神話と祭
秋も半ばに入り、収穫祭が近づいてまいりました。
神殿や教会には既に白地に黒で神紋が描かれ、金糸で縁取られた旗が飾られています。もう少し日が近くなれば、町中に同じような旗がかかる事でしょう。
ヴァイリールフ王国の祭神は、王都のある神山に住まう氷の神。他の国は祭神が異なるため、旗の色や模様はまた違った物になります。
『むかしむかし、氷の神の物であった大陸の北西は、常に雪と氷に覆われていて人が住むには厳しい土地でした』
今日のチトセ様と私は、モールスさんと一緒に孤児院のお手伝いに来ております。
収穫祭に向けて様々な準備がありますので、小さいとはいえ教会でもある孤児院はいつも人手が足りないそうで。モールスさんの愚痴を聞いたチトセ様は、名乗りを上げて休日返上でやってきました。
『神に慈悲を乞いたくとも、氷の神はとても険しい山の頂におわし、誰も辿り着く事は叶いません』
そしてせっかくですから、シスターによる子供達への絵本の読み聞かせを一緒に聞いているところです。
『ところがある時、神の御業である転移を授かった銀狼の男がこの地へやってまいりました』
『寒さに震えるわずかな民は男に懇願しました。どうか神に我らの嘆願を届けてほしい、と』
『地に住まう美しい雪ユリの乙女から、吹雪の合間に差し込む陽光を集めた剣を託され、男は山を目指しました』
『険しい断崖を転移で乗り越えた男は、山の頂にある氷の神殿に辿り着き、氷の神と相まみえます』
『氷の神は言いました』
──この地が雪と氷に閉ざされているのは、我が治める地であるからだ。
──それを溶かせと言うのなら、我が認めた、地を治める者が必要だ。
──認めてほしくば、それに相応しい力を示せ。
『男は氷の神と戦いました』
『七日七晩、戦い続けました』
『剣閃が雲を切り裂き、陽光と刃が氷の神に届いた時。男は資格を得て王となり、麓に春が訪れました』
『男に恋をした雪ユリの花の乙女は、銀狼の姫へと姿を変えて男に嫁ぎました』
『今でも王家は山の麓に住まい、神にその資格を示し続けているのです』
絵本は建国の神話でした。
読み終わると、子供たちははしゃいだ様子でかっこいい王様の事や姫となった美しい乙女の事で盛り上がっております。
「しばらくは神話ごっこで盛り上がるんだろうねぇ」
神話ごっこ、というのが何かわからない私にチトセ様は快く子供の遊びの一種だと教えてくださいました。ありがとうございます。なるほど、潜入先の者になりすます練習のようなものなのですね。
シスターは遠い異国から来たということになっているチトセ様に、祭りの事を詳しく教えてくださいました。
王都の主神殿では、王族と貴族達が集まり大規模な奉納が行われる事。
それに合わせるように、各地の神殿や教会にも祭壇を設け、民からの奉納品と祈りを捧げる事。
「特に、ヴァイリールフ王国が祀っているのは氷の神ですから。祭りの直後にやってくる冬を無事に越せるよう慈悲を乞い、しかし夏に水に困らないよう山や水場にはたくさんの雪の施しを頂けるようお願いする、大切なお祭りなのですよ」
「なるほど、私も何か奉納した方がいいんでしょうか……」
「職人の方は御自分の作品を奉納なさいます。この地で健やかに活動させていただいている証明と感謝として」
「なるほど……」
「あまり深く考えなくて大丈夫ですよ。今年こちらにいらしたのですから『これからよろしくお願いします』という気持ちがこもっていれば良いのです」
話はそこから、祭り当日の様子へと移って行きます。
冒険者『ホワイトベリー』の方々もやってきて、楽しそうにチトセ様とお喋りをされておりました。
「食べ物の露店もたくさんでるんだよ」
「毎年出る美味い串焼きの店があるから、当日案内してやるよ」
「やった! ぜひお願い!」
「例のカワウツボもタイミング良ければ祭りに出せたのになぁ」
『ホワイトベリー』の方々はチトセ様とお年の近い方が多く、同年代の御友人が増えてチトセ様は嬉しそうでした。
* * *
教会から工房へ戻り、私はついでにポストを確認いたしました。
すると、時折やってくる注文書とは違う、質の良い紙の封筒が。
「……これは」
手紙は封蝋が捺されています。
それは、貴族の紋章。
メェグエーグ侯爵という、市井にも名の知れた名家からの物でした。
「チトセ様、メェグエーグ侯爵様よりお手紙が届いております」
「ふぇっ?」
王女様と面識ができたとしても、やはり突然貴族からお手紙が来ると驚かれますね。
中を改めたチトセ様は、不思議そうな顔をなさいました。
「エスティ様の紹介で、祭の事でハルカ工房に依頼したい事があるんだって。できるだけ早めに屋敷に来てほしいって書いてある」
「では、いつになさいますか?」
「んん~? 急ぎの仕事は無いしなぁ……それこそ明日でも私は構わないんだけど、さすがに迷惑かな?」
「いえ、できるだけ早くとのことですから。今日の内に私が屋敷へ明日伺う旨を伝えてまいります」
「そっか……じゃあよろしくね」
「はい」
ついでに影猫を放って悪意のある呼び出しではないか確認しておきましょう。
エスティ様の紹介とありましたが、エスティ様ご本人から連絡が来たわけではありませんので、念のために。




