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幕間:フロンティアスピリッツ

 フロリアン商会の主、ノッツ・フロリアンは、どうしたものかと頭を悩ませながら、馬車に乗って中央都市フリシェンラスへ久方ぶりにやってきた。

 彼の拠点は中央都市からずっと西。

 深い深い森と山を越えた先にある小さな村に、一家で店を構えている。


 ノッツの住む村は、つい最近開拓が始まったばかりの、いわば新天地だ。


 フロリアン商会が仕える主人は、代々軍人で熊の獣人が当主を務めるベア子爵。

 その子爵が、ある町が疫病に襲われた際、私財として溜め込んでいたローヤルゼリーが薬になると知るや即座に寄付して迅速な治療に貢献。それにより、王よりお褒めの言葉と、小さいがついに領地を賜ったのだ。

 その領地というのが、周囲に何もない大自然のド真ん中。

 野生のスイートビーが大量に生息している谷がある、深い深い森だったのだ。


 村すらない領地というのはどうしたことか。本当にそれは褒美なのか。体のいい厄介払いなのではないか。ベア子爵はなんというかそう、昔から粗野でいらっしゃるから。口さがない貴族連中はそんな噂を垂れ流した。

『見た目は蛮族、心は少年』とは世間から見た子爵家の評価である。


 だが当のベア子爵家は幸せの絶頂だった。

 というのもこの一族、蜂蜜に目がないのである。

 特にまだまだ現役軍人でもある現当主はその極端なタイプだった。

 そもそも褒美の希望を問われた際、キラキラとした無垢な瞳で『蜂の谷がある西の森を頂きたい』と即答し、陛下を困惑させていたのが真相だ。


 そんなわけで鶴の一声ならぬ熊の一吠え。

 蜂蜜御殿を作りたいという夢を抱いたベア子爵の指揮の下、家臣とその家族まで一丸となって、街道を引くところからの村興しが始まったのである。

 子爵家の出入り商人であったフロリアン家は、そのまま開拓村の専属商会となったのだ。


 開拓は概ね順調であった。

 子爵は夢いっぱいだが馬鹿ではない。

 街道工事が得意な者を雇って予定地への馬車道を作る事からコツコツと取り組み始め、その間に必要な資材の準備をし、自らが率先して現場へ赴いて軍人らしい前線基地のような場所をあっというまに築いたのである。

 金はあったのだ。というか一族総出でこのために貯めていたと言っても過言ではなかった。

 そしてそこからは早かった。平地さえあれば家は容易く建てられるのだ。

 周囲を自然に囲まれているので魔物や動物が心配だったが、大体は当主が自らの手で解決していた。

 夢いっぱいな子爵は強かった。

 拳一発で獣達の顎を粉砕し、自ら解体して肉と毛皮という資材へと変えていった。森一帯の主と思われる巨大なストロングレッドベアに生娘のような悲鳴を上げさせ立派な毛皮の絨毯に仕立て上げたのが最後、森はそれはそれは静かになった。その絨毯は新築ピカピカの子爵邸で暖炉の前に敷かれているらしい。

 家屋は順調に増え、防壁も作り、生活基盤も整いつつあった。


 そうしていざ、主要産業の予定であった谷からの蜂の巣収穫を行おうとしたところで壁にぶち当たった。


 谷と村との間にも荷車が通れるよう道を引いたのだが、どうやらそこはアシッドマイマイの生息地だったようなのだ。

 アシッドマイマイは強くもなんともない、なんなら子供でも生け捕りにできる魔物なのだが、通ったあとは酸性の粘液が残る。この粘液が厄介で腐食性がとても高く、その粘液の残った道を通ると、車輪も蹄鉄もあっという間にダメになってしまう。通称『馬車泣かせ』の異名を持つ魔物なのである。

 ベア子爵は怒り狂ってマイマイ退治に精を出したが、こればかりは分が悪かった。相手は個体数が多く、しかも夜行性。見つけにくい事この上ないのである。

 成す術なく村の荷車は被害にあっていった。

 村人の靴もどんどん酸によって底が抜けていった。


 こうして、フロリアン商会の主、ノッツ・フロリアンは、どうしたものかと頭を悩ませながら、馬車に乗って中央都市フリシェンラスへ靴の買い出しと打開策を探しにやってきたのである。

 何か良い案は無い物か……

 最近、中央都市では新しい美しい糸の関係でビー玉の需要が高いようだから、これさえ解決できれば村の未来は明るいのだ。

 いっそ冒険者にマイマイ討伐でも依頼しようかという案も出たが、相手は深い深い森の小さなマイマイ達。駆除などできるわけがない。

 森に住む魔物なので、もう少し木を伐採すれば解決するのだろうが、そうすることによって蜂蜜の生産量に影響が出ては本末転倒なのだ。

 とりあえず他の商人たちに話をしてみよう、とノッツは大門近くの広場に馬車を止めた。


「へぇ、酸にも熱にも強い車輪ねぇ」


 思わずバッと振り返った。

 あまりにも自分に都合の良い言葉が聞こえた気がしたのだ。

 声の出所は車大工。

 恐る恐る近づくと、そこには黒い光沢のある魔物の殻で強化された馬車の車輪。そしてそれを見ながら会話する商人と職人。


「思ったより安いな、何を使ってるんだい?」

「マグマアントの殻でさぁ」

「ああ、冒険者の耐火・耐酸装備によく使われる素材だね。現地では粉末をレンガに混ぜたりもするんだっけ」

「さすが詳しいですね旦那ぁ」


 これだ──!!!


 求める物が、まるで神の導きかのようにここにあった。


「この殻で手押し車とかも作ってみたんでさぁ」

「ああ、それは喜ぶ地域もあるだろうね」


 ここです!

 うちの村がその喜ぶ地域です!!


 ノッツは手近な職人を捕まえて詳しい詳細を訊き、子爵への報告用に車輪をひとつ買い上げ、大急ぎで村へと取って返し……靴を買い忘れた事を村人にこっぴどく怒られたのであった。



 * * *



 ……半月後、車大工の親方の一番弟子が、まるで熊に攫われるかのようにして、とある村へ独立していった。


「親方、よかったんですかい?」

「アイツならもう大丈夫だ。開拓村でだって、立派にやっていけるだろうよ……」

「……本音は?」

「アイツを出さねぇと俺が連れていかれそうだった」

「親方ぁ!」

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親方ぁwww
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