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メイド、調べ物をする

 夜も更けまして、私は影猫を一匹工房の見張りに置き、誰にも気付かれぬよう外へ出ました。

 今夜は曇り。月と星が厚い雲の帳に覆われた夜は、誰にも見られず行動するのに適しています。

 足音を立てずに、夜の街を駆けます。この国は夏でもそこまで暑くはならないので、夜風は乾いてとても涼しく体を冷やしてくださいます。

 ふわりと風をはらむスカート。

 メイド服は隠密には向いていませんが、まぁどうとでもなります。何より私が、メイド服の方が気分が上がりますので。士気というのは重要です。


 今夜の目的地は離宮です。


 中央都市フリシェンラスは、ヴァイリールフ王国で最も栄えている都市ですが、王都ではありません。

 王都はここより北西の険しい山にあり、王族の成り立ちに関わる神話的に重要な地であるため、移すことは無いのだとか。

 しかし、ヴァイリールフ王国の政治経済において最も重要な地となっているのは中央都市。

 よって王族は、政の為に王族のみが使える転移魔法を用いて、毎日フリシェンラスの離宮へ出勤なさっているそうです。

 なので離宮とは言えども、その実は大量の書類と要人を守るための大きな砦なのです。


 透視の魔法。

 離宮にいる見張りの兵士の数と配置を確認。

 巡回している夜警の隙間を塗って、無人の部屋の二階バルコニーへ上がるのが良さそうです。

 念のため、黒の革手袋を装着します。


 術式展開。

 魔力は全身を巡り、心臓の鼓動に合わせて“強化”を刻み続ける。特殊な身体強化の魔法。

 一般的な、四肢に光の腕輪のように浮かび上がる物とは違います。あれは一度かけてしまえば意識を逸らしても持続しますし、強さの段階変更も容易です。

 しかしこちらは、意識して鼓動に合わせ続けなければズレが生じて心臓に鋭い痛みが走る危険な代物。その代わり、他者からは強化していることを絶対に感知されない物。

 慣れてしまえばこちらの方が優位を取りやすいと思うのですが、未だにスタンダードが腕輪型なのは、よくわかりませんね。


 待機。

 ……突入。

 

 柔らかな芝生を蹴り、一息でバルコニーへ跳躍。着地に音など立てません。翻るスカートの裾を捌き、窓の前へ。

 さすがは離宮。高い階層のガラス窓にも鍵がついています……が、この程度なら指先少々で開けられますので問題はございません。

 鍵の破壊は痕跡が残ります。三流のすることです。


 静まり返った離宮の中、無音で足を進めます。


 目的は血統院。

 血統を重んじる王族貴族の家系を記録し管理している部署です。

 歴代の血族がどこでどんな職業についているかまで網羅されています。


 私はここに、帽子屋のドゥさんの素性を調査しに来ました。

 鶏の獣人、ドゥさん。

 本名はドゥーイー・コッコ、家名持ちです。

 そしてコッコという家名は、私の記憶違いでなければ、この国の宰相グロリアスと同じ物だったはずなのです。

 貴族出身であろうドゥさんが、何故駆け出し向けの長屋で帽子屋などしているのか。

 もしも何か不祥事を、それこそ犯罪行為でも働いて放逐されていたりするならば、不用意にチトセ様へ近づけるわけにはいきません。何か手を打つ必要が出てまいります。

 血統院は、貴族の名を騙り品位を貶めるような不届き者の発生を防ぐため、申請を出せば誰でも貴族の情報を得ることができます。

 しかし、申請を出すということは、貴族に探りを入れた事が相手にもわかってしまうということです。後ろ盾の無いチトセ様の地位がある程度確立するまでは、貴族に悪い意味で目を付けられる様な事は避けなければ。

 影猫で調べられれば良いのですが、あの子たちは噂や密会を聞くことはできても、文字が読めないのです。少し不便ですね。持ってこさせようにも、文字が読めないので必要な書類がどれなのかわかりませんし。


 ……目的の、血統院の部屋に到着。


 透視……無人なのを確認。

 鍵を開け、扉が軋まないよう注意して中へ入り、鍵をかけ直します。


 ここは昔一度入ったことがあるので、必要な情報を探すのにそう時間はかかりません。音を立てないよう、窓の外に影が映らないよう注意しながら、必要な書類を探し当てました。


 コッコ家。

 現在家督を継いでいるのは、宰相のグロリアス・コッコ。

 爵位は侯爵、ですが……なんでしょう、この……地位にそぐわない職業の数々は。墓守や農夫もいらっしゃるのですが? 特に除籍されたわけでもないのに……宰相の兄が吟遊詩人とは一体……?

 あ、ドゥさんいました。帽子屋。犯罪歴無し。

 兄と弟がいらっしゃって、お兄さんは冒険者。

 お父様は……冒険者ギルドマスター!? ギルドマスター、代替わり……されたのですね、最近。

 宰相は祖父にあたるのですか……祖母は乳母。


 一通り目を通しまして、私は『コッコ家は職業選択にとてもおおらかな一族である』と結論付けました。

 よもや市井に溶け込み情報を集める役割でもあるのかと思いましたが……コッコ家の方々は堂々と家名を名乗って貴族である事を特に隠しもしておりませんし、聞こえてくる噂話を聞く限りではその……目立ちすぎです。


 取り越し苦労だったようですね……


 そうとわかれば、長居は無用です。

 透視を使い、最も確実な経路で脱出します。

 帰るまでが隠密なので、ハルカ工房に辿り着くまでは隠れながらの移動をやめません。


 無事に長鉢荘へ到着。

 追跡者もいませんでした。


 裏口からそっと中へ入り、寝室へと戻りました。

 チトセ様は、何事もなくお休みされて……


「ん……アリア? どこか行ってたの?」

「……起こしてしまい申し訳ございません。少々、調べ物に出ておりました」

「ぅん……だいじょぶ。アリアも、気をつけてね……」


 ……夢現に覚醒されたようでしたが、すぐに穏やかな寝息に戻られました。

 音と気配は消していましたので偶然だとは思いますが、緊急でもないのに主人を起こしてしまうなどあってはなりません。今後はより一層注意することといたしましょう。


 私も寝間着に着替えてベッドに入ります。


 明日の朝も、貴族直々の容赦無いモーニングコールでチトセ様は目覚めるでしょう。それまでに、軽い掃除と朝食の準備を済ませておかねばなりません。

 目を閉じ、意識して睡眠へと落ちます。


 さぁ、明日も頑張りましょう。


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