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応援

 天気が良い日の朝は、チトセ様は朝食をバルコニーでとられます。

 卵とベーコンを焼いた物を、パンと一緒に。新鮮なミルクも入りましたので、グラスに注いでお出ししました。


「あっ、アリア。デナガブランランにつぼみついてるよ」

「あら、本当ですね」


 ポカルさんからいただいた、ギザギザした葉の鉢植えは葉の数をふさふさと増やし、赤いつぼみが付いておりました。

 こちらで見ない形状の植物やカエルを食べていらしたことなど、少々調べてみたところ、ポカルさんはかなり南方の御出身のようです。


「まるっとしてて可愛いつぼみだね、どんな花が咲くのかな~」


 微笑ましく見守るチトセ様。

 そこへ一羽の蝶がやってきました。

 つぼみの時点で香りでもしているのでしょうか、蝶はひらひらとつぼみに近づき……


 ──グワブッ ムシャムシャムシャ……


 ……牙の並んだ口を開いたつぼみに、一瞬で捕食されました。


「…………わぁ」

「これは……少々危険ですね」

「うん……一応、ナノちゃんには近くに寄らないように言っておこうか」


 後日、デナガブランランの植木鉢には『触るな危険』の札が立てられたのでした。



 * * *



 マヨワヌタケは二日程であっというまに納品されてまいりました。

 というのも報酬の色が色なので、『物珍しい品目当てに高ランクパーティが受けてしまっては後進のためにならない』と冒険者ギルドが漁村出身の冒険者がいる駆け出しのパーティに直接依頼を持ち込んでくださったらしく。

『例の釣り糸』がもらえるとあって駆け出しパーティは大喜びなさり、あっという間にキノコを籠に山盛り採ってきてくださったそうです。

 なにせ中央都市は富裕層も多いので、食道楽からの珍味釣りクエストが定期的に集まります。

 けれど釣りは時の運。

 釣れなければいつまでも達成されない長期お泊りクエストとなってしまいますので、あまり人気はございません。

 しかし、魚に気付かれないこの糸と釣りの腕があれば、釣りクエストを短期間で総なめにするのも不可能ではないとモールスさんのパーティが実証している真っ最中。

 糸を手に入れた駆け出しパーティは、モールスさん所属の孤児院パーティ『ホワイトベリー』と相談し、近場の釣りクエストを譲ってもらってせっせと稼いでいるのだとか。


「モールスの所もだけど、今回の駆け出しさんたちにも頑張ってほしいなぁ。私、お気に入りは贔屓したくなっちゃうタイプだからさ。釣り糸は急ぎじゃないって言ってたし、ちょっとだけ間を空けて納品しようと思って」

「2パーティがある程度釣りで稼ぐ日数をとるということですね、良いと思います」


 さて、チトセ様はさっそくキノコを紡ぐ準備を始めました。


 まずひとつを水で綺麗に洗ってから、光る性質が落ちていないかを確認します。

 問題なさそうなので、全てのキノコを丁寧に水で洗い、ゴミや土を落としていきます。

 焼く前のパン生地のような色のマヨワヌタケの水気を取ったら、キノコを1センテ角程の大きさに刻みます。


「丸のままでも紡げるんだけどね。形が複雑な素材をそのままで紡ぐと、油断したら隣の個体と絡まらないで糸が途切れちゃう事が多々あるから」


 一般的な糸紡ぎで繊維を整える作業がこれに当たるのでしょう。

 全て刻んでボウルに入れてしまえば、あとはビー玉等と大きな違いはありませんでした。

 魔法を纏わせた指先で絡め、撚って糸にし、引いていきます。


「何度見てもすごいのです……」

「そんなに難しい魔法じゃないんだよ」


 毎回「ほわぁ~」っと口を開けて眺めてしまうナノさんに、クスクスと笑いながらチトセ様は仰られます。


 マヨワヌタケはそのまま、柔らかな色の糸として糸巻きに巻かれていきました。

 ひと巻き出来上がったところで、ビー玉の時のように仕様の確認を行います。


「手触り……ちょっとざらついてる、革に近いかな。革よりは柔らかくてぷにぷにしてるけど。強度も問題なし。『菌糸』って言うくらいだから、キノコと紡錘魔法は相性が良くて楽だね。魔法耐性……特筆すべき点は無し。可燃性は……思ったより燃えない」


 最後に、今回必要とされる光る性能の確認です。

 裏庭へ出て、日の光にあてながら色を見ます。


「うん……どう?」

「白いですね、光ってはいないように見えます」

「ボクも白く見えるのです!」


 今度は室内へ移り、奥まった場所の箱の中へ入れ、隙間から覗きました。


「おー、光った光った」

「うわ! すごいのです! 糸が緑色に光ってるです!」


 暗闇の中で、ぼうっと淡い緑色の光を発する糸。

 眩しいほどではなく、ただぼんやりと発光しているという不思議な光景でした。


「素晴らしいです、チトセ様。これならば御要望を満たせるかと」

「ですです!」

「じゃあこれで『ベーギィ&ボーギィ』さんに売り込んでみようか。値段どうしようかな……」


 チトセ様が悩んでいると、ナノさんがスッと手を上げて言いました。


「あんまり低いとキノコの乱獲が起きて冒険者が困ると思うのです!」

「でもそんなに需要ある? これ……」

「わかりません。探索の目印ならばキノコのままで十分でしょうし。そもそも暗い中に出歩く方々が光っては敵に見つかりやすくなります」

「祭り用の飾り布とか、舞台や踊り子さんの衣装には人気が出そうなのです!」

「ああ、なるほど」

「そっちかぁ」


 ナノさんの言葉は私には無い視点でした。

 さすが流行りの仕立て屋の娘さんなだけはあります。

 チトセ様は少し思案してから、うんと頷きました。


「駆け出し冒険者さんの応援も兼ねて、定期的に少しずつキノコを採ってきてもらって紡いで、ある程度糸を溜めておくようにしようか。そうしたら大口の話が来てもキノコを大量に採る事にはならないだろうし」

「良いと思うのです! 在庫を抱えることにはなるですが、ある程度の量が溜まったら劇場に売り込みに行くのも有り寄りの有り有りなのです!」


 無事、方向性がまとまりました。

 マヨワヌタケの糸には『夜光糸』と名をつけ、ナノさんと相談しつつ価格を設定し、後日私が『ベーギィ&ボーギィ』へ売りに向かう事となったのです。



 * * *



 と、いうわけで。

 私は糸と手紙をお預かりし、『ベーギィ&ボーギィ』へ使いに参りました。

 なるほど、お二人は店では革袋も被っておらず、人当たりの良い兄弟、といった出で立ちです。ある種の詐欺では?


 そしてお二人は、チトセ様から受け取った糸の仕様を確認して、同時にひっくり返りました。


「おいおいおいおい、冗談だろ!?」

「まさか希望通りの糸が出来てくるなんて……」


 手紙にも書いてはありますが、チトセ様がご心配なさっていらしたので、昼間に十分日光に当てなければ夜に光らない、という事を口頭でも言い含めます。


「ああ、わかったわかった。でも逆に言えば、日に当てれば魔力無しで光るってんだからな……十分だ。強度も良い。昼間の色も白っぽくて悪くない。これを首輪に刺繍すれば御要望は満たせるだろうさ」

「いや本当にありがとうございます……金額も良心的ですし……ど、どうか金額以外にもお礼を兼ねた応援として! チトセ嬢にバッグを贈らせてください!」

「こんの愚弟! 俺だってあのおみ足に似合う靴を贈りたくてうずうずしてんだ! 余計なこと言うな!!」


 本当に、チトセ様の安寧の為に始末しなくて良いのでしょうか……?

 一抹の不安を覚えながらも、私はきっちりと申し出を辞退し、糸の代金を受けとって帰路についたのでした。



 * * *



 ……にも関わらず、後日『ベーギィ&ボーギィ』からチトセ様へバッグと靴が届きました。

 靴に至っては採寸をさせていないにも関わらずジャストサイズ。

 チトセ様が喜ばれていなかったら、間違いなく私はあの兄弟を亡き者にしていた事でしょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いや、ほんとに楽しいですね。 職人の矜持も感じられてですね、こう、もっと広まれ!と念じながら読んでます。
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