知る人ぞ知る
「いらっしゃいませヤバい糸の人ぉ。冒険者ギルド受付メルナタリーで~す、本日の御用件は?」
「素材について相談させてください……」
「はぁい、奥の部屋ご案内~」
* * *
仕立て屋『比翼の抱擁』のお二人に促され、チトセ様と私はまっすぐに冒険者ギルドへと足を運びました。
商人ギルドで取り扱う羽毛は、ほとんどが布団用のダウンか羽飾用の数枚だろうと想像がついた為です。
「『縁起の良い』または『良い感じの謂れの有る』、『綺麗な色の鳥の羽』ですかぁ……何に使うんです?」
「ちょっとやんごとなき方に献上するんです」
「あぁ、それはそういうのじゃないとダメだわ」
「ついでに言うと、紡いで織って布にするので、結構な量が必要です!」
「なるほどぉ~、でかい鳥の方が楽そうな話ですねぇ……」
パラパラとメルナタリーさんがすごい勢いで図鑑をめくっています。
「偉い人が好きそうな鳥ぃ……ハーブシャコ、は肉が美味しいだけで色は微妙~……」
「最低限、鶏より高貴な感じがすればオッケーです」
「んん~ってことはうちのギルマスの羽むしるのはダメかぁ」
「え、冒険者ギルドのマスターさんって鶏なんですか?」
「うん、鶏の獣人~」
チトセ様は「鶏の獣人って結構いるんだぁ」と呟いていらっしゃいますが、その方はドゥさんの御父上です。
「とりあえず候補三つ、順番に上げてっていいですかぁ?」
「お願いします」
「じゃまずひとつめ~」
テーブルの上に、図鑑の1ページが開かれチトセ様へ向けられました。
「『オーランカケス』、今の時期だけ全身綺麗なオーラン色になる鳥の魔物でぇ、足の部分が薬の材料になるから、森で見かけたら冒険者のお小遣い。色と薬の云々から『秋の幸福』って呼ばれてる。でも小っさいから、布まで作ろうとすると大量乱獲が必要かなぁ」
「んんん、乱獲はイヤですねぇ……」
「じゃ、次~」
付箋を挟めてあった図鑑のページが開かれます。
「『スノウスワン』、雪みたいにまっしろでヒンヤリした羽の鳥でぇ、貴族に剥製が大人気。夏に置いとくと涼しいから。これはそれなりに大きな鳥だから一羽でもイイ感じの量になるんじゃないかな? ただ、剝製用はすごいお高く売れるからぁ、綺麗に仕留めるのに失敗したやつしか回してもらえないかなぁ……羽はちょっと折れたり汚れたりしちゃうかも? でも時期はちょうど始まったとこ。春になったらどっか行っちゃう」
「なるほど……」
「次ね~」
次は別の図鑑が開かれ、前の図鑑の上に乗せられました。
「『クリスタルオウル』、山の中にある水晶林付近に生息してる超大型の鳥型魔物。山から下りて来て家畜食べちゃうから、討伐したら牧場のヒーローになれまぁす。ただし難易度はBランクゥ! 羽は白だけど、一部が半分透き通って中々に綺麗で一枚がでっかい。オウルは縁起物の鳥って言われてて、銀細工みたいな嘴と爪が貴族や商家にお守りとして大人気ぃ」
「Bランク……かなり難しい魔物なんですか?」
「んん~、オウルは群れにならないし~中央都市は弓使いも魔法士も多いからそうでもないよぉ。でかいから一撃が痛いってだけ」
三種類の鳥の説明をすると、メルナタリーさんは取り出した紙にサラサラと料金表のようなものを書付ました。
「討伐依頼を出すなら、それぞれが一匹でこのくらいの金額。で~、他の依頼とかぁ冒険者が自主的に倒した時ぃ、ついでに羽を持ち帰って売ってほしいってことだったらぁ……剥製用のスノウスワンと小さいオーランカケスはともかく、クリスタルオウルは羽を持ち帰る習慣が無いから通達が必要かな。まぁその場合は依頼料かかんない代わり、いつになるかわかんないですけど~」
「どーします?」と問われ、チトセ様はしばし考えこまれました。
「急いではいないけど……織り士が入ってくれたから布は早めにお披露目したいんだよねぇ……」
「ですがチトセ様。ビー玉の供給が止まる冬の直前にこの出費は少々手痛いのでは?」
「そうなんだよねぇ~! ……そもそも献上品って代金取る物?『これからもよろしくお願いします』っていう意図の贈り物って印象だったんだけど……」
「いや、代金もらわないと賄賂になっちゃうじゃん」
ウケる~、とメルナタリーさんがアヒャヒャと笑いました。
「製品第一号をめっちゃ偉い人に御披露目なのね? あるある、冒険者ギルドでも季節の初物はお偉いさんに売るもん。そういうことならぁ、おたくの製品は今後継続的な需要が見込めそうなんでぇ、討伐依頼ちょっとお安くしてもいいですよぉ」
「え、良いんですか!?」
「まぁ通ると思う~。てか通す。こっちとしてもデカい魔物から大量に採れる部位に値段付くなら万々歳なんで。代わりにそっちも、お偉いさんに冒険者ギルドのことくれぐれもよろしくお伝えくださぁい」
「やった! ありがとうございます!」
* * *
クリスタルオウルの討伐が完了して羽が届いたのは、それから10日後。
クエストを受託してくださったBランク冒険者パーティ『シェルクレール』の方々が、直接工房へ届けてくださいました。
「量が多いんで、リーダーの鞄型魔道具に入ってまーす」
「どちらにお出しすればよろしいかしら?」
「それじゃあこっちの……この角のあたりに」
『シェルクレール』はメンバー4名全員が女性のパーティ。
前衛の女性騎士のような鎧を着た方が一名。そして残り三名は魔法士と弓使い、そして治癒魔法担当と思われる僧侶というバランスの良いメンバーです。
リーダーの弓使いの方──フィアーチェさんと名乗られました──は、言葉遣いや身のこなし、そして左耳のピアスから、おそらく身分の高い家の出身のようでした。何かの専用ケース型ではなく、鞄型の魔道具という高級品を持っているのも納得です。
……と、そのフィアーチェさんが素材の傍にまとめて置いてあった在庫を目にとめて驚いた顔をなさいました。
「あら? これ、まさかあのドレスの……えっ、じゃあもしかして、ここが噂に名高いエスティ様お気に入りの糸工房!?」
焦ったように工房を見渡したフィアーチェさんの声に、他のパーティメンバーの方も驚いた顔で振り向かれました。
「エスティ様お気に入りの糸工房ってことは……!」
「フィアーチェが言うとった、お姫さんのめっちゃ綺麗な刺繍糸のことやんな!?」
「な! い、い、いいのか!? 我々のような一介の冒険者が、姫君の秘密に手を出すなどと!?」
あわわあわわ、とうろたえ始める女性達。
チトセ様は最初こそ呆気に取られていましたが、両手を頬に当てたり彷徨わせたりしている彼女たちを見ている内にフフッと吹き出し、良い笑顔で語り始めました。
「実はですね~、今回皆さんにお願いして取ってきてもらった羽は、エスティ王女様に初めてお目にかける布になる予定なんですよ~」
「ヒェッ!」
「なんやて!?」
「おう、じょっ、さまっ!」
「おわぁ!」
「とっっっっても綺麗な布になると思いますよぉ~? なんたって取ってきていただいた羽がこんなに綺麗なんですから~」
「こ、これが……布に……」
「白くて、水晶のようにキラキラしてる、これが……?」
「あかん、想像つかへん……」
「……さぞ、美しくなるのだろう」
「内緒にしてくださいね~? なんたって今の所世界にひとつしかない布地になる予定なんですから~」
「お、おやめくださいませ!」
「あああああああああああああああ」
「ば、バレたら一体どうなるんや!」
「うわああっ」
あわわあわわ、と彼女たちはうろたえます。
なまじ身分の高い方がリーダーなので、普通の冒険者なら気になさらないような部分も見えて気になってしまうのでしょう。まるで国家機密を知ってしまったかのような狼狽えようは、見ていて大変可愛らしいです。
ですが、御安心くださいませ。そも、そのエスティ王女からしてお忍びがお忍びになっておりませんでしたので。
女性達は、クスクスと笑うチトセ様の様子に、はたと我に返りました。
「私達、遊ばれてる……!?」
「思ったよりええ性格しとるお人やった……!」
「くっ、私としたことが!」
「な、なんだ、大丈夫なのかつまり!?」
騎士の方を除いた三名が安堵したように微笑んだ後、フィアーチェさんはチトセ様に握手を求めながら仰られました。
「あの……ファンです」
「ありがとうございます」
いつか冒険者の自分達も、チトセ様の糸でできた服が着てみたいのだと言われ、チトセ様はそれはそれは嬉しそうに笑ったのでした。




