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エルフの職人

「……嗚呼、暖かき陽光が、日増しにその温もりを抑えられてしまわれます。秋、収穫祭を既に終え、まもなくやってくるのは冬の寒さ。氷の神が最も力を増し、遥かな過去、かつてのこの地の姿を垣間見せてくださる試練の季節。我々は、乗り越えねばなりませぬ……この地に生きる者として、氷の神に生命の強さを示した初代国王陛下、その後に続かねばならぬのです……! それでは! 本日もぉ! 張り切ってまいりましょぉう! ──スゥォオオオオオオオオ……ッ!!」



 ──クルォケコッッッコォォオオオオオオオオオオ!!!!



 秋の夜明け空に、ドゥさんの雄叫びが響きます。

 いつも通りにウィリアムさんが窓を勢いよく開けて苦情を申し立て、続いて起きていらっしゃるのはマーガレッタさん、ポカルさん、チトセ様、サンドラさん、そして……


「やぁ、ドゥ君の目覚ましは久しぶりだ……やっぱり朝はコレじゃないとね」


 朝から布でグルグル巻きのポカルさんの部屋の隣。

 南棟、一番端の楽器店『ワンダラーの友』の部屋の窓が開かれ、若草色の髪をかき上げながら、エルフの男性が顔を出されました。


「なんだ、帰ってたのかハンジェス」

「お久しぶりですな、ハンジェス殿!!」

「ハン君、久しぶり~」

「お帰りなさいハンジェスさん」

「今回は1年近くかい? そこそこ長かったねぇ!」


 ハンジェスと呼ばれた彼は、エルフには珍しい人懐こい笑顔でひらひらと手を振ります。


「ただいま。御新規さんもいる事だし、紹介したい相手もいるから、みんなサンドラさんの店に集まってもらえるかな? 朝のパン、奢らせてもらうからさ」


「ね?」とウィンク。

 特に裏の有る様子は感じられません。

 確認したくチトセ様の方を見れば、笑顔で首肯なされました。で、あれば、私に否はございません。



 * * *



「初めましてお嬢さん。楽器屋『ワンダラーの友』でヴィーレリリン作りを専門にしている、ハンジェスと言う。見てのとおりエルフなんだが……まぁ、年齢とか気にせず気楽に接してもらえると嬉しいかな」

「初めまして、チトセと言います。こっちはメイドのアリアです。ぜひよろしくお願いします」


 エルフの方は長命なので、どう見ても成人なさっているハンジェスさんは、少なくとも100を超えていらっしゃるでしょう。


「サンドラさん、最近のオススメはなんだい? 留守にしてる間に、ずいぶんメニューが増えてて目移りしてしまう」

「そっちのジャムパンとか、カボプキンやトゲコロンのペーストを入れたパンなんかオススメだよ。チトセちゃんに教えてもらったパンさ」

「へぇ! 中にジャムが入っているのか……皆は何にする? 遠慮なく言っておくれ」


 めいめいにパンが行きわたり、お会計が済むと、ハンジェスさんはやれやれと言った風にご自宅の窓を見上げます。


「すまないね、紹介したい肝心の者がどうも出不精で……シアー! 出てこないと朝食を食いっぱぐれてしまうよ!」


 はて、誰かいるのかと皆さんで窓を見上げていたのですが


「ああ、なんだそこにいたのか」


 ハンジェスさんに習って視線を落とすと……


「おわぁっ!?」

「キャアッ! お、驚いたわ……」


 うっすらと開いた扉。その隙間から覗き込むようにして、一対の目が。そしてずるりと長く伸ばされた深緑色の髪が、その目を囲むカーテンのように垂れ下がっておりました。

 不気味です。

 どうしようもなく不気味です。


「スティシア、ほら、今日からここの一員になるのだから、出て来て挨拶したまえよ」

「…………ハン、名前、言った」

「私が言っても君の自己紹介にはならないだろう?」


 やれやれ、と首を振るハンジェスさんが申し訳なさそうに弁解しました。


「すまない。この通り、彼女……スティシアは極度の出不精な上に人付き合いが致命的に苦手なんだ」

「あ、女の子だったのね」

「ああ、スティシアは僕の従妹なんだ。今回、旅のついでに里帰りした時、彼女の親族が『あまりにも酷いから、都会の荒波に揉ませてやってくれ』と言って僕に託して来てね……」


 従妹……ということは、この方もエルフなのでしょうか。扉にかかった細く白い指先と目しか見えませんので、ポカルさん並みに判断が難しいです。


「なるほど、貝みたいなタイプなのね。ハン君の所で一緒にお店するの?」

「まさか。私は知っての通り、職人業と旅人を半々くらいで掛け持っている状態だからね。シアだって私の旅についてくるつもりは無いようだし、そもそも得意とする分野が違う」


「だから、部屋は別に取ったんだよ」と言って彼が指したのは……長鉢荘の北棟の東端。つまり、マーガレッタさんのお店の隣で、ハルカ工房とも実質隣になっている部屋でした。


「ここに単独で住む許可が出るという事は、店番ではなく職人でしたか」

「彼女は何を作るんだ?」

「機織りさ。里でも指折りの腕前だったんだよ?」

「えっ!?」


 思わず声を上げたチトセ様。

 それに意を得たりとハンジェスさんはにんまりと笑いました。


「そうとも、商人ギルドでシアの状況を相談した時、ならばとオススメされた理由はチトセ君達がいたからさ」


「もちろん親類の私と近所という事もあるがね」と彼は続けます。


「なんでも、とても特殊な糸を紡ぐ職人で、いずれは工房に織り士を入れる事も考えているって話じゃあないか。しかも既に身の回りの世話をするメイドがついているときた!」


 ああ……と長鉢荘の方々が私に視線を向けました。


「シアは機織りが好きすぎて腕も天才的なのだが、それ以外が壊滅的なんだ。放っておいたら寝食を忘れて機織りに没頭してしまう」

「ああ、職人にはたまにいるな……」

「一人にしてはいけないタイプですね」

「だが本当に織った布は見事なんだ……だからお金には困らないと思う。問題はシア一人だと売る事も買う事もできないというだけで」


 と、いうわけで……とハンジェスさんはチトセ様をまっすぐに見つめました。


「どうだろう、チトセ君。シアを雇って(世話して)もらえないだろうか?」


 ふむ、とチトセ様は思案なさいました。


「アリアはどう? 身の回りの世話をする相手、二人になっちゃうけど」

「問題ございません」


 現状、私の仕事量にはかなり余裕があります。

 そしてスティシアさんがチトセ様の雇われになるということであれば、そこまで遠慮する事無くお世話の遂行が可能です。むしろやりがいがあるでしょう。

 そんな私の感情を笑みから察してくださったのでしょう。チトセ様は良い笑顔で「うん」と頷かれました。


「あとはスティシアさん本人の意向だけど……」


「……ッテ…………ヤトッテ…………」


「おや、珍しく乗り気になったようだね」

「主張が慎ましすぎやしませんかな!?」


 幽霊みたい、とチトセ様は苦笑いなされましたが、そっと近寄って手を差し出しました。


「じゃあ決まりだね。これからよろしく、スティシアさん」


 扉の隙間から覗いた一対の目は、キョトキョトと差し出された手とチトセ様の顔を見比べて……ずるりと隙間から腕が伸ばされ、柔らかな握手が交わされたのでした。



 * * *



「どうしましょう、チトセが悪霊と契約したようにしか見えないわ」

「言うなメグ、俺もそう思った所だ……」

「すみません、自分も……」

「遺憾ながら小生も!」

「アッハッハ! 従兄の私にもそうとしか見えないのだから、しかたないね!」

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