「どうせこれだけ綺麗な布ともなればドレス一択だろうからね。アタシたちが行くのは遅いか早いかの違いだろうし」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
クリスタルオウルの布と、鶏の布を両方『比翼の抱擁』へと預けて、チトセ様は結果を待つことにいたしました。
* * *
数日後。
『比翼の抱擁』より、エスティ王女に大変お喜び頂けたこと。
そして『エプロン様はエスティ王女であり、今後は離宮へ直接伺っても大丈夫』という旨の手紙を、布の代金と一緒に、チトセ様は受け取ったのでした。




