夢のあと
「クルォケコッッッコォォオオオオオオオオオオ!!!!」
「ドゥイィイイイ!!」
今日も今日とてドゥさんのモーニングコールで目覚めました、収穫祭明けの長鉢荘。
いつもなら、パンの即売会の後は各々解散となるのですが、本日はドゥさんがチトセ様を呼び止められました。
「チトセ嬢、朝食の後、お時間少々よろしいですかな?」
* * *
朝食の後、お招きを受けたチトセ様と私は、ドゥさんの店『ドゥドゥ閣下』へとお邪魔いたしました。
落ち着いた濃い色の壁紙。
壁の棚には様々な帽子や髪飾りが並んでおります。蜜珠糸で刺繍を施した作品もいくつか拝見する事が出来ました。
「エー、実はですな。チトセ嬢、鶏の羽というのは、糸の材料として需要はございますかな?」
「鶏の羽?」
はっ! と息を飲んだチトセ様が「不毛のドゥーイー……」と呟きながらドゥさんの尾羽に目をやります。
「まさか……」
「いえいえいえいえ、違います。小生はこの通りふさふさでございますぞ」
「じゃあ……まさか丸刈りになる予定が?」
「ございませんぞ」
いやいや、と顔の前で手をパタパタ振り否定を示すドゥさんが言うには。
「収穫祭の名残、ですか?」
「さよう。秋の美味が集まる収穫祭は美食の祭典でもありますからな。当然、鶏肉も大量に必要とされたのです。黒毛亭で出されていたパイ包みは実に美味でしたな!」
「あ、私もそれ食べました。美味しかったですよね……ドゥさん、鶏食べるんですね?」
「食べますとも。鶏の獣人ではありますが、鶏そのものではありませんからな! とはいえ、獣人の中には己のルーツに近しい生き物を食すのを忌避する者が多い事も事実。これはもう個々の考え方の問題でありましょうぞ……話が反れましたな」
「えっと、なんでしたっけ……」
「確か……そう、鶏の羽の事でございましたぞ! 祭で肉が大量に必要とされた。と、なれば! 農場ではそれに応じて鶏を出荷なされたわけで。即ち、出荷準備のために、大量の羽が出たわけなのです! 形が整った物は私も羽飾用にいくらか引き取るのですが、その程度では役目を終えた彼らの装束を目減りさせるには至りませぬ」
「そっか、鶏の羽はダウン採れないですもんね」
「さよう。それに関してはアヒル共に後れをとっていて家禽としては口惜しい限り。だがしかし! 羽の美しさに関してはなんら劣る部分は無いのです! それをただただ廃棄するだけというのは、あまりにも惜しい! 世界の損失!! 他の家畜は革としての道があるというのに! 何故鶏だけが! このような!! 小生、あまりにも他人事とは思えず!!」
拳を突き上げ、熱く語るドゥさん。
その向かいでチトセ様はうんうんと頷いておられます。
「もったいないですよね」
「その通り!!!」
「貴女ならばおわかりいただけると思っておりました……」とドゥさんは感極まった様子でチトセ様と握手をいたします。
「というわけで、いかがでしょう? 需要があるようでしたら試しに引き取っていただけるとありがたく」
ようやく内容が見えたチトセ様は、やや思案なさって答えます。
「羽毛は綺麗な糸になるんで欲しいは欲しいんですが……」
「何か問題が?」
「まず単純に場所ですね。祭で出荷した鶏分ってかなりの数じゃないです? さすがに長鉢荘の工房だと入らなさそうなのと……羽毛を紡ぐには軸を取って色別に分けないといけないので、人手の少ない今はちょっと辛いかなって感じです」
なるほど、とドゥさんはひとつ頷きます。
「でしたら、差し当たり軸取りと仕分けは農場の方で行うようにいたしましょう。人手が増えた時どうするかは、その時考えればよろしい。場所も、ひとまずは農場で保管して、連絡を入れたら何袋かずつお届けするという形でいかがです?」
「至れり尽くせりでありがたいですけど、それって農場側は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。農場は小生の実家ですからな」
「えっ」
ドゥさんが仰ったのはコッコ家の領地にある農場という意味でしょう。
ですがチトセ様は別の意味に取られたらしく、心配そうな表情でドゥさんに仰られました。
「まさか……ご家族の方々が丸刈りに……」
「いえいえいえいえ、違います。違いますぞ」
* * *
思いがけない所から羽毛の伝手を得たハルカ工房には、その数日後に大きな袋がいくつか届きました。
「これが白い羽、白は真っ白と黄色っぽいのとで分けてくれてる。助かる~。で、こっちは茶色」
「こちらは黒い羽のようです」
洗って汚れも落としていただいたらしく、つやつやとした羽が大量に詰まっています。
今年はひとまずお試しという事で、無料での提供をしていただきました。
使えそうなら、来年度からは金額を決めて買い取りの方向でお話がまとまっております。
「羽毛を紡ぐなら、そろそろ織り士の伝手が欲しくなるなぁ。千羽織こそ羽糸の真骨頂なのに」
「千羽織、でございますか?」
「そう、羽毛の糸の独特な艶と手触りがすごく気持ちいい高級な布になるの。故郷では絹と華片紬──花弁の布ね──と千羽織とで高級布素材の三大巨頭だったんだ」
「なるほど、仕立て屋の方々が喜びそうですね」
「ねー、冬の間に商人ギルドにでも相談してみようかなぁ……」
そう仰られながら、チトセ様は白い羽毛をボウルに山盛りにして、車大工で魔物性の品と一緒に新調した木製の糸車の前に腰かけました。
チトセ様が故郷からお持ちになった糸車は、劣化を防ぐため魔道具に収納されております。弟子に教えるためにも、こちらの世界製の糸車に慣れておくのだとか。
軸から切り離された白い羽毛の山が、指先から撚られて美しい白い糸へと紡がれていきます。
「……うん、糸車もスムーズ。こっちの世界でも構造に大きな違いは無し、大丈夫そうだね」
鼻歌混じりに糸を紡ぐチトセ様。
私は袋の中身の検品を終え──不審物の混入はありませんでした──資材を詰んである一角へと袋を片付けました。
作業の邪魔にならないよう、夕飯の買い物を済ませてくるといたしましょう。
* * *
そうして買い物を終えて戻ってみると、長鉢荘の前の通でハルカ工房に視線を向ける二名の人影。
咄嗟に物陰に隠れ、影猫を至近の影へ放ちます。
片方は旅装に身を包んだ男……耳が長いのでエルフのようです。
もう一人は……エルフの男よりも背は低く、しかし深いフード付きのローブを頭からすっぽりと被っていて人相がわかりません。裾から覗く靴の形とサイズを見る限り、恐らくは女性と思われますが……
二言三言話し、すぐに二人は歩き出しました。
サンドラさんの店『ムキムキ小麦』のある角を曲がったのを確認して、周囲からおかしく見えない程度の速さでそっと後を追います。
角から通りを見ると、二人は長鉢荘の店のひとつに入っていきました。
「あそこは……」
そっと近付き、確かめたその店は……店主が長く留守にしているという楽器店でした。
「……影猫、おいで」
人目が無い事を確認してから、二人の会話を確認します。
『商人ギルドの職員が勧めてくれたのはここだね。まさかしばらく留守にしている間に、お誂え向きの職人が入るとは。実に幸運だ』
『…………』
『アッハッハ! そうでもないかもしれないよ?』
聞こえて来たのは男の声。
フードの人物から男への返事は声が小さかったようで聞き取れてはいませんでした。
(……白昼堂々の往来ですから、後ろ暗い所は無いでしょう)
しかし、どちらにせよ、ハルカ工房へのお客様になる事は間違いないでしょう。
お迎えの準備はしておいた方がよさそうですね。




